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M&A の NDA・LOI・SPA レビュー入口

レッスン5:M&A の NDA・LOI・SPA レビュー入口

このレッスンで学ぶこと

  • M&A 前 NDA と一般 NDA の 4 つの違いを把握できる
  • LOI(Letter of Intent)主要 6 項目の条項レベル記載事項を扱える
  • SPA(Share Purchase Agreement)主要条項(対価・調整・表明保証・特別補償・エスクロー・アーンアウト・ノンコンピート)を扱える
  • 経営企画側 DD 4 領域との接続点を持てる
  • M&A 契約書レビューの入口の型を持ち帰れる

前レッスンでは SaaS 契約とライセンス契約のレビューを扱いました。本レッスンでは、6 大類型の第 5 号として、M&A(合併・買収)契約書の入口となる 3 つの契約——DD 前 NDA、LOI、SPA——を条項レベルで扱います。M&A 契約書は法務担当者が最も緊張感を持って向き合う契約類型であり、専門書 1 冊分の論点を持つ領域ですが、本レッスンでは入口の型に絞って解説します。

M&A 契約書の 3 段階

M&A の交渉プロセスは、契約書の観点で 3 段階に分けられます。

3 段階の契約

  • 第 1 段階:DD 前 NDA——M&A 検討の初期段階で締結。財務・従業員・取引先情報の開示前防御
  • 第 2 段階:LOI(意向表明書——買収の意思と主要条件を確認する暫定合意
  • 第 3 段階:SPA(株式譲渡契約)——最終的な株式売買契約

姉妹コース経営企画関連の入門コースが「事業ポートフォリオを評価・付議する側」(PPM・稟議・DD・PMI)を扱うのに対し、本コースは「契約書に赤入れする側」に振り切ります。

M&A 前 NDA と一般 NDA の 4 つの違い

M&A 検討の初期段階で締結される DD 前 NDA は、一般 NDA と比較して次の 4 点で異なります。

違い 1:目的が広い

一般 NDA は「本製品 A の共同開発」のように狭く特定されるのに対し、M&A 前 NDA は「両者間の M&A 検討全般」と広く定義されます。対象案件を特定せず、DD の過程で明らかになる情報全般を秘密情報として扱う必要があります。

違い 2:秘密情報の範囲が広い

一般 NDA は技術情報・顧客情報が中心ですが、M&A 前 NDA では次の情報が対象になります。

  • 財務諸表(過去 3〜 5 年分)
  • 従業員名簿・給与情報
  • 取引先リスト
  • 訴訟・紛争情報
  • 未公開の事業計画・M&A 情報そのもの

M&A そのものが公になっていない情報(M&A 検討中である事実)も秘密情報として扱う必要があります。

違い 3:従業員引き抜き禁止条項(Non-Solicitation)

M&A 検討中に相手方の従業員情報を入手できることから、それを悪用した引き抜きを禁止する条項が必須です。実務では次のように規定されます。

  • 禁止期間:契約締結後 1-2 年間
  • 禁止対象:DD で知り得た従業員(役員および一定職位以上の従業員)
  • 例外:一般公募への応募・退職済み従業員は対象外

違い 4:有効期間が短めで残存期間が長め

M&A 前 NDA は、交渉が成立した場合は SPA で秘密保持義務が上書きされ、成立しなかった場合には情報が漏れないよう次の設計が実務標準です。

  • 契約期間:1-2 年(短め)
  • 残存期間:契約終了後 3-5 年(長め)

LOI(Letter of Intent)とは

LOI(意向表明書、Letter of Intent、MOU:Memorandum of Understanding とも呼ばれる)は、M&A の主要条件について当事者間で暫定的な合意を形成する文書です。SPA 締結前の交渉ステージで作成され、原則として法的拘束力を持たない部分(買収価格・スケジュールなど)と、法的拘束力を持つ部分(独占交渉権・秘密保持・費用負担)を明確に区別します。

