フレームワーク横断——GRI/SASB/SDGs Compass/統合報告書 vs SR vs 有報
レッスン4:フレームワーク横断——GRI/SASB/SDGs Compass/統合報告書 vs SR vs 有報
このレッスンで学ぶこと
- GRI Standards の 3 層構造(Universal Standards・Sector Standards・Topic Standards)を把握する
- SASB Materiality Map の 77 業種特定マテリアリティを整理する
- SDGs Compass(2016 年、GRI・UNGC・WBCSD 共同)で SDGs 実装ステップを掴む
- 統合報告書 vs サステナビリティレポート vs 有価証券報告書の使い分けができる
前レッスンでは、マテリアリティ分析の 5 ステップとダブルマテリアリティを扱いました。本レッスンは、マテリアリティを開示・伝達するためのフレームワーク横断——GRI・SASB・SDGs Compass の使い分けと、3 つの開示書類の役割整理を扱います。中核メッセージ「フレームワークは道具——GRI・IRIS+・B Corp を使い分ける」の、開示側の中身です。
GRI Standards の 3 層構造
GRI(Global Reporting Initiative)は 1997 年にボストンで発足したサステナビリティ報告基準の策定機関。GRI Standards は 2016 年に公表され、2021 年に Universal Standards の大改訂、Sector Standards が 2021 年以降順次公表されています。
flowchart TB
GRI[GRI Standards<br/>3 層構造]
GRI --> U[Universal Standards<br/>すべての企業に適用]
GRI --> S[Sector Standards<br/>業種別]
GRI --> T[Topic Standards<br/>個別トピック]
1. Universal Standards(普遍基準)
すべての報告企業に適用。以下の 3 つの基準で構成されます。
- GRI 1:基礎(Foundation 2021):報告作成の一般要求事項
- GRI 2:一般開示事項(General Disclosures 2021):組織のプロファイル、戦略、ガバナンス、ステークホルダー・エンゲージメントなど
- GRI 3:マテリアル・トピック(Material Topics 2021):マテリアリティ分析のプロセスと結果の開示
2021 年の大改訂で、GRI 3 が「ダブルマテリアリティに近い考え方」を強化しました。「インパクト」(企業活動が経済・社会・環境に与える影響)を軸に、マテリアリティ判定を行う方針が明確化されました。
2. Sector Standards(業種別基準)
業種ごとに開示すべき特定のマテリアル・トピックを提示。2021 年から順次公表されており、2024 年時点で公表済みは以下です。
- GRI 11:石油・ガス(Oil and Gas)(2021 年 10 月公表)
- GRI 12:石炭(Coal)(2022 年 3 月公表)
- GRI 13:農業・水産業・漁業(Agriculture, Aquaculture and Fishing)(2022 年 6 月公表)
- 今後:鉱業、金融、電力・ガス、繊維、食品・飲料、物流など約 40 業種を順次公表予定
業種別基準は「業種特有のマテリアル・トピックを漏れなく開示する」ガイド。企業は自社の業種の基準を確認し、Topic Standards と組み合わせて使います。
3. Topic Standards(個別トピック基準)
個別のマテリアル・トピックごとの開示要求事項。以下の 3 つのシリーズで構成されます。
- GRI 200 シリーズ:経済(例:GRI 201 経済的成果、GRI 205 腐敗防止)
- GRI 300 シリーズ:環境(例:GRI 302 エネルギー、GRI 305 排出、GRI 306 廃棄物)
- GRI 400 シリーズ:社会(例:GRI 401 雇用、GRI 405 多様性・機会均等、GRI 414 サプライヤー社会的評価)
GRI の実務での使い方
- In accordance with GRI Standards:Universal Standards+該当する Sector Standards+関連する Topic Standards のすべてに準拠
- With reference to GRI Standards:部分的に GRI Standards を参照
日本の上場企業のサステナビリティレポートは、GRI 準拠が事実上の標準——2024 年時点で 500 社超が GRI 参照または準拠を表明。
SASB Materiality Map
SASB(現 ISSB 傘下)の Materiality Map は、77 業種ごとに投資家にとって重要な ESG トピックを特定した基準です。
77 業種の分類
SASB は独自の業種分類「SICS(Sustainable Industry Classification System)」で、次の 11 セクター・77 業種を定義しています。
- 消費財(例:家電、衣料品、玩具、飲料)
- 抽出物・鉱物加工(例:石炭、鉄鋼、金属加工)
- 金融(例:商業銀行、資産運用、保険、投資銀行)
- 食品・飲料(例:農産物、加工食品、レストラン)
- 医療(例:医薬品、医療機器、医療サービス)
- インフラ(例:不動産、電力ガス、建設)
- 再エネ・代替エネルギー(例:太陽光、風力、バイオ燃料)
- 資源変換(例:航空宇宙、化学、コンテナ包装)
- サービス(例:カジノ、ホテル、教育、メディア)
- 技術・通信(例:ソフトウェア、半導体、通信)
- 輸送(例:自動車、航空、海運、物流)
SASB の実務での使い方
- 業種別マテリアル・トピックの参照:自社業種の SASB 基準で、投資家にとって重要な ESG トピックを確認
