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スキルアップカレッジ

開示制度の世界的系譜——IIRC → VRF → ISSB 統合

レッスン3:開示制度の世界的系譜——IIRC → VRF → ISSB 統合

このレッスンで学ぶこと

  • IIRC 2010 年設立、統合報告書フレームワーク 2013 年 12 月の背景を把握する
  • SASB 2011 年設立の業種別基準アプローチを理解する
  • CDSB・GRI・TCFD などの並行フレームワーク乱立時代の混乱を整理する
  • IIRC + SASB → VRF 2021 年 6 月統合の経緯を追える
  • ISSB 2021 年 11 月 COP26 設立、VRF・CDSB 吸収 2022 年 6 月の意義を捉える
  • IFRS S1(一般要求事項)/S2(気候関連開示)2023 年 6 月公表の要点がわかる
  • SSBJ 発足 2022 年 7 月と日本基準確定 2025 年 3 月の適用スケジュールを把握する

前レッスンでは、機関投資家サイドの ESG 投資の系譜と 3 手法を扱いました。本レッスンでは、対話される発行体側の「開示制度」がどう作られてきたかの系譜を辿ります。中核メッセージ「開示は目的ではなく対話の入り口」の、対話に使う開示制度そのものの整理です。

開示制度の乱立時代——2010 年代の混乱

2010 年代前半、サステナビリティ・ESG 開示のフレームワークは無数に乱立していました。上場企業の開示担当者は「GRI、SASB、CDSB、TCFD、CDP、IIRC——どれで書けばいいのか」の疑問に日々直面していました。

  • GRI(Global Reporting Initiative、1997 年設立):サステナビリティ全般の報告基準、マルチステークホルダー向け
  • SASB(Sustainability Accounting Standards Board、2011 年設立):業種別の財務マテリアル情報、投資家向け
  • CDSB(Climate Disclosure Standards Board、2007 年設立):気候関連情報の開示、財務報告への統合
  • TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures、2015 年設立):気候関連財務情報開示の推奨事項
  • CDP(旧 Carbon Disclosure Project、2000 年設立):気候・水・森林の質問書ベースのデータ収集
  • IIRC(International Integrated Reporting Council、2010 年設立):統合報告書フレームワーク

これらは目的・想定読者・粒度がすべて違い、企業側は「複数のフレームに沿って別々に開示する」負担を強いられていました。乱立の解消——それが 2020 年代の統合の物語の背景です。

IIRC——2010 年設立、統合報告書フレームワーク

IIRC は 2010 年 8 月に発足しました。財務報告と非財務報告を分けて開示する従来の姿に対し、「両者を一体で捉える統合思考(integrated thinking)」を提唱しました。2013 年 12 月に「The International Framework」(統合報告書フレームワーク)を公表し、8 つの内容要素(組織概要と外部環境、ガバナンス、ビジネスモデル、リスクと機会、戦略と資源配分、実績、見通し、作成と表示の基礎)と 6 つの資本(後のレッスン 6 で詳細)を提示しました。

日本では、IIRC の提唱を受けて、2010 年代半ばから統合報告書を作成する上場企業が急増しました。KPMG ジャパンの調査によれば、統合報告書を発行する日本企業は 2013 年に 100 社未満、2020 年に 600 社超、2024 年には 1,000 社超に達しています。統合報告書の作成は事実上、日本の上場企業の標準実務となっています。

SASB——2011 年設立、業種別・投資家向け

SASB は Jean Rogers らが 2011 年 7 月に米国で設立しました。IIRC の「統合思考」に対し、SASB は「業種ごとに投資家にとって重要な ESG 項目を特定し、開示する」という現実主義的なアプローチを取りました。SASB Materiality Map で 77 業種を定義し、各業種で財務マテリアル(財務業績に影響する)とされる ESG 項目を特定する基準を策定しました。

  • 業種別基準:飲食料品・エネルギー・金融サービスなど、業種ごとに開示すべき ESG 項目が違うことを前提
  • 投資家向け:GRI がマルチステークホルダー向けなのに対し、SASB は明確に「投資家向け」を宣言
  • 財務マテリアリティ:ESG のうち、財務業績に影響するものだけを対象とする(後述のシングルマテリアリティ)

