医療保険制度と診療報酬——国民皆保険・DPC/PDPS・隔年改定
レッスン3:医療保険制度と診療報酬——国民皆保険・DPC/PDPS・隔年改定
このレッスンで学ぶこと
- 日本の国民皆保険制度(1961 年成立、健康保険・国民健康保険・後期高齢者医療・共済・船員保険)
- 保険給付の仕組み(7 割給付・自己負担・高額療養費)
- 診療報酬制度(点数体系・出来高払い・DPC/PDPS 包括支払、2 年ごとの改定サイクル)
- DPC 対象病院の役割
- 薬価制度(薬価基準・毎年改定・原価計算方式)
- 医療費適正化計画、レセプト(診療報酬明細書)と審査
- 介護報酬(3 年ごと改定)、医療費と介護費の関係
前回の振り返り
レッスン 2 では、医療業界のバリューチェーン 6 段階、6 領域の収益モデル比較、安全性・アクセス性・コストのトリレンマ、医療機関の典型組織(診療・看護・薬剤・その他医療技術・事務・地域連携)、6 領域の主要 KPI を学びました。今回は、業界の骨格である「医療保険制度と診療報酬」を扱います。医療業界を理解する上で最も重要な回です。
国民皆保険制度——1961 年成立からの日本モデル
国民皆保険制度は、日本国民のすべてが公的医療保険に加入する仕組みで、1961 年 4 月に国民健康保険法の全面適用で完成しました。世界的に見ても数少ない「全国民カバー・アクセスフリー・自己負担が定率」のモデルとして高く評価されています。
日本の公的医療保険は次の 5 つで構成されます。
- 健康保険(協会けんぽ・組合健保):民間企業の被用者と扶養家族。全国健康保険協会(協会けんぽ)と各企業・業界の健康保険組合(組合健保)
- 国民健康保険(国保):自営業・農業・無職の方など。都道府県と市町村が運営(2018 年度から都道府県単位化)
- 後期高齢者医療制度:75 歳以上の高齢者(一定の障害がある 65 歳以上を含む)。都道府県単位の広域連合が運営
- 共済組合:公務員・私立学校職員
- 船員保険:船員
医療機関で保険証(またはマイナ保険証)を提示すると、患者は「一部負担金」を支払い、残りは保険者から医療機関に「診療報酬」として支払われる仕組みです。
自己負担割合:現役世代(一般)は 3 割、義務教育就学前は 2 割、70 〜 74 歳(一般)は 2 割、75 歳以上(一般)は 1 割、現役並み所得者は 3 割です。
高額療養費制度:1 か月の自己負担が一定額を超えると、超えた分が保険者から償還される制度。所得区分により自己負担限度額が設定され、高額医療への安全ネットとして機能します。
💡 ポイント 国民皆保険は「アクセス」「安全性」を優先した設計で、コストは公的財源で吸収する構造です。この構造ゆえに、少子高齢化による財源負担拡大が制度の持続可能性を問う中心論点になります。診療報酬改定・薬価改定・介護報酬改定は、この持続可能性を制度側でコントロールする主要手段です。
診療報酬制度——2 年ごとに変わる業界の基準線
診療報酬は、医療機関が保険診療を行った対価として保険者から受け取る報酬で、1 点 10 円の点数体系で規定されます。診療報酬は「診療報酬点数表」に基づき、次の 3 つに区分されます。
- 医科診療報酬点数表:医科(一般病院・診療所)
- 歯科診療報酬点数表:歯科
- 調剤報酬点数表:薬局
さらに、入院基本料(看護配置基準に応じた 7 対 1・10 対 1・13 対 1・15 対 1 など)、特掲診療料(検査・画像診断・処置・手術・リハビリなど)、加算(各種要件を満たすと追加される点数)などのカテゴリで構成されます。
支払方式は 2 通りあります。
- 出来高払い:診療行為ごとに点数を積み上げる伝統的な方式
- DPC/PDPS(Diagnosis Procedure Combination / Per-Diem Payment System):診断群分類ごとの 1 日あたり包括点数と、手術・麻酔などの出来高点数を組み合わせる方式(急性期病棟向け、2003 年導入)
DPC 対象病院は現在約 1,800 病院、DPC 準備病院と合わせて全国 8,100 病院の相当部分を占めます。DPC ではコーディング(診断群分類の付番)の精度が病院収益に直結します。
診療報酬改定は 2 年ごと(西暦偶数年の 4 月)に実施され、中央社会保険医療協議会(中医協)での審議を経て厚生労働大臣が告示します。改定率は「本体改定率」(診療報酬点数)と「薬価改定率」(薬価)の合算で公表され、医療機関収益と社会保障費に大きな影響を与えます。
