ESG 格付機関 5 社の比較——MSCI/Sustainalytics/FTSE Russell/S&P Global/CDP
レッスン7:ESG 格付機関 5 社の比較——MSCI/Sustainalytics/FTSE Russell/S&P Global/CDP
このレッスンで学ぶこと
- ESG 格付機関の役割と機関投資家との関係を把握する
- MSCI・Sustainalytics・FTSE Russell・S&P Global・CDP の 5 社のプロファイルと評価軸を捉える
- 質問書対応の実務プロセスを組み立てられる
- 格付機関との「付き合い方」の 4 原則を持てる
- 「同じ質問が違う言葉で来る」現場の実感を、講師の体験から学ぶ
前レッスンでは、統合報告書の作り方と 6 つの資本、統合思考を扱いました。本レッスンでは、機関投資家が発行体を評価する際に参照する「ESG 格付機関」を扱います。中核メッセージ「格付は使いこなす道具、鵜呑みにしない」——本レッスンの主題です。
格付機関の役割——投資家と発行体の間
ESG 格付機関は、上場企業の ESG パフォーマンスを評価・スコア化し、機関投資家に提供するデータプロバイダーです。機関投資家が全企業の ESG 情報を自ら分析することは現実的でなく、格付機関の評価が「投資判断の効率化」に使われます。
- 機関投資家の使い方:ポートフォリオのスクリーニング、ESG インテグレーション、指数連動運用(GPIF の ESG 指数など)
- 格付機関のビジネスモデル:機関投資家からのサブスクリプション、指数プロバイダーとしての指数ライセンス、企業からの詳細レポート販売
- 発行体との関係:発行体は無料の質問書に回答し、スコアがつく。詳細フィードバックには課金される場合も
格付機関は「投資家サイドのビジネス」——だからこそ、発行体は格付機関を鵜呑みにするのではなく「機関投資家との対話の材料」として使いこなす必要があります。
5 社のプロファイル比較
主要な ESG 格付機関 5 社の位置づけです。
flowchart TB
subgraph 総合ESG格付 [総合 ESG 格付]
M[MSCI ESG Ratings<br/>1969 年設立<br/>1999 年 KLD 統合]
Sa[Sustainalytics<br/>1992 年設立<br/>Morningstar 2020 年買収]
F[FTSE Russell<br/>指数プロバイダー<br/>FTSE4Good]
SP[S&P Global<br/>Trucost 2016 年買収<br/>RobecoSAM 2019 年買収]
end
subgraph 特化型 [特化型]
C[CDP<br/>2000 年設立<br/>気候・水・森林]
end
1. MSCI ESG Ratings
- 設立:1969 年(Morgan Stanley Capital International として)、ESG リサーチは 1999 年に KLD Research & Analytics を統合してから本格化
- 本社:米国ニューヨーク
- カバレッジ:世界の大型・中型株 8,500 社超
- スコア:AAA〜CCC の 7 段階、業種相対評価
- 特徴:GPIF が採用する MSCI Japan ESG Select Leaders 指数の基盤、パッシブ運用に強い影響
- 評価軸:業種別のマテリアル ESG リスクと機会を特定し、ガバナンス(30%)+業種特有の E・S 課題(70%)の加重
- 無料質問書:なし(公開情報とサードパーティデータから評価)
2. Sustainalytics
- 設立:1992 年、カナダ(複数の欧州リサーチ機関の統合)
- 買収:Morningstar が 2020 年に完全買収
- カバレッジ:世界 16,000 社超
- スコア:ESG Risk Rating(0〜100 のリスクスコア、低いほど良い)、5 段階(Negligible〜Severe)
- 特徴:企業別の詳細レポート、機関投資家に加えて銀行融資の判断材料としても使われる
- 評価軸:ESG リスクの「露出度(Exposure)」と「管理(Management)」の掛け合わせ
- 無料質問書:あり(企業が回答すると評価に反映)
3. FTSE Russell