SASB Standards は、2018 年に業種別基準が完成し、その後 ISSB 傘下に組み込まれてグローバルな標準の一部となりました。

CDSB と TCFD——気候関連情報開示

CDSB は 2007 年に発足し、気候関連情報を財務報告に組み込むことを提唱しました。CDP と密接に連携し、CDP 質問書の設計にも関与しました。

TCFD は 2015 年 12 月に金融安定理事会(FSB)が設置した特別委員会で、Michael Bloomberg 氏が議長を務めました。2017 年 6 月に公表された TCFD 推奨事項は、「ガバナンス/戦略/リスク管理/指標と目標」の 4 本柱で気候関連情報を財務報告と統合する枠組みを提示しました。この 4 本柱は、その後の IFRS S2 の骨格にそのまま引き継がれています

VRF——2021 年 6 月、IIRC と SASB の統合

2020 年代に入り、乱立するフレームワークの統合が加速しました。第 1 弾は 2021 年 6 月、IIRC と SASB が統合し「VRF(Value Reporting Foundation)」が発足したことです。「統合思考の IIRC」と「業種別基準の SASB」が 1 つの組織にまとまった——この統合が、次の ISSB 統合への布石となりました。

ISSB——2021 年 11 月 COP26、統合の完成

決定的な統合は 2021 年 11 月、英国グラスゴーで開催された COP26(第 26 回国連気候変動枠組条約締約国会議)で、IFRS 財団が ISSB(International Sustainability Standards Board、国際サステナビリティ基準審議会)を設立したことです。IFRS 財団は、国際財務報告基準(IFRS)を策定する非営利団体で、既に IASB(国際会計基準審議会)を運営していました。ISSB は IASB の姉妹組織として、サステナビリティ関連財務情報の国際基準を策定する役割を担いました。

flowchart LR
  A[2010 年 8 月<br/>IIRC 設立]
  B[2011 年 7 月<br/>SASB 設立]
  C[2007 年設立<br/>CDSB]
  A --> D[2021 年 6 月<br/>VRF 設立<br/>IIRC + SASB 統合]
  B --> D
  D --> E[2022 年 6 月<br/>ISSB が<br/>VRF・CDSB 吸収]
  C --> E
  E --> F[2023 年 6 月<br/>IFRS S1/S2<br/>公表]
  F --> G[2023 年 10 月<br/>TCFD 役割<br/>ISSB へ承継]

ISSB の主な動き

  • 2021 年 11 月:ISSB 設立宣言(COP26 グラスゴー)
  • 2022 年 6 月:VRF と CDSB を吸収、統合報告書フレームワークと SASB 基準が ISSB 傘下に
  • 2023 年 6 月:IFRS S1(一般要求事項)/S2(気候関連開示)公表
  • 2023 年 10 月:TCFD の役割を ISSB へ承継、FSB が正式に発表

2020 年代前半の 3 年間で、ISSB が世界のサステナビリティ開示基準の「事実上のグローバル・スタンダード」の座に立った——これが本レッスンで最も押さえていただきたい構図です。

IFRS S1 と S2——2023 年 6 月公表

ISSB が 2023 年 6 月に公表した 2 つの基準は、それぞれ役割が違います。

IFRS S1「General Requirements for Disclosure of Sustainability-related Financial Information」

サステナビリティ関連財務情報の一般開示基準です。以下の 4 本柱の枠組みは TCFD から引き継いだものです。

  • ガバナンス:ESG 課題を監督・管理する取締役会・経営陣の体制
  • 戦略:ESG 課題が企業戦略・ビジネスモデル・見通しに与える影響
  • リスク管理:ESG リスク・機会の特定・評価・管理プロセス
  • 指標と目標:ESG 関連の指標、目標、進捗

「サステナビリティ関連財務情報」の呼び方は、前レッスンで扱った「未財務」の発想を反映したものです。

IFRS S2「Climate-related Disclosures」

気候関連の開示基準で、IFRS S1 の 4 本柱を気候に特化した形で具体化しました。Scope 1・2・3 の GHG 排出量開示、シナリオ分析、内部炭素価格、業界別指標(SASB Materiality Map の気候関連項目)などを求めます。

