コーポレートガバナンス・コード 3 回改訂とスチュワードシップ・コード
レッスン5:コーポレートガバナンス・コード 3 回改訂とスチュワードシップ・コード
このレッスンで学ぶこと
- コーポレートガバナンス・コードの位置づけ(ソフトロー、コンプライ・オア・エクスプレイン)を把握する
- 3 回の改訂(2015 制定・2018 改訂・2021 改訂)の変遷と背景を追える
- 5 つの基本原則と 78 原則の骨格を捉えられる
- スチュワードシップ・コード(2014 制定・2017 改訂・2020 改訂)との対の関係を理解する
- 2 つのコードが機関投資家と発行体の対話を支える相互作用を掴む
- 政策保有株、指名・報酬委員会、独立社外取締役、多様性の各論点で変化を追える
前レッスンでは、日本の 5 つの開示ルートと有価証券報告書のサステナビリティ情報記載欄を扱いました。本レッスンでは、日本のガバナンス改革の 10 年間を支えた 2 つのソフトロー——コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードを扱います。この 2 つは「発行体(企業)向け」と「機関投資家向け」の対のコードであり、両者の相互作用が日本の資本市場を動かしてきました。
「稼ぐ力」と機関投資家対話——2010 年代前半の背景
日本のガバナンス改革は、2013 年 6 月に閣議決定された「日本再興戦略」から本格化しました。「稼ぐ力」の向上、ROE 8% 以上の目標、機関投資家との対話促進——これらが政策の柱となり、コード制定に繋がっていきました。
- 伊藤レポート(2014 年 8 月):一橋大学の伊藤邦雄氏を座長とする経済産業省プロジェクトが公表。「持続的成長への競争力とインセンティブ——企業と投資家の望ましい関係構築」。日本企業の平均 ROE 5% を「投資家の期待する水準の半分」と指摘、8% 以上を目指す提言
- スチュワードシップ・コード(2014 年 2 月):金融庁が制定、機関投資家向けのソフトロー
- コーポレートガバナンス・コード(2015 年 6 月):東京証券取引所と金融庁が共同で制定、発行体(上場企業)向けのソフトロー
コーポレートガバナンス・コード——2015 年 6 月制定
コーポレートガバナンス・コード(略称:CG コード)は、東証と金融庁が共同で 2015 年 6 月 1 日に施行しました。上場企業に対する行動指針で、以下の 5 つの基本原則を柱とします。
- 株主の権利・平等性の確保
- 株主以外のステークホルダーとの適切な協働
- 適切な情報開示と透明性の確保
- 取締役会等の責務
- 株主との対話
制定当初は 73 の原則で構成され、2 回の改訂で 78 の原則に拡張されました。
コンプライ・オア・エクスプレイン
CG コードは法律ではなく、金融商品取引所の上場規則で「遵守または説明」(Comply or Explain)を求めます。原則を遵守する場合は遵守を宣言し、遵守しない場合はその理由を説明する形です。「守れないなら理由を説明する」——これが CG コードの柔軟性の源です。「一律に強制する規制」ではなく「対話の出発点」として設計されました。
2018 年 6 月改訂——政策保有株、指名・報酬委員会
2015 年制定から 3 年経った 2018 年 6 月、CG コードが初改訂されました。主な追加点は以下です。
- 政策保有株の縮減(原則 1-4):保有意義と経済合理性を毎年検証し、政策保有株を段階的に縮減
- 指名委員会・報酬委員会の任意設置(補充原則 4-10-①):取締役会の指名・報酬機能を独立性のある委員会で強化
- CEO の選解任プロセスの明確化(補充原則 4-3-②〜④)
- 投資家との対話促進(原則 5)
政策保有株の縮減は、日本企業の資本コスト意識を高める重要な改革でした。「株主対話が形式から実質へ変わる出発点」として位置づけられます。
2021 年 6 月改訂——プライム市場向け要件、TCFD、多様性
2 回目の改訂は、東証プライム市場再編(2022 年 4 月施行)と連動する形で、2021 年 6 月に行われました。プライム市場向けにより高い基準を課す構造が導入されました。
主な改訂点
- 独立社外取締役 1/3 以上(プライム市場、原則 4-8):構成の多様性・専門性を含む
- サステナビリティに関する取組みの開示(補充原則 3-1-③):TCFD またはそれと同等の枠組み
- 中核人材の多様性確保(補充原則 2-4-①):女性・外国人・中途採用者の管理職登用状況、目標、進捗
- 取締役会・監査役会のスキルマトリックス(補充原則 4-11-①)
- サステナビリティ経営に関する監督(補充原則 4-2-②)
- プライム市場上場企業向け原則の付加
「E・S・G のすべてを CG コードに組み込む」——2021 年改訂の主眼はここにあります。従来のガバナンス(G)の枠を超えて、環境(E)と社会(S)を取締役会の監督範囲に明確に位置づけました。
スチュワードシップ・コード——機関投資家向けの対のコード