⚠️ 注意 診療報酬改定は、業界の景色を 2 年ごとに変える最重要イベントです。中医協答申から改定までの約 4 か月間、医療機関の事務部門は総力戦で対応します。算定漏れが 1 件でも収益に直結するため、改定内容を業務フローと電子カルテのマスタに落とし込むオペレーションが極めて重要です。
薬価制度——毎年改定と原価計算方式
薬価は、医療用医薬品の保険適用時の公定価格で、薬価基準に収載された品目のみが保険診療で使えます。薬価は次の 2 方式で算定されます。
- 類似薬効比較方式:既存の類似薬に基づいて価格算定。多くの新薬がこの方式
- 原価計算方式:類似薬がない画期的新薬などで、原価と適正利益から算定
さらに、以下の加算・調整が入ります。
- 画期性加算(最大 120 %):真に画期的な新薬
- 有用性加算(最大 60 %):有用性が高い新薬
- 市場性加算、小児加算、先駆加算
- 外国平均価格調整:日米欧の平均価格と比較して調整
薬価改定は、従来 2 年ごとでしたが、2021 年度改定以降毎年改定に移行しました。市場実勢価格と公定薬価の乖離を、より頻繁に補正する仕組みです。
後発医薬品(ジェネリック)促進政策により、後発品数量シェアは 2024 年時点で 80 % 超に達しました。政府は後発品使用促進の目標を継続的に上方修正し、先発品メーカーは「特許切れ後の売上急減衰」というビジネス構造に対応してきました。
バイオシミラー(バイオ後続品)は、バイオ医薬品の後発品で、化学合成品の後発品より複雑な承認プロセスを経て市場投入されます。
レセプトと審査支払機関
レセプト(診療報酬明細書、Rezept)は、医療機関が保険者に対して診療報酬を請求するために作成する明細書です。診療月ごとに患者別に作成され、翌月 10 日までに審査支払機関に提出されます。
審査支払機関は 2 系統あります。
- 社会保険診療報酬支払基金(支払基金):協会けんぽ・組合健保・共済組合のレセプトを審査
- 国民健康保険団体連合会(国保連):国保・後期高齢者医療のレセプトを審査
審査支払機関は、レセプト内容が診療報酬点数表・算定要件・薬価基準に適合しているかを審査し、査定(減点)・返戻・保留・査定なしで承認の判断を行います。査定が多い医療機関は、次期の指導対象になることもあります。
電子レセプト(オンライン請求)は 2011 年から原則義務化され、現在ほぼ 100 % 電子化されています。レセプトデータは匿名化された上でNDB(National Database、レセプト情報・特定健診等情報データベース)に蓄積され、医療政策・研究に活用されています。
医療費適正化計画とアウトカム評価
医療費適正化計画は、都道府県が策定する医療費の適正化に向けた計画で、6 年ごとに更新されます。地域医療構想(病床機能の分化・連携)、特定健診・特定保健指導、後発品使用促進、生活習慣病予防が主要施策です。
近年の診療報酬改定では、アウトカム評価(診療結果を評価する報酬設計)の導入が段階的に進んでいます。回復期リハビリテーション病棟の「実績指数」、DPC の「効率性係数」、後発品の「後発品使用体制加算」など、「投入」ではなく「成果」に応じた点数配分が広がっています。
VBHC(Value-Based Health Care、価値ベース医療)は、Michael Porter らが提唱した「医療の価値 = アウトカム/コスト」の考え方で、米国を中心に成果連動型支払が拡大しています。日本でも診療報酬改定でアウトカム評価の要素が徐々に導入されつつありますが、まだ「投入ベース」の要素が主流です。
📝 補足 「投入ベース」(サービス提供量に応じた支払)から「成果ベース」(アウトカムに応じた支払)へのシフトは、医療政策の世界的潮流です。データ活用(NDB ・PHR ・電子カルテ)が進むほど、成果測定が精緻になり、アウトカム評価の適用範囲が広がる構造です。
介護報酬——3 年ごと改定の別体系
介護報酬は、介護事業体が介護保険サービスを提供した対価として保険者から受け取る報酬で、1 単位 10 〜 11.4 円(地域区分により異なる)で計算されます。診療報酬とは独立の体系で、3 年ごと(西暦偶数の間の奇数年)に改定されます。
介護報酬は、介護給付費分科会での審議を経て厚生労働省告示で決まります。改定率は業界収益・介護保険財源に直結するため、業界全体が改定サイクルで動きます。
同時改定年:診療報酬(2 年ごと)と介護報酬(3 年ごと)の改定サイクルの最小公倍数である6 年ごとに同時改定が実施されます(2018 年・2024 年・2030 年)。医療・介護の連携推進が制度改革の主要テーマになるタイミングです。
介護報酬の主要区分:
- 要介護度別基本報酬:要支援 1・2、要介護 1 〜 5 の 7 段階で単位数が異なる
- 加算:認知症対応、看取り、リハビリ、地域連携、処遇改善など多数
