本文へスキップ
スキルアップカレッジ

医療・ヘルスケアのバリューチェーンと業態別ビジネスモデル——R&D から患者サポートまで

レッスン2:医療・ヘルスケアのバリューチェーンと業態別ビジネスモデル——R&D から患者サポートまで

このレッスンで学ぶこと

  • Michael Porter のバリューチェーンの医療・ヘルスケア版
  • 6 領域の収益モデル比較(病院・薬局・製薬・医療機器・介護・ヘルステック)
  • 「安全性・アクセス性・コストのトリレンマ」の三角形
  • 医療機関の典型組織(診療部門・看護部門・薬剤部門・事務部門・地域連携室)
  • 6 領域の主要 KPI 比較

前回の振り返り

レッスン 1 では、医療・ヘルスケア業の現在地として、6 サブ領域(病院・診療所/薬局/製薬/医療機器/介護/医療 DX)、日本経済での位置(国民医療費約 47 兆円・介護費約 12 兆円・医薬品市場約 10 兆円・医療機器市場約 4 兆円)、3 大機能(治療・予防・介護)、4 つの構造変化(少子高齢化 2025 年問題・診療報酬改定サイクル・医療 DX ・EBM /VBHC)、3 つの共通言語(点数・エビデンス・時間)を学びました。今回は、業界全体の「地図」としてバリューチェーンと業態別ビジネスモデルを扱います。


Michael Porter のバリューチェーンと医療業界版

バリューチェーン(Value Chain、価値連鎖)は、Michael Porter 教授が 1985 年の著書『Competitive Advantage』で体系化した概念です。医療・ヘルスケア業のバリューチェーンは、本コースでは次の 6 段階で整理します。

  • 第 1 段階:R&D /新薬・機器開発:製薬・医療機器メーカーによる新薬・新機器の研究開発
  • 第 2 段階:製造・流通:医薬品・医療機器の製造と、医薬品卸・医療機器代理店による流通
  • 第 3 段階:診療・処方:病院・診療所での診断・治療・処方
  • 第 4 段階:調剤・服薬:薬局での調剤と服薬指導
  • 第 5 段階:介護・生活支援:介護施設・在宅介護での生活支援
  • 第 6 段階:予防・患者サポート:健診・保健指導・患者会・PHR
flowchart LR
  A[1 R&D<br/>新薬 機器開発] --> B[2 製造 流通<br/>製薬 卸 代理店]
  B --> C[3 診療 処方<br/>病院 診療所]
  C --> D[4 調剤 服薬<br/>薬局]
  D --> E[5 介護<br/>介護施設 在宅]
  E --> F[6 予防 サポート<br/>健診 PHR]

  Support[支援活動: 医療保険 診療報酬 薬機法規制 医療 DX 人材育成] -.- A
  Support -.- B
  Support -.- C
  Support -.- D
  Support -.- E
  Support -.- F

図1:医療・ヘルスケア業のバリューチェーン 6 段階と支援活動

医療業界のバリューチェーンで特徴的なのは、支援活動に「医療保険制度」「診療報酬」「薬機法規制」「医療 DX」が主要な柱として位置づけられる点です。他業種の支援活動が「人事・経理・法務・IT」であるのに対し、医療業界では公的な制度・規制が業界の骨格を規定するため、これらの動向を追う「制度対応部門」が本部の中核機能として置かれます。

💡 ポイント 医療業界のバリューチェーンは、他業種と比べて「制度・規制への依存度」が異常に大きいのが特徴です。診療報酬・薬価介護報酬の政策的価格設定、薬機法の承認プロセス、医療保険給付の枠組みなしには、業界の収益構造が成立しません。「制度と技術のあいだで最適点を探す発想」は、この構造から生まれます。


6 領域の収益モデル比較

6 サブ領域の収益モデルは大きく異なります。それぞれの構造を整理します。

病院——医業収益と医業費用の 2 階建て

病院の収益は「入院収益 + 外来収益 + 保健予防収益 + その他医業収益」の医業収益で構成されます。入院収益は「入院単価 × 延べ入院患者数」、外来収益は「外来単価 × 延べ外来患者数」で近似できます。

主要 KPI は、平均在院日数(急性期で 10 〜 14 日、回復期で 60 日程度、慢性期で数百日)、病床稼働率(80 〜 90 % が目安)、入院単価(急性期 DPC 対象病床で 5 〜 6 万円、回復期で 3 〜 4 万円)、医業利益率(民間 3 〜 5 %、国公立は低め)、医師 1 人あたり医業収益などです。

