不動産鑑定評価と CAP レート・NOI 還元法・DCF 法
レッスン6:不動産鑑定評価と CAP レート・NOI 還元法・DCF 法
このレッスンで学ぶこと
- 不動産鑑定評価基準の 3 大鑑定手法(原価法・取引事例比較法・収益還元法)を理解する
- CAP レート(キャップレート)・NOI(Net Operating Income)・GOI の 3 指標を扱える
- DCF 法(Discounted Cash Flow)と直接還元法の違いを把握する
- REINS(不動産流通標準情報システム)と取引事例データの実務を俯瞰する
前のレッスンでは、不動産登記法・都市計画法・建築基準法・住宅品確法・改正建築物省エネ法という「物的属性」の法制度を扱いました。このレッスンでは、不動産の「値づけ」の論理——不動産鑑定評価と CAP レート・NOI 還元法・DCF 法——を扱います。金融・投資の側面から不動産業を読み解く核心のレッスンです。
不動産鑑定評価基準——1964 年制定、鑑定の技術基準
不動産鑑定評価基準は、1964 年(昭和 39 年)に建設省(現・国土交通省)により制定された、不動産の鑑定評価の技術基準です。以後、複数回の改正を経て、直近は 2014 年に改正されました。
同基準は、不動産鑑定士(不動産の鑑定評価に関する法律に基づく国家資格)が鑑定評価を行う際の統一ルールを定めるものです。鑑定評価書は、金融機関の担保評価、REIT ・SPC の取得価格算定、相続・贈与の税務評価、企業の減損会計、訴訟対応など、幅広い場面で使われます。
不動産鑑定士は、不動産鑑定士試験(合格率約 15 %)に合格し、実務修習を経て登録される国家資格です。全国に約 8,300 人(2024 年時点、国土交通省 不動産鑑定士登録者数)の有資格者がいます。
3 大鑑定手法——原価法・取引事例比較法・収益還元法
不動産鑑定評価基準は、不動産の価格を導き出す 3 大手法を定めています。実務では、対象不動産の性質・目的に応じて 3 手法を組み合わせて評価し、最終的な鑑定評価額を算出します。
第 1 の手法は原価法です。同じ不動産を新たに造るのに必要な費用(再調達原価)から、経年減価・機能的減価・経済的減価を差し引いて評価額を算出する手法です。「造る側から見た価値」を計算する方法で、比較的新しい建物や、特殊な用途の建物(工場、倉庫、公共施設など)で採用されます。
第 2 の手法は取引事例比較法です。対象不動産と類似する物件の実際の取引価格を参考に、対象物件の価格を算定する手法です。「別の取引事例から見た価値」を計算する方法で、住宅・宅地・区分所有マンションなど、取引事例が豊富に得られる物件で採用されます。
第 3 の手法は収益還元法です。対象不動産が将来生み出す収益(賃料)を割引現在価値に換算して評価額を算出する手法です。「投資対象としての価値」を計算する方法で、賃貸ビル・商業施設・物流施設・投資用マンションなど、収益物件で採用されます。REIT や不動産ファンドで最も重視される手法です。
3 手法を組み合わせて最終評価額を導く際には、各手法の適用可能性・信頼性を勘案し、加重平均するのが実務標準です。例えば賃貸オフィスビルなら、収益還元法 60 %・原価法 20 %・取引事例比較法 20 % といった配分で加重するケースが多く見られます。
収益還元法の 2 手法——直接還元法と DCF 法
収益還元法には、さらに 2 種類の手法があります。実務では、目的に応じて使い分けられます。
第 1 の手法は直接還元法です。1 年間の純収益(NOI:Net Operating Income)を、CAP レート(還元利回り)で割って評価額を算出します。以下の式で表されます。
- 評価額 = NOI ÷ CAP レート
例:NOI 500 万円、CAP レート 5.0 % のオフィスビルなら、評価額 = 500 ÷ 5.0 % = 1 億円 となります。
直接還元法は計算がシンプルで、業界内での目安として広く使われます。「あの物件は CAP レート 4.5 % で取引された」といった業界会話の背景にある評価手法です。
第 2 の手法は DCF 法(Discounted Cash Flow、割引現在価値法)です。将来 10 年間の各年のキャッシュフローと、10 年後の売却価格(ターミナル・バリュー)を、割引率で割引現在価値に換算し、合計します。以下の式で表されます。
- 評価額 = Σ (各年 CF ÷ (1 + 割引率)^ 年数) + (ターミナル・バリュー ÷ (1 + 割引率)^ 10)