LOI 主要 6 項目

  • 買収の対象:対象会社・買収対象株式数(100%・過半数・一部)
  • 買収価格の考え方:EV/EBITDA・PBR・DCF などの評価手法と暫定金額レンジ
  • 買収の構造:株式取得・事業譲渡・合併・株式交換・株式移転
  • 前提条件:DD 完了・独占禁止法審査完了・キーマン残留・取締役会承認
  • スケジュール:DD 期間・SPA 締結目標日・クロージング目標日
  • 独占交渉権:一定期間(3-6 か月)は他社との交渉禁止

法的拘束力の区別

LOI の中で最も重要な条項は「本 LOI は原則として法的拘束力を有しない。ただし、独占交渉権・秘密保持・費用負担については法的拘束力を有する」という条項です。この区別が明確でないと、後日「LOI 段階で合意した価格で契約すべき」という主張が生じるリスクがあります。

⚠️ 注意 LOI に法的拘束力の区別条項がない場合、日本法上は「合意の効力があるかどうか」が事後的に争われるリスクがあります。米国法でも同様に、LOI 全体の拘束力について解釈が異なることがあり、契約書上の明示的な区別が Must です。

SPA(Share Purchase Agreement)とは

SPA(株式譲渡契約書、Share Purchase Agreement)は、M&A の最終契約であり、株式の売買条件を規定します。SPA は法律事務所が主導して起案・交渉するのが実務標準ですが、法務担当者が事業会社側でレビューを担う場合の主要条項の入口を扱います。

SPA 主要 8 条項

  • 売買対象と対価:買収対象株式数と対価総額
  • 対価の調整:クロージング時の運転資本・純有利子負債による調整(Purchase Price Adjustment)
  • 前提条件:クロージング前に満たすべき条件(DD 完了・独禁法審査・キーマン残留・重大な悪化事象がないこと)
  • 表明保証:売主が買主に対して行う事実確認の表明
  • 誓約事項:クロージングまでの通常業務の維持義務・重要事項の変更禁止
  • クロージング:株式の引渡し・対価の支払い・従業員および取引先への通知
  • 補償:契約違反時の補償責任(一般補償)と特別補償
  • そのほかの条項:エスクロー・アーンアウト・ノンコンピート

表明保証と特別補償

SPA の中核である「表明保証(Representations and Warranties)」と「特別補償(Special Indemnification)」を扱います。

表明保証とは

表明保証は、売主が買主に対して「クロージング日時点で以下の事実が真実である」と表明・保証する条項です。虚偽の表明があった場合、買主は補償請求権を得ます。

表明保証の主要 10 項目

  • 会社の適法な設立と存続
  • 発行済株式の有効性と売主の完全な所有権
  • 財務諸表の適正性(会計基準に準拠、事業の実態を正確に反映)
  • 未公開の債務がないこと
  • 訴訟・紛争がないこと(または一覧が正確であること)
  • 税金の適正納付
  • 労働法規の遵守(残業代・社会保険・派遣法・下請法)
  • 知財権の有効性と侵害の不存在
  • 取引先契約の有効性とチェンジ・オブ・コントロール条項の状況
  • 環境法規制の遵守

表明保証の限定——3 手法

売主は、次の 3 手法で表明保証を限定するのが実務標準です。

  • 重要性の限定(Materiality Qualifier):「重要な影響を及ぼす限りで」と限定
  • 知識の限定(Knowledge Qualifier):「売主の知る限り」と限定
  • 開示スケジュール(Disclosure Schedule):例外事項を別紙で開示し、表明保証の対象外とする

買主側の立場では、これらの限定を最小限に留めるよう修正提案します。

特別補償

DD で発見された特定のリスク(未払残業代・特定取引先との紛争リスクなど)について、表明保証とは別に補償請求権を規定する条項です。特別補償には次の 3 特徴があります。