医業費用は人件費が最大(50 〜 60 %)、次いで材料費(20 〜 25 %)、経費(10 〜 15 %)、減価償却費(5 % 前後)、他が続きます。労働集約性が極めて高い業態です。

薬局——調剤収益と OTC 収益

薬局の収益は「調剤技術料 + 薬剤料 + OTC 販売」で構成されます。調剤技術料は診療報酬点数で決まる調剤基本料・薬剤服用歴管理指導料などの合計、薬剤料は薬価に応じた薬剤の価格転換収入(薬価差益 = 薬価 − 仕入価格)です。

薬価差益は近年圧縮が続き、調剤技術料の重要性が増しています。地域連携薬局(2021 年制度化)、専門医療機関連携薬局かかりつけ薬局の 3 分類で、地域包括ケアへの対応と加算取得が経営戦略の中核です。

製薬——新薬 R&D 経済性

製薬会社の収益は「医療用医薬品売上 + OTC 医薬品売上」で、営業利益率は 15 〜 25 % と製造業の中では高水準です。ただし、新薬 1 品の R&D に 10 〜 15 年・数千億円かかり、成功確率は 3 万分の 1 とも言われる高リスク・高リターン産業です。

主要 KPI は、R&D 費/売上比率(15 〜 25 %、業界随一の高比率)、パイプライン(開発中の候補品リスト)、ブロックバスター(年間売上 1,000 億円超の医薬品)、特許切れ後の売上減衰率バイオ医薬品比率などです。

医療機器——機器販売と消耗品・保守

医療機器メーカーの収益は「機器販売 + 消耗品売上 + 保守サービス」で構成されます。カテーテル・ステントなど「使い捨て消耗品を伴う機器」は、機器を安価に導入し消耗品で収益を稼ぐ「カミソリと替刃」モデルが多用されます。

主要 KPI は、機器売上/消耗品売上比率医療機関シェア(同種機器の中でどの機関に納入しているか)、新規医療機関開拓数R&D 費/売上比率(8 〜 12 %)などです。

介護——介護保険給付と自己負担

介護事業体の収益は「介護保険給付収入(9 割)+ 利用者自己負担(1 〜 3 割)+ 自費サービス」で構成されます。介護報酬 3 年ごと改定の内容が業績を直接左右します。

主要 KPI は、要介護度別利用者ミックス(要介護 3 以上の比率が収益に大きく効く)、稼働率(有料老人ホームで 90 % 以上目安)、利用者 1 人あたり月額単価介護職員 1 人あたり収益(人時生産性)、離職率などです。

ヘルステック——サービス収益・SaaS 型

ヘルステック(電子カルテ・PHR ・オンライン診療・DTx ・ウェアラブル)は、SaaS 型のサブスクリプション収益、初期導入費、DTx の場合は薬価収載後の使用料など、多様な収益モデルを持ちます。

主要 KPI は、契約医療機関数MAU /DAU(Monthly /Daily Active Users)、ARR(Annual Recurring Revenue)、顧客継続率などです。

📝 補足 6 領域の収益モデルは根本的に違いますが、共通するのは「診療報酬・薬価・介護報酬の政策価格に強く依存する」ことです。医療・ヘルスケア業を「政策と共に呼吸する産業」と捉えると、業界の変化速度と経営判断の焦点が理解しやすくなります。


安全性・アクセス性・コストのトリレンマ

医療政策・医療経営の議論で頻繁に用いられるフレームワークが、3 つの目標のトリレンマです。

  • 安全性・品質(Safety and Quality):医療の質、患者アウトカム、安全性
  • アクセス性(Access):必要な医療にアクセスできること(時間的・地理的・経済的)
  • コスト効率(Cost Efficiency):財源負担の持続可能性

3 つすべてを最大化することはできず、必ずトレードオフが発生します。

  • 安全性を高めるには専門医配置・高度検査・十分な人員が必要でコストが上がる
  • アクセス性を高めるには全国均一な提供体制が必要でコストが上がる
  • コスト効率を高めるには専門機能集中化などが必要でアクセスが下がる
flowchart TD
  Tri[医療政策のトリレンマ]
  Safety[安全性 品質<br/>Safety and Quality]
  Access[アクセス性<br/>Access]
  Cost[コスト効率<br/>Cost Efficiency]

