インパクト測定と修了後の学び方——IRIS+/IMM/SROI
レッスン8:インパクト測定と修了後の学び方——IRIS+/IMM/SROI
このレッスンで学ぶこと
- インパクト測定の意義と、KPI との違いを整理する
- IRIS+(2019 年、GIIN 公表)のインパクト指標の使い方を把握する
- Impact Management Project(IMP)の 5 ディメンションを組み立てられる
- SROI(Social Return on Investment)の計算原則を掴む
- 「掲げる SDGs から実装する SDGs へ」の総括を持てる
- 修了後の学び方と、6 個の中核メッセージの総括ができる
前レッスンでは、B Corp・Fair Trade・UN Global Compact の認証・認定を扱いました。本レッスンは、コース全体の締めくくり——「インパクト測定」と「掲げる SDGs から実装する SDGs へ」の総括です。中核メッセージ「SDGs は掲げるから実装するへ——ロゴを貼るだけの時代は終わった」の、そのものの主題です。
インパクト測定とは——KPI との違い
インパクト(Impact) は、企業活動が経済・社会・環境にもたらす「変化」そのものを指します。KPI との違いは、「因果関係」と「Attribution(帰属)」の考え方にあります。
KPI とインパクトの違い
- KPI:企業活動の結果を測る指標(例:CO₂ 排出量、女性管理職比率)
- インパクト:企業活動が「因果関係で」もたらした社会・環境の変化(例:企業が実施した研修による地域雇用の増加)
インパクト測定の 3 要素
- Baseline(ベースライン):企業活動がなかった場合の想定
- Actual(実績):企業活動を経た実績
- Impact(インパクト):実績 - ベースライン = 企業活動が因果関係でもたらした変化
「KPI は測定、インパクトは因果関係の証明」——インパクト測定はより高度な実務です。
IRIS+——2019 年、GIIN のインパクト指標カタログ
IRIS+(Impact Reporting and Investment Standards Plus)は、GIIN(Global Impact Investing Network、Rockefeller Foundation が 2009 年設立)が 2019 年に公表したインパクト指標のカタログです。
主な内容
- 500 以上の指標:SDGs 17 目標、テーマ別(気候、教育、健康など)、業種別
- Core Metrics Sets:主要テーマごとの中核指標セット(教育、健康、金融包摂など)
- Impact Framework:測定のガイダンス
実務での使い方
- インパクト投資家:投資先のインパクト測定と報告
- 企業のサステナ推進:SDGs 貢献の定量指標として活用
- 社会的企業・NPO:ドナーへの成果報告
IRIS+ は「SDGs 実装のための指標カタログ」——GRI・SASB がマルチステークホルダー/投資家向けの開示指標なのに対し、IRIS+ はインパクト投資と社会的成果測定に特化しています。
Impact Management Project(IMP)の 5 ディメンション
Impact Management Project(IMP)は、GIIN・SIINC・Bridgespan など 20 以上の組織が 2016 年頃から連携して構築した、インパクト測定の標準的枠組みです。5 ディメンション(Dimensions of Impact)が中核概念。
flowchart TB
IMP[IMP 5 ディメンション]
IMP --> D1[What<br/>何が起きたか]
IMP --> D2[Who<br/>誰に起きたか]
IMP --> D3[How Much<br/>どれくらいの規模で]
IMP --> D4[Contribution<br/>企業の貢献はどれくらいか]
IMP --> D5[Risk<br/>インパクトのリスク]
各ディメンションの内容
- What(何が起きたか):具体的なアウトカム、SDGs 目標との対応
- Who(誰に起きたか):受益者の特定、脆弱な集団の関与
- How Much(どれくらいの規模で):規模、深さ、時間軸
- Contribution(企業の貢献はどれくらいか):Attribution 分析、対照群比較、反事実(Counterfactual)
- Risk(インパクトのリスク):予定通りに実現しないリスク、悪化のリスク
「Contribution が最も難しい」——企業が「XX を実現した」と主張しても、対照群と比較しないと、それが企業の活動によるものか、経済成長や政府政策のおかげか、判別できません。
SROI——Social Return on Investment
SROI(Social Return on Investment、社会的投資収益率)は、社会的活動の費用対効果を、金銭的価値に換算して計算する手法です。2000 年頃に REDF(Roberts Enterprise Development Fund)が米国で提唱、その後 SROI Network(現 Social Value International)が国際的に体系化しました。
計算原則
SROI = 社会的成果の金銭換算価値 ÷ 投資費用
例:企業が地域の若者への職業訓練プログラムに 1,000 万円投資し、参加者の就業増加による地域経済への波及効果が 5,000 万円と算出された場合、SROI = 5.0。
5 ステップ
- 範囲設定と主要ステークホルダー特定
- 成果の把握とマッピング
- 成果に金銭的価値を付与:Financial Proxy(代理指標)を使用
- インパクトの算出:Attribution・Deadweight(企業なしでも起きた分)・Displacement(ほかの場所で起きた事象の置換)・Drop-off(時間経過での効果減衰)を調整