- 地域区分:地域の実勢賃金水準に応じた単価調整
処遇改善加算は、介護職員の賃金改善を主目的とした加算で、介護人材不足への対応策として累次拡充されています。
講師の現場メモ
私が大学病院の診療報酬対応部門に配属された 4 年目、初めての診療報酬改定を経験しました。中医協答申が 2 月上旬に出ると、事務部門は改定内容の読み解きに 2 週間をかけ、全診療科に説明会を実施し、電子カルテのオーダマスタと医事会計システムのマスタを 3 月末までに更新する——半年がかりの総力戦です。特に DPC 病院では、診断群分類コードの改定と入院単価の変動が同時に起こるため、収益への影響を機能別に試算する必要がありました。「診療報酬改定が業界の景色を 2 年ごとに変える」の実感は、この時期に骨身に沁みました。
DPC 対応のプロジェクトを担当した時期、コーディングの精度向上に取り組みました。同じ肺炎でも、DPC コード次第で入院単価が 1 万円以上変わることがあります。医師の記載する退院サマリー、看護記録、検査結果を基に、正確な診断群分類を付番するのはコーディング担当の専門技能です。DPC 病院ではコーディング精度が数十億円の収益差を生むため、専門部署を置いて継続的に品質管理する体制が定着しました。
薬価改定の話は、コンサル時代の中堅製薬クライアントで頻繁に議論しました。想定薬価より低い薬価がついた新薬の販売戦略再設計、特許切れが近い先発品の後発品対策、薬価毎年改定への対応、外国平均価格調整の影響評価——薬価は業界の生命線で、経営陣が毎年数回議論するテーマです。
レセプト審査の話は、独立後のクライアントで印象深いプロジェクトがありました。ある地域中核病院で、レセプト査定率が業界平均を大きく上回っていたケースです。査定原因を分析すると、算定要件を医師が正確に理解しないままオーダしていた事例、算定漏れが慢性化していた項目、査定を防ぐための病名付与が不十分な事例、などが複合していました。医師教育、事務チェック、システムでの算定漏れ検知——多面的に対応することで、査定率を業界平均以下に改善しました。
介護報酬改定の話は、独立後の介護事業体クライアントで最も相談を受ける領域です。3 年ごとの改定で加算体系が大きく変わり、要介護度別サービスミックスの見直しが必要になります。処遇改善加算の要件が段階的に上がり、キャリアパス制度・研修体制の整備が経営の重要テーマになりました。「介護報酬改定を先読みして経営設計する」のが業界の共通行動様式です。
同時改定年(2024 年)の対応は、独立後で最も大規模なプロジェクトの 1 つでした。医療・介護の連携強化がテーマの中心で、退院時共同指導、在宅医療、看取り支援、地域連携薬局・地域包括ケアシステムの連動——医療機関と介護事業体の両方を支援するクライアントに対して、統一戦略を設計しました。「同時改定年は 6 年に 1 度の業界激動」を、まさに実感しました。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- 国民皆保険は 1961 年 4 月国民健康保険法全面適用で完成、5 制度(協会けんぽ・組合健保/国保/後期高齢者医療/共済/船員保険)で構成
- 自己負担割合は現役世代 3 割、義務教育就学前 2 割、70 〜 74 歳 2 割、75 歳以上 1 割(現役並みは 3 割)、高額療養費制度が安全ネット
- 診療報酬は 1 点 10 円の点数体系で、医科・歯科・調剤の 3 点数表、入院基本料・特掲診療料・加算などで構成
- 支払方式は出来高払いと DPC/PDPS 包括支払、DPC 対象病院は約 1,800 病院
- 診療報酬改定は 2 年ごと、中医協審議を経て厚生労働大臣告示
- 薬価は薬価基準に収載、類似薬効比較方式か原価計算方式、画期性・有用性加算あり、2021 年から毎年改定に移行、後発品数量シェア 80 % 超
- レセプトは翌月 10 日までに審査支払機関(支払基金・国保連)に提出、電子化ほぼ 100 %、NDB に蓄積
- 医療費適正化計画は都道府県策定(6 年ごと)、地域医療構想・特定健診・特定保健指導・後発品促進が主要施策
- 介護報酬は 1 単位 10 〜 11.4 円、3 年ごと改定、6 年ごとに診療報酬と同時改定(2018・2024・2030 年)
- 処遇改善加算は介護職員の賃金改善策として累次拡充
次のレッスンでは、6 サブ領域の第 1 のグループ「病院・診療所・薬局」を扱います。業態分類、経営 KPI、地域医療構想、薬局の 3 分類などを順に学びます。
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