📖 もっと詳しく IFRS S1/S2 の適用は、IFRS 財団が国際基準として公表するもので、各国・地域が自国の制度に取り入れるかは選択制です。EU は独自基準 ESRS(後述)を採用しました。日本は SSBJ が「相互運用可能な」日本基準を策定しました。米国 SEC は気候開示ルールを 2024 年 3 月に採択しましたが、訴訟対応で施行が停止中です(2026 年 7 月時点)。世界統一基準ではなく、地域ごとの相互運用性を確保する構図が実務の現状です。

SSBJ——2022 年 7 月発足、2025 年 3 月基準確定

SSBJ(Sustainability Standards Board of Japan、サステナビリティ基準委員会)は、財務会計基準機構(FASF)の中に 2022 年 7 月に発足しました。ISSB の日本基準策定を担う組織で、IASB に対応する ASBJ(企業会計基準委員会)と対をなす存在です。

  • 2022 年 7 月:SSBJ 発足
  • 2024 年 3 月:日本版 IFRS S1/S2 の公開草案を公表
  • 2025 年 3 月:日本基準(一般開示基準・気候関連開示基準)確定
  • 2026 年以降:東証プライム上場企業を中心に段階的に適用(金融庁の内閣府令改正に基づく)

SSBJ 基準は、IFRS S1/S2 と「相互運用可能な内容」を目指しつつ、日本の商法制度・会計制度に整合するように調整されています。「グローバル基準と国内実務の橋渡し」——それが SSBJ の役割です。

EU の CSRD/ESRS——別のルート

ISSB とは別のルートで、EU は独自のサステナビリティ開示基準を進めました。

  • CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive):EU 域内で事業展開する大企業に、詳細なサステナビリティ開示を義務化する指令。2022 年 12 月採択、2024 年から段階適用
  • ESRS(European Sustainability Reporting Standards):CSRD の具体的な報告基準。2023 年 7 月採択

ESRS の特徴は「ダブルマテリアリティ」(本コース L8 で詳述)を明確に採用したことです。ISSB の IFRS S1/S2 は「財務マテリアリティ」を軸としますが、ESRS は「財務マテリアリティ」と「インパクトマテリアリティ」の両方の開示を求めます。日本の企業は、EU 進出の有無で開示対応が変わることに注意が必要です。

中核メッセージの再確認

本レッスンで扱った内容を、中核メッセージに戻して整理します。

  • 開示は目的ではなく対話の入り口:IIRC が提唱した統合報告書、SASB の業種別基準、ISSB の IFRS S1/S2、SSBJ の日本基準——すべて機関投資家との対話の共通言語を作るための道具
  • ESG は「非財務」ではなく「未財務」:ISSB IFRS S1 の「サステナビリティ関連財務情報」という呼称に、この発想が結晶している

まとめ

  • 2010 年代前半は GRI・SASB・CDSB・TCFD・CDP・IIRC など開示制度が乱立
  • IIRC は 2010 年 8 月設立、統合報告書フレームワーク 2013 年 12 月公表
  • SASB は 2011 年 7 月設立、業種別・投資家向けの財務マテリアリティ基準
  • TCFD は 2015 年 12 月設立、2017 年 6 月推奨事項、4 本柱の枠組み(後の IFRS S2 に継承)
  • 2021 年 6 月:IIRC + SASB → VRF 統合
  • 2021 年 11 月:COP26 で ISSB 設立宣言
  • 2022 年 6 月:ISSB が VRF・CDSB 吸収
  • 2023 年 6 月:IFRS S1(一般要求事項)/S2(気候関連開示)公表
  • 2023 年 10 月:TCFD の役割を ISSB へ承継
  • SSBJ は 2022 年 7 月発足、2025 年 3 月日本基準確定、2026 年以降段階適用
  • EU は独自の CSRD/ESRS ルート、ダブルマテリアリティを採用

次のレッスンでは、日本の開示実務に踏み込みます。東証プライム市場再編と改正内閣府令による有価証券報告書サステナビリティ欄、コーポレートガバナンス報告書、日本独自の開示ルートの実務を扱います。

確認クイズ

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