- SROI の算出と報告
実務での位置づけ
- 強み:金銭換算で「投資判断の共通言語」として機能
- 弱み:金銭換算の恣意性、Financial Proxy の設定が難しい
- 応用:社会的企業、NPO、地域振興、企業の CSR プロジェクトの効果測定
「SROI を絶対的な指標として使う」よりも「対話の共通言語として使う」のが実務のコツです。
「掲げる SDGs」から「実装する SDGs」への移行
本コース全体を通じて何度も戻ってきた中核メッセージ「SDGs は掲げるから実装するへ」を、実務の段階として整理します。
flowchart LR
L1[レベル 1<br/>ロゴを貼る<br/>掲げる SDGs] --> L2[レベル 2<br/>マッピング<br/>17 目標との整合]
L2 --> L3[レベル 3<br/>KPI 化<br/>数値目標]
L3 --> L4[レベル 4<br/>戦略統合<br/>中期経営計画]
L4 --> L5[レベル 5<br/>インパクト測定<br/>実装する SDGs]
5 段階の実装レベル
- レベル 1:ロゴを貼る(掲げる SDGs)——統合報告書に SDGs 17 目標のロゴを配置
- レベル 2:マッピング——事業活動と 17 目標の関連を可視化
- レベル 3:KPI 化——各目標との関連で数値目標を設定
- レベル 4:戦略統合——中期経営計画に SDGs を組み込む
- レベル 5:インパクト測定——IRIS+・IMM・SROI で因果関係を証明(実装する SDGs)
多くの日本企業はレベル 2〜3 の段階——2030 年に向けて、レベル 4〜5 への移行が主戦場になります。
コース全体の総括——6 個の中核メッセージ
- SDGs は「掲げる」から「実装する」へ——ロゴを貼るだけの時代は終わった:5 段階の実装レベルで、レベル 4〜5 への移行が 2030 年までの目標
- マテリアリティは「対話の共通言語」——決めきるものではなく、更新するもの:12 か月サイクルの分析、部門横断のワークショップで合意
- フレームワークは道具——GRI・IRIS+・B Corp を使い分ける:GRI・SASB・SDGs Compass・UNGC・ISO 26000・EcoVadis・B Corp・IRIS+ すべて道具、目的に応じて使い分け
- KPI は目標ではなく、対話の窓——数字の裏に文脈を残す:数値+文脈+前向きな見通しの 3 要素、Backcasting と Forecasting の統合
- サプライチェーン責任は「見えないところ」が本番:Tier 1 だけでなく Tier 2・Tier 3・原材料の産地まで、CSDDD の潮流
- バックキャスティングは、経営の思考の型を変える:Ambitious Goal を先に置き、そこから逆算する
これら 6 個は、意思決定に迷ったときの「羅針盤」です。技術・組織・法令のいずれの局面でも、6 個のどれかに立ち返って考えることで、判断の軸がぶれません。
修了後の学び方
定期的にチェックすべき情報源
- 国連 SDGs 公式サイト:SDGs 進捗レポート、Sustainable Development Report(年次)
- GRI 公式サイト:Universal Standards、Sector Standards の追加公表
- UN Global Compact 公式サイト:Communication on Progress、10 原則の実装事例
- ISO 公式サイト:ISO 26000、ISO 14001 の実装事例
- B Lab 公式サイト:B Corp 認証事例、日本での動向
- GIIN 公式サイト:IRIS+、インパクト投資の年次調査
- 経済産業省 SDGs 経営ガイド:日本企業事例
- 外務省 JAPAN SDGs Action Platform:日本の取り組み
実務スキルとして深めたい領域
- マテリアリティ分析:業種特化の実務、ダブルマテリアリティの ESRS 対応
- 統合報告書執筆:IIRC フレームワーク、ストーリーテリング
- B Corp 認証:BIA の詳細、法的要件対応
- 人権 DD:OECD ガイドライン、CSDDD 対応
- インパクト測定:IRIS+、IMM、SROI の実装
コミュニティと対話の場
- UN Global Compact ネットワーク・ジャパン
- GRI Community
- B Corp ジャパンコミュニティ
- GIIN Annual Impact Investor Survey
- サステナビリティ日本フォーラム
- 日本 CSR ネットワーク
コース修了メッセージ
サステナビリティ・SDGs 実務コースをここまで進めていただきありがとうございました。本コースで学んだのは、フレームワーク横断・マテリアリティ実装・KPI 設計・認証・インパクト測定の「型」です。しかし、実際の SDGs 実装は、業種・規模・組織文化によって形が違い、型どおりの実装で成功するとは限りません。
型を持つことの価値は、「型と実際のズレ」を認識できることです。「うちの業界では、マテリアリティを○○の観点で見直す必要がある」「うちの規模では、B Corp 認証はここまで絞る判断が必要だ」——判断する土台になります。本コースの 6 個の中核メッセージと、5 ステップのマテリアリティ分析・4 分類の KPI・IMP 5 ディメンションは、そのための共通言語です。
2030 年まで残り 4 年半——SDGs の目標年まで時間は限られています。「掲げる SDGs」から「実装する SDGs」への移行を、それぞれの現場で加速してください。サステナビリティは、報告書を作ることでも、ロゴを貼ることでもなく、事業と社会が絡み合う場所そのものです。
確認クイズ
このレッスンの内容の理解度をチェックしましょう。