CBAM 2026 年 1 月本格施行と国際規制——CSDDD・改正温対法
レッスン7:CBAM 2026 年 1 月本格施行と国際規制——CSDDD・改正温対法
このレッスンで学ぶこと
- CBAM の背景(EU 内の炭素価格と域外の炭素リーケージ)を把握する
- CBAM の対象品目 6 分野、移行期間 2023/10〜2025/12、本格施行 2026/1 の実務を捉える
- CBAM の 6 段階の申告フローを整理する
- CSDDD 2024 年 5 月採択、加盟国国内法制化 2026 年 7 月まで、段階適用 2027 年以降の要点を掴む
- 改正温対法 2022 年 4 月施行、企業別排出量開示制度を理解する
前レッスンでは、カーボンプライシングと GX-ETS、J-クレジット、非化石証書を扱いました。本レッスンでは、日本の輸出企業に直接影響する CBAM と CSDDD、そして国内の改正温対法を扱います。中核メッセージ「CBAM は EU の話ではなく、日本の輸出企業の話」の、そのものの主題です。
CBAM の背景——カーボンリーケージの防止
CBAM(Carbon Border Adjustment Mechanism、国境炭素調整措置)は、EU が導入する「国境での炭素価格調整」の仕組みです。背景には次の構造があります。
- EU 域内では EU-ETS で高い炭素価格(2023 年 100 ユーロ/t-CO₂ 前後)
- 域外の生産では炭素価格がない、または低い
- 結果として、域外から低炭素価格の輸入品が EU 域内の生産を追い出す(カーボンリーケージ)
- 域内企業の CN 投資意欲を削ぎ、世界全体の GHG 削減は進まない
CBAM は、この構造を是正するため、EU 域外から輸入される特定品目に、EU-ETS 相当の炭素価格を課す仕組みです。「炭素を安く排出する海外生産と、炭素を高く払って生産する EU 内生産を対等にする」設計。
CBAM の時系列
flowchart LR
A[2021 年 7 月<br/>Fit for 55<br/>で公表] --> B[2023 年 5 月<br/>CBAM 規則採択]
B --> C[2023 年 10 月〜<br/>2025 年 12 月<br/>移行期間]
C --> D[2026 年 1 月<br/>本格施行]
D --> E[2034 年<br/>完全適用<br/>無償割当消滅]
- 2021 年 7 月:Fit for 55 パッケージで公表
- 2023 年 5 月:EU 規則採択
- 2023 年 10 月〜2025 年 12 月:移行期間(報告のみ、金銭負担なし)
- 2026 年 1 月:本格施行(CBAM 証書の購入・提出義務化)
- 2026-2034 年:段階的移行期間、EU-ETS 無償割当を段階的に廃止しつつ CBAM の徴収を強化
- 2034 年:完全適用
CBAM の対象品目——6 分野
CBAM の対象は、以下の 6 分野に限定されています(2026 年 7 月時点)。
- 鉄鋼:鉄・鋼・鋼板・鋼管・線材・ボルト・スクリューなど
- アルミ:アルミ地金・アルミ製品
- セメント:セメント・クリンカー
- 肥料:窒素肥料など
- 電力:EU への輸入電力
- 水素:水素
対象品目は将来的に拡大される可能性があり、化学品、プラスチックなどが検討対象となっています。日本の輸出企業に直接影響するのは、鉄鋼・アルミが最大——大手鉄鋼・アルミメーカーは対応を急務としています。
CBAM の申告フロー——6 段階
CBAM 対象品目を EU に輸出する企業(輸入者側の申告義務)は、次の 6 段階を実行します。
flowchart LR
S1[1. 対象品目の<br/>特定] --> S2[2. 輸出品の<br/>炭素含有量算定]
S2 --> S3[3. 認証機関の<br/>検証]
S3 --> S4[4. EU 輸入者への<br/>データ提供]
S4 --> S5[5. CBAM 証書<br/>購入]
S5 --> S6[6. EU 当局へ<br/>提出]
各段階の主なタスク
- 対象品目の特定:CN コード(Combined Nomenclature Code)で輸出品が CBAM 対象かを判定
- 輸出品の炭素含有量算定:Direct Emissions(生産時 Scope 1)と Indirect Emissions(電力の Scope 2)を算定。GHG プロトコル準拠
- 認証機関の検証:算定結果を第三者機関で検証(Verification)
- EU 輸入者への提供:CBAM Declaration を作成し、EU 側の輸入者に提供
- CBAM 証書購入:EU 輸入者が CBAM 証書(EU-ETS 相当価格)を購入
- EU 当局への提出:EU 輸入者が年次で CBAM Declaration を提出
日本の輸出企業に求められるのは、主に 2 と 3 の「炭素含有量算定と検証」。EU 輸入者に正確なデータを提供しないと、EU 輸入者は DEFAULT VALUE(デフォルト値、通常は高めに設定)を使うことになり、CBAM 証書の購入コストが増えます。その分は日本の輸出企業への価格転嫁が求められる構造です。
講師の現場メモ——CBAM 対応で欧州向け輸出が半年止まりかけた話
ある鉄鋼メーカーの伴走で、CBAM 移行期間開始(2023 年 10 月)の 6 か月前から準備を始めたケースがあります。輸出品は主に鋼板で、EU 域内の複数の商社を通じて欧州に販売していました。
初期の準備で、次の課題が次々と浮上しました。
- どの製品が CBAM 対象品目に該当するか:CN コードでの判定に、社内の輸出通関部門・製品事業部・環境部の 3 部門連携が必要だったが、初期はどこも担当を明確にしていなかった