スチュワードシップ・コードは、CG コードと対をなす機関投資家向けのソフトローです。金融庁が「責任ある機関投資家の諸原則」として策定しました。
- 2014 年 2 月制定:7 つの原則
- 2017 年 5 月改訂:議決権行使結果の個別開示、パッシブ運用における対話
- 2020 年 3 月再改訂:ESG 要素の考慮、運用機関のガバナンス・利益相反管理
7 つの原則(2020 年改訂版)
- 方針の明確化と公表:スチュワードシップ責任の果たし方に関する方針を策定・公表
- 利益相反の管理:明確な方針の策定・公表
- 投資先企業の把握:中長期的な企業価値向上に資する経営状況の把握
- 建設的な対話:目的を持った建設的な対話を通じた投資先企業との認識共有
- 議決権行使の方針・結果の公表:具体的な議決権行使結果の個別開示を含む
- スチュワードシップ責任の履行報告:受益者への履行報告
- 実力の向上:スチュワードシップ活動に係る実力の向上
2 つのコードの対応関係
flowchart LR
subgraph Investors [機関投資家側]
S[スチュワードシップ・コード<br/>2014 制定・2017 改訂・2020 改訂]
end
subgraph Companies [上場企業側]
G[コーポレートガバナンス・コード<br/>2015 制定・2018 改訂・2021 改訂]
end
S -.建設的な対話.-> G
G -.建設的な対話.-> S
S --> Y[議決権行使<br/>個別開示]
G --> X[コンプライ・オア・エクスプレイン<br/>CG 報告書]
両コードは「建設的な対話」を軸に対応関係にあり、2 つがセットで日本の資本市場のガバナンスを支える設計です。片方だけでは、対話は生まれません。機関投資家がスチュワードシップ責任を果たし、発行体が CG コードを遵守(または説明)することで、対話が実効性を持ちます。
ソフトローの位置づけ——法律ではないが機能する
CG コードとスチュワードシップ・コードは、いずれも「ソフトロー」です。法律ではなく、金融商品取引所の上場規則、あるいは自主的な受入れという形で運用されます。
- メリット:柔軟性、対話ベース、原則が変わりやすい環境で対応できる
- デメリット:形式的な遵守(フォーム埋め)に陥りやすい、罰則がない
- 実効性:機関投資家の議決権行使、格付、投資判断を通じて、実質的な影響力を持つ
「法律にしないことで、対話を残す」——これがソフトローの狙いです。機関投資家がスチュワードシップ・コード原則 5 に基づいて議決権行使結果を個別開示し、それが CG コード遵守状況を評価する材料となる——ソフトローの相互作用が、事実上のハードローに近い実効性を持つ構造です。
2 つのコードの相互作用の実務
上場企業側から見ると、スチュワードシップ・コードは「相手の行動原則」として理解しておく必要があります。
- 原則 4 の建設的な対話:機関投資家が「なぜ聞いてくるか」の根拠。スチュワードシップ責任の履行として対話するので、義務感で聞くわけではない
- 原則 5 の議決権行使結果の個別開示:反対票が「誰から、なぜ、どの議案に」入ったかが可視化される時代。中期経営計画・役員報酬・政策保有株が反対の主な理由
- 原則 7 の実力の向上:機関投資家自身も「スチュワードシップ活動の質」を評価される。ESG エンゲージメントを担う担当者の育成が進む
対話に臨むときは、「相手のスチュワードシップ・コード原則 4・5・7 の履行状況」を意識することで、対話の設計が変わります。
中核メッセージの再確認
本レッスンで扱った内容を、中核メッセージに戻して整理します。
- 開示は目的ではなく対話の入り口:CG コードのコンプライ・オア・エクスプレイン、スチュワードシップ・コードの議決権行使結果の個別開示——両方が対話の材料として設計されている
- 統合思考なき統合報告書は、束ねただけの目次に過ぎない:CG コード 2021 年改訂で E・S・G すべてが取締役会の監督範囲に入ったことは、統合思考の制度的な結実
まとめ
- CG コードは 2015 年 6 月制定、2018 年 6 月改訂、2021 年 6 月改訂の 3 回改訂
- 5 つの基本原則、78 原則、コンプライ・オア・エクスプレイン
- 2018 年改訂:政策保有株縮減、指名・報酬委員会、CEO の選解任プロセス
- 2021 年改訂:プライム市場向けの独立社外取締役 1/3 以上、TCFD、多様性、スキルマトリックス
- スチュワードシップ・コードは 2014 年 2 月制定、2017 年 5 月改訂、2020 年 3 月再改訂
- 7 つの原則、機関投資家の建設的な対話・議決権行使結果の個別開示
- 2 つのコードは対応関係にあり、対話を軸に日本の資本市場のガバナンスを支える
- ソフトローの位置づけ:柔軟性と対話を残しつつ、事実上のハードローに近い実効性
次のレッスンでは、統合報告書の作り方——IIRC フレームワークの 6 つの資本と価値創造プロセス、統合思考の実装を扱います。
確認クイズ
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