DCF 法は、賃料変動・空室率変動・修繕費・将来売却価格などの複数変数を組み込めるため、直接還元法より精緻です。REIT ・SPC ・大規模再開発の事業性評価では、DCF 法が標準的な手法として使われます。
一方、DCF 法は変数が多いため、前提の置き方次第で評価額が大きく変わります。「DCF 法は魔法の杖ではなく、前提の透明化と交渉のツール」というのが業界の実務感覚です。
💡 ポイント 「あの物件は NOI 500 万円、CAP レート 5 % で 1 億円」——業界会議で頻出する表現です。CAP レートは物件価格算定の最頻出概念で、業界の共通言語です。CAP レートが低いほど(4 % など)物件価格は高く、CAP レートが高いほど(6 % など)物件価格は低くなります。
NOI と GOI——収益指標の区別
不動産の収益を語る際、NOI と GOI の 2 指標が区別されます。
GOI(Gross Operating Income、粗収入)は、物件から得られる総収入で、以下の内訳です。
- 賃料収入
- 共益費収入
- 駐車場収入
- その他収入(自動販売機、看板、屋上アンテナなど)
これから空室率相当額を控除した「実効総収入(EGI:Effective Gross Income)」を算出することもあります。
NOI(Net Operating Income、純営業収益)は、GOI から運営費用を差し引いた収益で、以下の式で表されます。
- NOI = EGI − 運営費用(Operating Expenses)
運営費用には、以下が含まれます。
- 建物管理費(清掃、警備、設備保守)
- 修繕費(軽微な修繕)
- 水道光熱費(共用部分)
- 保険料(火災保険、地震保険)
- 固定資産税・都市計画税
- PM フィー(プロパティマネジメント委託料)
- BM フィー(ビルマネジメント委託料)
NOI は減価償却費、支払利息、資本的支出(大規模修繕)を含まない「営業段階の収益」です。REIT ・不動産ファンドでは、NOI が物件収益力の中核指標となります。
📝 補足 NOI から支払利息と減価償却費を控除するとネット・キャッシュフロー(NCF:Net Cash Flow)や税引前当期純利益に近づきます。CAP レートは NOI ベースが業界標準ですが、投資家の関心によっては NCF ベースの利回りが議論されることもあります。指標の定義を確認するのが業界会話の基本作法です。
CAP レートの実勢——2024 年時点
CAP レート(キャップレート)は、投資家が期待する利回りで、対象物件の投資リスク・立地・グレード・築年数などで変動します。2024 年時点の日本の実勢 CAP レートは、以下の目安です。
- 東京都心 A クラスオフィス:3.0 〜 3.5 %
- 東京都心 B クラスオフィス:3.5 〜 4.5 %
- 大阪都心オフィス:4.0 〜 5.0 %
- 地方主要都市オフィス:5.5 〜 7.0 %
- 東京都心賃貸マンション:3.5 〜 4.5 %
- 地方賃貸マンション:5.5 〜 8.0 %
- 大型物流施設(首都圏):3.8 〜 4.5 %
- 商業施設:4.0 〜 5.5 %
- ホテル:4.5 〜 6.0 %
CAP レートは、金利水準・投資家の資金余剰・物件供給量などで変動します。2010 年代の低金利環境で CAP レートは大幅に低下し、都心オフィスで一時 2 % 台まで下がりました。2024 年 3 月の日銀マイナス金利解除、2024 年 7 月の政策金利 0.25 % への引き上げ以降、CAP レートは上昇圧力にあり、業界の注視領域です。
CAP レートの実勢データは、日本不動産研究所「不動産投資家調査」(年 2 回公表)、CBRE「Japan CapRate Snapshot」、JLL「Investment Highlights」などで公表されます。業界の一次データソースとして重宝します。
IRR とキャッシュフロー・リターン
DCF 法と関連する概念として、IRR(Internal Rate of Return、内部収益率)があります。IRR は、投資キャッシュフローの現在価値をゼロにする割引率で、「その投資の実質利回り」を示す指標です。
不動産投資の IRR 目標水準の目安は、以下の通りです(2024 年時点)。
- コアオフィス(安定運用):4 〜 6 %
- コアプラス(改良運用):6 〜 8 %