  • 補償請求権の請求期限が長い(一般表明保証は 2-3 年、特別補償は 5-10 年)
  • 補償上限額が高い(一般補償は買収価格の 10-20%、特別補償は買収価格の 50-100%)
  • 責任の性質が明確(「未払残業代の額」など具体的な範囲で規定)

エスクロー・アーンアウト・ノンコンピート

SPA でよく見る 3 つの追加条項を扱います。

エスクロー(Escrow)

補償請求に備えて、対価の一部(通常 10-20%)を第三者(信託銀行・法律事務所)にエスクロー口座として保管する仕組みです。エスクロー期間は 12-24 か月が実務標準で、期間経過後に補償請求がない部分は売主に返還されます。

アーンアウト(Earn-Out)

買収後の一定期間の業績目標達成に応じて追加対価を支払う条項です。実務では次の設計が典型です。

  • 対象期間:クロージング後 1-3 年
  • 目標指標:売上高・EBITDA・特定製品の販売数量
  • 追加対価の上限:初期対価の 20-50%
  • 目標達成度に応じた段階的な支払い

アーンアウトは、売主と買主の価格認識ギャップを埋める仕組みですが、業績指標の測定方法・会計処理をめぐって紛争になりがちで、条項の精密化が必要です。

ノンコンピート(Non-Compete、競業避止義務)

売主が M&A 後、一定期間・地域で対象会社と競合する事業を行わないことを誓約する条項です。実務では次の期間・地域設定が典型です。

  • 禁止期間:クロージング後 2-5 年
  • 禁止地域:日本国内、または全世界
  • 禁止事業:対象会社が現に行う事業と競合する事業
  • 例外:既存の少数株式投資・上場企業の一定比率以下の株式保有

日本法上、ノンコンピートは職業選択の自由を制約するため、期間・地域・事業範囲が過度に広いと公序良俗違反として無効となるリスクがあります。実務では 2-3 年が実務標準で、5 年を超える設計は法的リスクを伴います。

経営企画側 DD 4 領域との接続点

M&A の DD(デューデリジェンス)は、ビジネス DD ・財務 DD ・法務 DD ・人事 DD の 4 領域で構成されます。法務担当者が主導するのは法務 DD ですが、他 3 領域の結果も SPA の条項に反映されます。

4 領域と SPA 条項の対応

  • ビジネス DD:市場・顧客・競合分析 → SPA の前提条件(重大な悪化事象がないこと)に反映
  • 財務 DD:財務諸表の妥当性検証 → SPA の対価調整・表明保証(財務諸表の適正性)に反映
  • 法務 DD:契約書・訴訟・許認可の検証 → SPA の表明保証・特別補償に反映
  • 人事 DD:人事制度・キーマン識別 → SPA の前提条件(キーマン残留)・誓約事項に反映

📖 もっと詳しく DD 4 領域の実務プロセス(DD 期間の設定・DD ベンダーの選定・DD レポートの構造)や PMI 100 日プランの設計は、経営企画関連の入門コースを参照してください。本コースは契約書レビュー時の条項対応に集中します。

M&A 契約書の外部弁護士活用

M&A 契約書は、姉妹コース法務担当者向け入門コースの L7 で扱った「外部弁護士との連携」の中でも、案件別で必ず外部弁護士を起用する典型です。SPA のドラフティング・交渉は法律事務所主導が実務標準で、法務担当者は次の 3 役割を担います。

  • 社内論点の集約:事業部・経営陣の要望を集約し、外部弁護士に伝達
  • 契約書の内部レビュー:外部弁護士からのドラフトを社内で確認し、事業実務に照らして修正提案
  • 交渉プロセスのファシリテーション:外部弁護士・相手方・社内経営陣の間で交渉プロセスを回す

次のステップ

本レッスンでは M&A の NDA・LOI・SPA レビューの入口を扱いました。次のレッスンでは、6 大類型のレビューを踏まえて、修正コメント文の書き方と Word 実務——修正コメントの型、Cover Note の型、Word トラック変更の運用——を深掘りします。

確認クイズ

このレッスンで学んだ内容を確認しましょう。