  Tri --> Safety
  Tri --> Access
  Tri --> Cost

  Safety -.- Access
  Access -.- Cost
  Cost -.- Safety

図2:医療政策のトリレンマ。安全性・アクセス性・コストは 3 つすべてを最大化できないトレードオフ構造

日本の医療政策は、この 3 つのバランスの中で世界的に見て「アクセス性が高くコストが相対的に低い(国民皆保険)」ポジションを取ってきましたが、少子高齢化により財源負担が拡大し、地域医療構想などで「アクセス性のトレードオフ」(機能分化・集約化)を進める方向にシフトしつつあります。

⚠️ 注意 トリレンマの発想は、医療経営者・政策担当者が意識的に優先軸を選ぶことを前提とします。「すべてを最大化する」議論は現実には成立せず、地域医療構想・診療報酬改定・介護報酬改定などの制度改革は、必ずどこかで痛みを伴います。「制度が意図するトレードオフ」を読み解くことが、業界を理解する眼鏡です。


医療機関の典型組織——診療・看護・薬剤・事務・地域連携

病院の組織は、機能別に多層構造を持ちます。典型的な部門構成を整理します。

診療部門:医師が所属する部門。診療科(内科・外科・小児科・産婦人科・整形外科・精神科など多数)に区分され、各科の部長・医長・医員・研修医の階層で構成されます。診療科の増減、医師採用、専門医育成が経営の中核です。

看護部門:看護師・准看護師・看護補助者が所属する最大部門(病院職員の 40 〜 50 %)。看護部長・看護師長・主任・スタッフの階層で、病棟・外来・手術室・救急に配置されます。看護配置基準(7 対 1、10 対 1、13 対 1)が診療報酬点数を規定するため、看護師採用が経営の生命線です。

薬剤部門:薬剤師が所属。入院患者への調剤・服薬指導・注射薬調製・治験薬管理・DI(Drug Information)などを担います。近年は病棟薬剤業務(病棟に薬剤師が常駐して医師をサポート)が重要視されています。

その他医療技術部門:診療放射線技師(画像診断)、臨床検査技師(検体検査)、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士(リハビリ)、管理栄養士(栄養管理)、臨床工学技士(機器管理)、臨床心理士・公認心理師(心理支援)などが所属。

事務部門:医事課(診療報酬請求・レセプト業務)、経理課、人事課、医療情報部(電子カルテ・システム)、企画課、施設課、渉外課。医事課はレセプト請求の中核で、DPC 対応・審査支払機関との折衝を担います。

地域連携室:他医療機関・介護施設・在宅サービスとの連携窓口。前方連携(急性期病院から回復期・慢性期への転院調整)、後方連携(診療所からの紹介受入)、退院支援などを担う。地域包括ケア時代の中核機能です。

💡 ポイント 医療機関の組織理解で重要なのは、意思決定プロセスが「診療部門(医師)」と「事務部門」の二元性にあることです。医師は診療の権威、事務は経営の実務、両者の合意形成が経営判断の前提です。この「医事両輪」の構造が、他業種のクライアント担当者を戸惑わせる主要因の 1 つです。


6 領域の主要 KPI 比較

6 サブ領域の主要 KPI を比較して、業態の性格を整理します。

病院

  • 医業収益 = 入院収益 + 外来収益 + その他
  • 平均在院日数:急性期 10 〜 14 日、回復期 60 日、慢性期数百日
  • 病床稼働率:80 〜 90 %
  • 入院単価:DPC 対象病床 5 〜 6 万円
  • 医業利益率:民間 3 〜 5 %

薬局

  • 調剤技術料 + 薬剤料 + OTC 販売
  • 処方箋 1 枚あたり単価
  • 医師連携度(かかりつけ薬局・地域連携薬局の加算取得率)

製薬

  • 医療用医薬品売上 + OTC 売上
  • R&D 費/売上比率:15 〜 25 %
  • パイプラインの Phase III 品目数
  • ブロックバスターの売上構成比

医療機器

  • 機器売上/消耗品売上比率
  • 医療機関シェア
  • R&D 費/売上比率:8 〜 12 %

介護

  • 要介護度別利用者ミックス
  • 稼働率:90 % 以上目安
  • 利用者 1 人あたり月額単価
  • 介護職員離職率

ヘルステック

  • 契約医療機関数
  • ARR
  • 顧客継続率

📝 補足 業態を跨いで医療事業体の経営を比較するとき、単純に「利益」だけを見ても意味がありません。病院の医業利益率、製薬の営業利益率、介護の給付比率、ヘルステックの ARR は、それぞれ異なる収益概念で、業態に応じた指標を組み合わせて読むのが医療アナリストの基本です。


