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Scope 3 の 15 カテゴリ徹底——上流 8・下流 7 の算定実務

レッスン3:Scope 3 の 15 カテゴリ徹底——上流 8・下流 7 の算定実務

このレッスンで学ぶこと

  • Scope 3 Standard(2011 年)の位置づけと 15 カテゴリの全体像を把握する
  • 上流 8 カテゴリ(購入、資本財、燃料、輸送、廃棄、出張、通勤、リース資産)を整理する
  • 下流 7 カテゴリ(輸送、加工、使用、廃棄、リース、フランチャイズ、投資)を整理する
  • 算定の実務(一次データ vs 二次データ、支出額ベース vs 物量ベース)を捉える
  • データ収集の壁と、優先順位付け(マテリアリティ)の発想を組み立てられる

前レッスンでは、GHG プロトコル Corporate Standard の骨格と Scope 1・2・3 の 3 分類、バウンダリー設定を扱いました。本レッスンは、多くの企業で総排出量の 80% 以上を占める Scope 3 の 15 カテゴリの詳細に踏み込みます。中核メッセージ「Scope 1-2 で足場を作り、Scope 3 で会社を変える」の、後半——「Scope 3 で会社を変える」の中身です。

Scope 3 Standard——2011 年、GHG プロトコルの拡張

Scope 3 Standard は、WRI・WBCSD が 2011 年に公表した「Corporate Value Chain (Scope 3) Accounting and Reporting Standard」です。Scope 1・2 の Corporate Standard(2001/2004 年)の 7 年後、企業のバリューチェーン全体の GHG を体系的に算定する枠組みとして登場しました。

Scope 3 が「15 カテゴリに分類」されたのがこの標準の中核で、以降の SBTi、CDP、TCFD、ISSB IFRS S2 のいずれも、この 15 カテゴリを準拠して開示を求めています。

上流 8 カテゴリ——サプライチェーンの入口

flowchart LR
  subgraph Upstream [上流 8 カテゴリ]
    U1[C1 購入した<br/>製品・サービス]
    U2[C2 資本財]
    U3[C3 燃料・エネルギー<br/>Scope 1・2 以外]
    U4[C4 輸送・配送<br/>上流]
    U5[C5 廃棄物]
    U6[C6 出張]
    U7[C7 通勤]
    U8[C8 リース資産<br/>上流]
  end
  Comp[自社]
  U1 --> Comp
  U2 --> Comp
  U3 --> Comp
  U4 --> Comp
  U5 --> Comp
  U6 --> Comp
  U7 --> Comp
  U8 --> Comp

C1:購入した製品・サービス(Purchased goods and services)

多くの企業で Scope 3 総排出量の最大シェアを占めるカテゴリ。原材料、部品、コンサルティング、SaaS、水などすべての購入品が対象です。算定手法は「支出額 × 業種別排出係数(EIO-LCA)」が導入初期の定番、成熟後は「物量 × 製品カーボンフットプリント」に移行します。

C2:資本財(Capital goods)

工場、機械、車両、IT インフラなど、複数年にわたって使用する資産の「製造時排出」。C1 が「消費財」、C2 が「資本財」と対の関係。財務会計の資本支出(CAPEX)と対応する分類。

C3:燃料・エネルギー関連(Scope 1・2 以外)

Scope 1(燃料の燃焼)と Scope 2(電力の生成)に含まれない部分。上流の燃料採掘・精製・輸送・T&D 損失などの排出が対象。石油元売りの精製排出、電力会社の送配電損失を、燃料使用者・電力使用者が Scope 3 として算定します。

C4:輸送・配送(Transportation and distribution)上流

自社が発注した輸送(トラック、船、航空機、鉄道)の排出。原材料の輸入、部品の国内輸送、購入品の物流拠点間輸送などが対象。

C5:廃棄物(Waste generated in operations)

自社の事業活動から発生した廃棄物の処理・処分時の排出。焼却処理、埋立処分、リサイクル処理での GHG が含まれます。

C6:出張(Business travel)

従業員の出張時の航空機、鉄道、レンタカー、ホテル宿泊の排出。近年はホテル宿泊を Scope 3 に含む算定が広がっています。

C7:通勤(Employee commuting)