- 母体:ロンドン証券取引所グループ(LSEG)傘下、指数プロバイダー
- 主要指数:FTSE4Good(2001 年開始)、FTSE Blossom Japan(2017 年、GPIF が採用)
- カバレッジ:世界の主要株
- スコア:0〜5 の 6 段階、業種相対
- 特徴:指数連動運用向けの明確な指数、GPIF の 2 つの ESG 指数の 1 つを提供
- 評価軸:E・S・G の 3 領域、それぞれサブテーマで採点
- 無料質問書:あり
4. S&P Global Sustainable1(旧 RobecoSAM)
- 本社:米国ニューヨーク
- 買収:Trucost(環境データ)を 2016 年に買収、RobecoSAM の SAM 部門を 2019 年に買収
- カバレッジ:世界の主要株、10,000 社超
- スコア:0〜100、業種相対
- 特徴:Dow Jones Sustainability Index(DJSI、1999 年設立)の基盤、Corporate Sustainability Assessment(CSA)の質問書が業界で最も詳細
- 評価軸:Governance & Economic、Environmental、Social の 3 領域、業種別の質問セット
- 無料質問書:CSA(毎年 4 月〜7 月頃に企業に招待)——回答企業のみ DJSI 選定候補になる
5. CDP(旧 Carbon Disclosure Project)
- 設立:2000 年、英国
- 性質:国際 NGO
- カバレッジ:世界の企業 24,000 社超が回答(2024 年)
- スコア:A・A-・B・B-・C・C-・D・D-・F の 9 段階、Failure(未回答)
- 特徴:総合 ESG 格付ではなく「気候変動/水セキュリティ/森林」の 3 領域に特化
- 評価軸:質問書への回答内容の詳細性、Scope 1-3 開示、目標設定、ガバナンス
- 無料質問書:あり、機関投資家グループ・購買企業からの依頼で送付
CDP は「気候・水・森林」に特化し、総合 ESG 格付とは目的が違う点に注意が必要です。総合 ESG 格付機関 4 社と CDP はセットで対応するのが実務です。
質問書対応の実務プロセス
格付機関の質問書に対応する実務は、以下の年次サイクルを踏みます。
flowchart LR
Q1[Q1 1-3 月<br/>前年質問書の<br/>スコア公表を分析] --> Q2[Q2 4-6 月<br/>今年の質問書<br/>受領・対応開始]
Q2 --> Q3[Q3 7-9 月<br/>質問書の<br/>回答提出]
Q3 --> Q4[Q4 10-12 月<br/>次年度改善計画<br/>統合報告書執筆]
Q4 --> Q1
各期の主なタスク
- Q1 分析期:前年のスコアと機関投資家の反応を分析。改善すべき項目の特定
- Q2 準備期:質問書の受領(4 月〜7 月に集中)、社内データ収集、部門横断の連携準備
- Q3 回答期:質問書の回答執筆、証跡(policies, disclosures, KPIs)の添付、7 月〜9 月に集中
- Q4 改善期:スコアの見通しをもとに、次年度の改善策を統合報告書・SR レポートに反映
質問書対応の落とし穴
- 同じ質問が違う言葉で来る:MSCI・Sustainalytics・FTSE Russell・S&P Global の 4 社が、例えば「気候変動リスクに対する取締役会の監督体制」を、それぞれ違う言葉で問う
- 証跡の求められ方が違う:ある機関は「取締役会議事録の抜粋」を求め、別の機関は「ポリシー文書」を求める
- 業種の粒度が違う:業種の切り方が機関ごとに違い、比較企業(ピア)も違う
部門横断の「質問書対応チーム」を組成し、社内文書のバージョン管理を厳格にしないと、部門ごとに違う情報が回答されてしまう事故が起きます。
講師の現場メモ——格付機関 5 社のうち 3 社が同じ質問を違う言葉で聞いてくる話
ある国内上場企業の支援で、Q3 の質問書対応を伴走した時のことです。IR 部長さんから「同じことを違う言葉で 5 社が聞いてくる。5 回書き直している」というため息を聞きました。
具体的には、「気候変動リスクの取締役会での議論」について、
- MSCI:「取締役会が気候変動関連リスクを監督している証拠を提供してください」