- バリューアッド(大幅改良):10 〜 15 %
- オポチュニスティック(開発型・不良債権型):15 〜 20 %
日本の J-REIT の平均分配金利回りは 4 〜 5 % 程度で推移しており、投資家のリターン期待水準に対応しています。
REINS——不動産流通標準情報システム
REINS(Real Estate Information Network System、レインズ)は、国土交通大臣指定の不動産流通標準情報システムで、宅建業者間で不動産の売買・賃貸情報を共有するプラットフォームです。1988 年開始・1990 年に義務化されました。
REINS の仕組みは以下の通りです。
宅建業者が売買仲介・賃貸仲介の依頼を受けた場合、専任媒介契約・専属専任媒介契約なら 5 〜 7 営業日以内に REINS へ物件登録する義務があります(宅建業法第 34 条の 2)。ほかの宅建業者はこの登録情報を閲覧し、買主・借主候補の顧客に紹介できる仕組みです。
REINS の重要な機能に「取引事例情報」があります。物件が成約すると、成約価格・成約日・物件情報が REINS に記録され、業者間で参照できます。この蓄積データが、鑑定評価(取引事例比較法)や、査定価格算定の基礎になります。
REINS のシステムは 4 つの指定機関(東日本・中部・西日本・近畿)が運営しており、地域ごとに区分されています。ただし全国横断の検索も可能です。
REINS は宅建業者のみが利用できる業者間ネットワークで、一般消費者は直接アクセスできません。消費者が物件情報を閲覧するには、SUUMO・LIFULL HOME'S・at home・アットホームなどのポータルサイトを利用する形が一般的です。ポータルサイト掲載物件の多くは、宅建業者が REINS 情報を元に別途掲載しています。
地価公示・地価調査・路線価
不動産の公的な価格指標として、以下 4 つがあります。
第 1 の地価公示(地価公示価格)は、国土交通省が毎年 1 月 1 日時点の全国標準地の価格を 3 月に公表する制度です(1969 年開始)。約 2 万 6,000 地点で 1m² 単価が公表されます。一般の土地取引の参考、公共事業用地取得の参考、鑑定評価の規準として使われます。
第 2 の地価調査(都道府県地価調査)は、都道府県が毎年 7 月 1 日時点の基準地の価格を 9 月に公表する制度です。地価公示を補完する役割です。約 2 万 1,000 地点。
第 3 の路線価(相続税路線価)は、国税庁が毎年 1 月 1 日時点の道路に面する土地の価格を 7 月に公表する制度です。相続税・贈与税の課税評価に使われ、地価公示価格の約 80 % 水準に設定されます。
第 4 の固定資産税評価額は、市町村が 3 年ごとに評価替えする土地・建物の価格です。固定資産税・都市計画税・登録免許税・不動産取得税の課税評価に使われ、土地は地価公示価格の約 70 %、建物は再建築価格の 50 〜 70 % 水準に設定されます。
これら 4 指標は、それぞれ用途が異なる公的価格として、業界会話で頻繁に登場します。「一物四価」(1 つの不動産に対して 4 つの公的価格)と呼ばれる日本特有の構造です。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- 不動産鑑定評価基準(1964 年制定、2014 年改正)は不動産鑑定士の統一ルール
- 3 大鑑定手法は原価法(造る側から)・取引事例比較法(他事例から)・収益還元法(投資対象として)
- 収益還元法の 2 手法は直接還元法(NOI ÷ CAP レート)と DCF 法(将来 CF の割引現在価値)
- NOI(純営業収益)と GOI(粗収入)の区別が業界会話の基本、CAP レートは業界の共通言語
- 2024 年時点の実勢 CAP レートは東京都心 A クラスオフィス 3.0 〜 3.5 %、地方賃貸マンション 5.5 〜 8.0 %
- REINS は宅建業者間の物件情報共有プラットフォーム、取引事例データの一次ソース
- 公的価格 4 指標は地価公示・地価調査・路線価・固定資産税評価額(一物四価の構造)
次のレッスンでは、不動産と金融の交差点である J-REIT /私募 REIT /SPC /GK-TK /TMK /不動産クラウドファンディングを扱います。不動産金融スキームの全体像を掴んでいきます。
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