従業員の通勤時の交通機関・自家用車・在宅勤務時のエネルギー消費の排出。パンデミック以降、テレワーク時のエネルギー消費の扱いが議論に。

C8:リース資産(Upstream leased assets)

自社が借主となっているリース資産の運用時排出。上流バウンダリーで「借主が使う借り物」——組織バウンダリーで Operational Control を採る場合、C8 の位置づけが変わることに注意。

下流 7 カテゴリ——販売後のバリューチェーン

flowchart LR
  Comp[自社]
  subgraph Downstream [下流 7 カテゴリ]
    D9[C9 輸送・配送<br/>下流]
    D10[C10 販売した製品の<br/>加工]
    D11[C11 販売した製品の<br/>使用]
    D12[C12 販売した製品の<br/>廃棄]
    D13[C13 リース資産<br/>下流]
    D14[C14 フランチャイズ]
    D15[C15 投資]
  end
  Comp --> D9
  Comp --> D10
  Comp --> D11
  Comp --> D12
  Comp --> D13
  Comp --> D14
  Comp --> D15

C9:輸送・配送(Transportation and distribution)下流

自社が発注しない、販売後の輸送。小売事業者が販売品を配送する場合、あるいは物流事業者が受発注する下流輸送。

C10:販売した製品の加工(Processing of sold products)

自社の中間製品を購入した B2B 顧客がさらに加工する際の排出。素材メーカー・部品メーカーで大きいカテゴリ。

C11:販売した製品の使用(Use of sold products)

顧客が自社製品を使用する際の排出。自動車、家電、住宅、産業機器で圧倒的に大きいカテゴリ——多くの製造業で Scope 3 総排出量の 50% 以上。例えば自動車メーカーは製造時排出より、販売した車の生涯走行時の CO₂ 排出が桁違いに大きい。

C12:販売した製品の廃棄(End-of-life treatment of sold products)

販売した製品の廃棄・リサイクル時の排出。C11 と対の関係で、製品ライフサイクル全体の下流。

C13:リース資産(Downstream leased assets)下流

自社が貸主となっているリース資産の運用時排出。不動産・機械リース事業で該当。

C14:フランチャイズ(Franchises)

フランチャイザー側が把握する、加盟店の運営時排出(フランチャイザー視点)。飲食・小売のフランチャイズチェーンで該当。

C15:投資(Investments)

投融資先の GHG 排出(金融機関視点)。金融機関の Scope 3 の中心カテゴリで、PCAF(Partnership for Carbon Accounting Financials)が具体的な算定基準を提供。融資、株式投資、プロジェクトファイナンスなど。

算定の実務——一次データ vs 二次データ

Scope 3 算定は、以下の 2 種類のデータを使い分けます。

  • 一次データ(Primary data):サプライヤーや顧客から直接取得した実際の排出量。精度が高いが収集コストが大きい
  • 二次データ(Secondary data):業種別・国別の統計データベースから推計。IDEA、GHG プロトコル DB、Ecoinvent、ADEME、Sphera(旧 Thinkstep)などが提供

支出額ベース vs 物量ベース

  • 支出額ベース:購入額(円)× 業種別排出係数(kg-CO₂/円)。EIO-LCA など経済統計をベースにした手法。算定初期に手早く全体像を掴むのに有効
  • 物量ベース:物量(t、L、kWh、km 等)× 排出係数。精度が高いが、データ収集が難しい

「支出額ベースで着手→物量ベースへ移行→サプライヤー一次データへ移行」が、Scope 3 算定の成熟プロセスです。

データ収集の壁

Scope 3 算定の最大の課題は「データ収集」です。特に上流の C1(購入した製品・サービス)と下流の C11(販売した製品の使用)は、以下の壁があります。

C1 の壁——サプライヤーの数と精度

  • 大手企業は数千〜数万のサプライヤーを持つ
  • サプライヤーそれぞれの排出量を一次データで集めるのは実質不可能
  • ティア 1 だけで数百のサプライヤー、ティア 2 以下は把握困難
  • 対応:主要サプライヤー(購入額上位 80%)から順に、CDP Supply Chain Program などで一次データを収集