- 炭素含有量算定の粒度:既存の全社 Scope 1・2 算定は工場別・年次で、製品別・月次への分解が難しかった
- 検証機関の選定:認証機関の日本国内サービスが限られており、初期はスケジュール確保が困難
- EU 側の商社との情報共有:商社側も CBAM 対応の準備が遅れ、社内の輸出部門にどこまでデータを提供すべきか判断がつかない期間があった
結果、2023 年 10 月の移行期間開始時点で、鉄鋼メーカー側の一部製品の CBAM Declaration の準備が間に合わず、EU 商社が「一時的に発注を停止する」判断を検討する事態になりました。半年間の代替供給元探索の間、その商社は日本の別メーカーからの調達を試みたのですが、他社も CBAM 対応の準備が進んでおらず、結果として発注停止は回避されました。
その企業では、以降 CBAM 対応を「全社の 3 部門連携タスクフォース」に格上げし、次の年に炭素含有量算定の月次データ整備、認証機関との年間契約、EU 商社への定期報告フォーマット標準化を完了しました。2026 年 1 月の本格施行までに、対応体制を整えることが実務の勝負——これがこの経験の教訓です。
CSDDD——2024 年 5 月採択、2027 年以降段階適用
CSDDD(Corporate Sustainability Due Diligence Directive、企業サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令)は、EU 内で活動する大企業に、サプライチェーン全体の環境・人権デュー・ディリジェンスを義務化する指令です。
時系列
- 2024 年 5 月:EU 指令採択
- 加盟国国内法制化 2026 年 7 月まで:EU 加盟国が国内法に落とし込む期限
- 2027 年〜:段階適用開始
対象企業
- EU 域内の大企業:従業員 1,000 人超かつ純売上高 4.5 億ユーロ超
- EU 域外の企業でも、EU 内純売上高 4.5 億ユーロ超であれば対象
- 日本企業も EU 内での売上規模によって対象になる可能性
主な義務
- サプライチェーン全体のリスク特定:環境・人権・労働慣行のリスクを特定
- 予防・軽減措置の実施:リスクへの対応計画と実施
- 是正措置:問題発生時の是正
- エンゲージメント:サプライヤー・ステークホルダーとの対話
- 開示:DD 実施状況の年次開示
CBAM が「炭素の国境調整」なら、CSDDD は「デュー・ディリジェンスの国境調整」——両者は EU の域外事業へのサステナビリティ要請の 2 本柱です。
改正温対法——2022 年 4 月、企業別排出量開示制度
改正温対法(改正地球温暖化対策の推進に関する法律)は、2022 年 4 月に施行された日本国内の GHG 排出量報告制度の強化です。
主な変更点
- 企業別排出量の開示:従来は事業所別のみ開示だったが、企業別(連結)の排出量も開示対象に
- サプライチェーン排出量:Scope 3 の任意的な開示奨励
- 算定・報告様式の統一:デジタル化・電子提出への移行
対象企業
- 省エネ法対象事業者:年間エネルギー使用量が原油換算 1,500 kL 以上
- 温対法報告対象事業者:追加的な GHG 排出(フッ素系ガス、輸送、廃棄物処理など)を実施する事業者
- 合計で約 12,000 社が対象
日本国内の企業別排出量が「見える化」されたことで、機関投資家・NGO・調達先企業からの Scope 1・2 排出量への注目が急拡大。CDP・SBTi・TCFD 対応の実務が加速しました。
3 つの規制の相互関係
flowchart TB
subgraph EU [EU 発]
C[CBAM<br/>炭素の国境調整]
D[CSDDD<br/>サプライチェーン DD]
end
subgraph JP [日本国内]
T[改正温対法<br/>企業別排出量開示]
end
Comp[日本の輸出企業] --> C
Comp --> D
Comp --> T
日本の輸出企業は、この 3 つの規制すべてに対応する必要があります。各規制は目的・対象が異なりますが、共通するのは「Scope 1・2・3 の正確な算定と第三者検証」——本コースで扱ってきた算定実務が、規制対応の土台となります。
中核メッセージの再確認
- CBAM は EU の話ではなく、日本の輸出企業の話:本レッスンで最も強調した中核メッセージ。CBAM の対応準備は 2026 年 1 月の本格施行を見据えて、遅くとも 12 か月前から本格化させる必要
- カーボンプライシングは 3 年で企業の会計を変える:CBAM、CSDDD、改正温対法、GX-ETS の 4 つが 2022〜2026 年で本格化——3 年間で企業の会計・調達・投資が根本的に変わる
まとめ
- CBAM は EU の国境炭素調整、EU-ETS 相当の炭素価格を輸入品に課す
- 対象品目 6 分野:鉄鋼、アルミ、セメント、肥料、電力、水素
- 移行期間 2023/10〜2025/12(報告のみ)、本格施行 2026/1(証書購入義務化)
- 申告フロー 6 段階:対象品目特定→炭素含有量算定→検証→EU 輸入者提供→証書購入→EU 当局提出
- 日本の輸出企業の主なタスクは炭素含有量算定と第三者検証
- CSDDD:2024 年 5 月採択、加盟国国内法制化 2026 年 7 月まで、段階適用 2027 年以降、サプライチェーン DD 義務化
- 改正温対法:2022 年 4 月施行、企業別排出量の開示、対象約 12,000 社
- 3 つの規制すべてに対応する土台は「正確な算定と第三者検証」
次のレッスンでは、削減ロードマップと移行戦略を扱います。TCFD シナリオ分析、インターナル・カーボン・プライス、移行計画、修了後の学び方までを扱い、コースを締めくくります。
確認クイズ
このレッスンの内容の理解度をチェックしましょう。