講師の現場メモ

私が大学病院時代に病棟運営を担当したとき、病床稼働率を 88 %→ 92 % に上げるプロジェクトを主導しました。空床が数ベッドあるだけで、月次で数百万円の機会損失になる世界です。地域連携室と協働して他院からの受入を強化し、退院支援を早めて空床を作りすぎない運営を設計しました。この過程で「病院は不動産業と労働集約サービス業の混合」という理解が生まれました。医療機関の経営は数字と現場の両輪で動きます。

診療報酬対応を担当した時期、隔年改定のたびに全部門が総出で対応しました。中医協答申が出た瞬間に全体像を読み解き、新設項目の算定要件を業務に落とし込み、電子カルテのオーダマスタを更新し、算定漏れがないよう院内周知する——2 年に 1 回の総力戦です。DPC 病院では、DPC コード(診断群分類)ごとの入院単価が変わるため、コーディングの精度がそのまま収益に直結します。

コンサル時代に手掛けた印象深いプロジェクトが、中堅製薬会社の新薬上市戦略でした。バイオ医薬品の新薬で、想定薬価より 12 % 低い薬価がついた事案でした。R&D 投資 800 億円の回収に、販売数量と特許期間の関係を再計算する必要がありました。営業体制、卸との連携、DPC 病院への納入戦略、患者団体との情報連携——多方面の再設計を並行しました。「薬価は制度の意志、それにどう応えるかが経営」というのが、この時の実感です。

医療機器の話は、独立後のクライアントで頻繁に議題になります。ある外資系医療機器メーカーの日本子会社で、新型カテーテル導入プロジェクトを支援しました。医療機関別のシェア分析、医師のオピニオンリーダー(KOL)との関係構築、症例セミナー、治療実績データの発信——医療機器は「医師コミュニティへの浸透」が販売の生命線です。日本の医療機器市場は保守的な傾向があり、実績と信頼を積み上げる長期戦です。

地域包括ケアと介護の話は、独立後のクライアントで最も相談を受ける領域です。ある中堅介護事業体で、要介護度別サービスミックスを再設計しました。要介護 3 以上の重度利用者比率を上げ、単価を改善しつつ、介護職員の負担軽減のためテクノロジー(見守りセンサー、記録音声入力)を導入。介護報酬 3 年ごと改定の方向性を先読みして、加算取得を強化しました。「介護は 24 時間 365 日、しかも人材が減っていく業界」という現実を、経営と現場の両側で理解する必要があります。

医療 DX の話は、独立後のクライアントで急速に議題化しています。ある中堅病院で、電子カルテ更新プロジェクトを支援しました。マイナ保険証電子処方箋対応、オンライン診療対応、PHR 連携、AI 画像診断連携——単なる更新ではなく、全業務の再設計プロジェクトになりました。医療 DX は 5 〜 10 年スパンの経営変革です。


まとめ

このレッスンでは、以下のことを学びました。

  • 医療・ヘルスケア業のバリューチェーンは 6 段階(R&D /新薬・機器開発/製造・流通/診療・処方/調剤・服薬/介護・生活支援/予防・患者サポート)で、支援活動に医療保険・診療報酬・薬機法規制・医療 DX が中核として置かれる
  • 6 領域の収益モデル:病院は医業収益 + 医業費用の 2 階建て、薬局は調剤技術料 + 薬剤料 + OTC、製薬は医薬品売上と R&D 経済性、医療機器は機器 + 消耗品、介護は介護保険給付 + 自己負担、ヘルステックは SaaS 型
  • 医療政策のトリレンマは「安全性・アクセス性・コスト」で、3 つすべての最大化はできない
  • 医療機関の組織は診療部門(医師)・看護部門・薬剤部門・その他医療技術部門・事務部門・地域連携室の多層構造で、意思決定は「医師」と「事務」の二元性
  • 病院の主要 KPI は平均在院日数・病床稼働率・入院単価・医業利益率、製薬は R&D 費/売上・パイプライン・ブロックバスター、医療機器は機器/消耗品比率、介護は要介護度ミックス・稼働率
  • 「制度と技術のあいだで最適点を探す」発想が業界共通の設計原理

次のレッスンでは、業界の骨格である「医療保険制度と診療報酬」を扱います。国民皆保険、保険給付、DPC/PDPS、薬価制度、レセプト、介護報酬を順に学びます。


確認クイズ

このレッスンの理解度をチェックしましょう。