- Sustainalytics:「気候関連の重要決定において、取締役会または最高経営陣が果たしている役割を記述してください」
- FTSE Russell:「気候変動に対する経営陣・取締役会の説明責任を、機関のガバナンス体制の中でどう位置づけていますか」
- S&P Global CSA:「取締役会または委員会レベルで、気候関連課題の監督責任を持つ組織構造を説明してください」
- CDP:「取締役会または委員会レベルの、気候関連課題の監督責任について説明してください」
5 社の質問は、微妙に文脈が違い、証跡の粒度も違います。「取締役会議事録の抜粋を出すべきか」「サステナビリティ委員会の設置状況を語るべきか」「CEO レポート・取締役会報告書を引用すべきか」——答え方も異なります。
その支援では、社内で「気候変動ガバナンス・マスタードキュメント」を 1 本用意し、そこから 5 通りの回答を生成する仕組みに変えました。翌年、5 社のうち 3 社でスコアが 1 段階上がり、質問書対応の総工数は約 40% 削減されました。「同じ質問が違う言葉で来る」から、マスタードキュメントで一貫性を確保する——これが実務のコツです。
格付機関との付き合い方——4 原則
長年の格付対応の経験から、次の 4 つの付き合い方をお勧めします。
原則 1:格付機関のスコアは「対話の材料」であって「対話の目的」ではない
機関投資家との対話は、統合報告書のストーリーテリング、CEO のビジョン、中期経営計画の進捗が主軸です。格付スコアは、その対話の中で言及される 1 データポイントに過ぎません。スコアを上げることを最終目標にしない——これが最も重要な原則です。
原則 2:5 社すべてで最高スコアを狙わない
各社の評価軸は違います。1 社で最高スコア(例:MSCI で AAA)を取ると、別社で相対的に下がることもあります。業種内でトップ 25%(Best-in-Class) を目標とするのが実務的です。
原則 3:無料質問書には積極的に回答する
MSCI 以外の 4 社は無料の質問書を提供し、回答した企業のスコアはより正確に評価されます。回答するかしないかで、開示企業の努力が反映される差がつきます。
原則 4:格付機関との対話の窓を作る
各格付機関は、企業からの質問・反論に応じる窓口を持ちます。「スコアに納得がいかない」場合は、根拠を持って対話することが可能です。ただし、対話は「スコアを上げてもらう」ためではなく「評価軸を理解する」ために行うのが姿勢としては望ましいです。
中核メッセージの再確認
本レッスンで扱った内容を、中核メッセージに戻して整理します。
- 格付は使いこなす道具、鵜呑みにしない:5 社のプロファイル、質問書対応の実務、4 つの付き合い方の原則——すべて「使いこなす」ための知恵
- 開示は目的ではなく対話の入り口:格付機関の質問書対応は、機関投資家との対話の準備でもある
まとめ
- ESG 格付機関 5 社:MSCI・Sustainalytics・FTSE Russell・S&P Global・CDP
- MSCI(1969 年、1999 年 KLD 統合、GPIF 採用):AAA〜CCC の 7 段階、公開情報ベース
- Sustainalytics(1992 年、Morningstar 2020 年買収):ESG Risk Rating、質問書あり
- FTSE Russell:FTSE4Good・FTSE Blossom Japan(GPIF 採用)、指数プロバイダー
- S&P Global(Trucost 2016 年、RobecoSAM 2019 年買収):DJSI 基盤、CSA 質問書が最も詳細
- CDP(2000 年、NGO):気候・水・森林の 3 領域特化、A〜F の 9 段階
- 質問書対応は年次サイクル:Q1 分析→Q2 準備→Q3 回答→Q4 改善
- 同じ質問が違う言葉で来る現実——マスタードキュメントで一貫性を確保
- 4 原則:スコアは対話の材料/5 社最高を狙わない/無料質問書は積極回答/格付機関との対話の窓
次のレッスンでは、ダブルマテリアリティとグリーンウォッシュ回避、修了後の学び方を扱います。EU CSRD/ESRS のダブルマテリアリティ、マテリアリティ分析、透明性の設計まで踏み込んでコースを締めくくります。
確認クイズ
このレッスンの内容の理解度をチェックしましょう。