C11 の壁——使用時条件の設定

  • 販売した製品の使用時排出は、使用条件で大きく変わる(自動車の走行距離、家電の使用時間)
  • 使用地の電力係数も異なる(日本、米国、欧州、新興国)
  • 対応:想定使用シナリオを明示し、業界の共通仮定に沿う

講師の現場メモ——Scope 3 の 15 カテゴリを全部埋めようとして 6 か月遅延した話

ある食品メーカーの伴走で、初めての Scope 3 算定に取り組んだときのことです。CN 目標を発表する経営会議の 6 か月前に「Scope 3 の 15 カテゴリすべての算定」を目標に設定して着手しました。

C1〜C4 は既存の購買データ・物流データから算出が進みました。C5、C6、C7 も 2 か月で見通しが立ちました。ところが、C8(上流リース)、C10(販売品の加工)、C13(下流リース)、C14(フランチャイズ)、C15(投資)で完全に止まったのです。

  • C8:本社ビルのリースは含めるべきか、駐車場のリースはどうか、判断が続いた
  • C10:中間製品を購入した顧客の加工工程は、どこまで踏み込めるか
  • C13/C14:該当なしと確認したいが、社内で確認する部門がバラバラで時間を要した
  • C15:本業ではないが、投資有価証券の排出は誰が担当するか、社内議論が始まる前に発表期限が迫った

結果、経営会議での CN 目標発表は 6 か月遅延しました。「15 カテゴリすべてを完璧に算定する」ことが目的化したのが失敗の本質でした。

翌年、その企業では「マテリアリティ・スクリーニング」で 15 カテゴリを 4 段階(大きい/中程度/小さい/該当なし)に分類し、C1・C4・C11 を最優先、C10・C15 を年次改善、その他を「該当なしまたは重要性低」で開示する方針に切り替えました。翌年の SBTi 認定申請は 3 か月で完了しました。

「15 カテゴリすべてを埋める」より「マテリアルなカテゴリから確実に算定する」——これが Scope 3 算定の実務の勘所です。

マテリアリティ・スクリーニング

Scope 3 の 15 カテゴリすべてを算定する必要はありません。GHG プロトコル Scope 3 Standard も「関連性、規模、影響、リスク、機会」などの観点でマテリアリティ・スクリーニングを行うことを認めています。

4 段階分類

  • 大きい:総 Scope 3 の 5% 以上、または業種で重要と認識される → 一次データ収集、詳細算定
  • 中程度:総 Scope 3 の 1〜5% → 二次データで算定、年次改善
  • 小さい:総 Scope 3 の 1% 未満 → 二次データで簡易算定、開示のみ
  • 該当なしまたは重要性低:事業モデル上、該当しないか、極めて小さい → 開示で「該当なし」または「重要性低」を明示

中核メッセージの再確認

  • Scope 1-2 で足場を作り、Scope 3 で会社を変える:Scope 3 の 80% 超のシェアが、会社の環境影響の本体
  • 算定は目的ではなく、削減の設計図:15 カテゴリの網羅ではなく、マテリアルなカテゴリで削減を実行することが目的

まとめ

  • Scope 3 Standard は 2011 年、WRI・WBCSD が公表、15 カテゴリで分類
  • 上流 8 カテゴリ:C1 購入品・C2 資本財・C3 燃料・C4 輸送・C5 廃棄・C6 出張・C7 通勤・C8 リース
  • 下流 7 カテゴリ:C9 輸送・C10 加工・C11 使用・C12 廃棄・C13 リース・C14 フランチャイズ・C15 投資
  • 一次データ vs 二次データ、支出額ベース vs 物量ベースを使い分ける
  • データ収集の壁:C1(サプライヤーの数)、C11(使用時条件)
  • マテリアリティ・スクリーニングで 4 段階分類、大きいカテゴリから優先算定
  • 15 カテゴリを完璧に埋めるより、マテリアルなカテゴリの算定と削減が実務

次のレッスンでは、目標設定と認定(SBTi、CDP、TCFD → ISSB 承継、TNFD)を扱います。SBTi 認定プロセスと CDP 質問書 3 領域が中心です。

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