- ISSB IFRS S1/S2 との連動:ISSB IFRS S1/S2 は SASB 基準を組み込んで具体化
- GRI との補完:GRI Sector Standards が公表されていない業種で、SASB を参照するのが実務
「投資家向けの ESG 開示は SASB/ISSB、マルチステークホルダー向けの ESG 開示は GRI」が使い分けの原則です。
SDGs Compass——2016 年、SDGs 実装の 5 ステップ
SDGs Compass は、GRI・UN Global Compact・WBCSD が 2016 年に共同で公表した「企業が SDGs を事業戦略に統合するためのガイド」です。
5 ステップ
flowchart LR
A[1. SDGs を<br/>理解する] --> B[2. 優先課題を<br/>決定する]
B --> C[3. 目標を<br/>設定する]
C --> D[4. 経営に<br/>統合する]
D --> E[5. 報告と<br/>コミュニケーション]
各ステップの主な内容
- 1. SDGs を理解する:17 目標、169 ターゲット、事業との関連を把握
- 2. 優先課題を決定する:バリューチェーン全体で自社の SDGs 影響(プラス/マイナス)をマッピング、優先課題を特定
- 3. 目標を設定する:Inside-Out アプローチ(現状から積み上げ)と Outside-In アプローチ(Backcasting、未来から逆算)の 2 手法、Ambitious Goals の設定
- 4. 経営に統合する:中期経営計画への統合、リーダーシップの発揮、部門横断の推進体制
- 5. 報告とコミュニケーション:GRI Standards や統合報告書での開示、Communication on Progress との統合
「Backcasting(未来からの逆算)」は SDGs Compass の中核概念——次レッスンで詳述します。従来の Forecasting(現状からの積み上げ)では、SDGs の Ambitious Goals は達成できないという発想です。
統合報告書 vs サステナビリティレポート vs 有価証券報告書
前 2 コースで触れた 3 つの開示書類を、サステナビリティ実務の視点から改めて整理します。
| 書類 | 主な対象読者 | 主なフレームワーク | 分量 | 発行主体 |
|---|---|---|---|---|
| 有価証券報告書 | 機関投資家・アナリスト・当局 | 内閣府令、ISSB IFRS S1/S2、SSBJ 基準 | 100〜250 ページ | 経理・IR・法務 |
| 統合報告書 | 機関投資家・アナリスト・機関 | IIRC フレームワーク、統合思考 | 80〜200 ページ | IR・経営企画・サステナ推進 |
| サステナビリティレポート | マルチステークホルダー | GRI Standards、ISO 26000 | 60〜300 ページ | サステナビリティ推進 |
3 書類の使い分けの実務
- 有価証券報告書:法定書類、機関投資家・当局向けの財務+サステナ情報の必要最小限
- 統合報告書:任意書類、中長期の価値創造ストーリーを機関投資家と対話するための書類
- サステナビリティレポート:任意書類、詳細な ESG データバンクとしてマルチステークホルダー向け
数字の一貫性
3 書類で開示する ESG 数字(女性管理職比率、CO₂ 排出量、労働災害件数など)は一貫している必要があります。前レッスンで扱った「マスターデータから 3 書類を生成する運用」が実務の土台です。
フレームワーク横断の実務パターン
flowchart TB
MA[マテリアリティ<br/>分析]
MA --> GRI[GRI Standards<br/>SR レポート<br/>マルチステークホルダー]
MA --> SASB[SASB/ISSB<br/>有価証券報告書<br/>投資家]
MA --> UNGC[UN Global Compact<br/>COP<br/>参加宣言]
MA --> SDGsC[SDGs Compass<br/>統合報告書<br/>戦略統合]
- マテリアリティ分析を出発点に、複数のフレームワーク・報告書に展開
- GRI Standards ⇒ サステナビリティレポート(マルチステークホルダー)
- SASB/ISSB ⇒ 有価証券報告書(投資家)
- UN Global Compact ⇒ Communication on Progress(意思表明)
- SDGs Compass ⇒ 統合報告書(戦略統合)
「1 つのマテリアリティ分析から、複数のフレームワーク・報告書に展開する」——これが実装する SDGs の全体像です。
中核メッセージの再確認
- フレームワークは道具——GRI・IRIS+・B Corp を使い分ける:GRI・SASB・SDGs Compass も道具の 1 つ。すべてを使う必要はなく、目的と対象読者に応じて使い分ける
- マテリアリティは対話の共通言語:フレームワーク横断で使う共通言語がマテリアリティ
まとめ
- GRI Standards は 3 層構造:Universal Standards(普遍基準)+Sector Standards(業種別)+Topic Standards(個別トピック)
- GRI 2021 年改訂でダブルマテリアリティに近い考え方を強化
- SASB Materiality Map は 77 業種の投資家向け特定マテリアリティ、ISSB IFRS S1/S2 に組み込み
- SDGs Compass は 2016 年 GRI・UNGC・WBCSD 共同公表、5 ステップで SDGs を戦略統合
- 統合報告書(IIRC)/サステナビリティレポート(GRI)/有価証券報告書(法定)の使い分け
- 3 書類で ESG 数字の一貫性、マスターデータからの生成が実務の土台
- 1 つのマテリアリティ分析から複数のフレームワーク・報告書に展開
次のレッスンでは、KPI 設計と目標管理——Backcasting と対話の窓としての KPI を扱います。SDGs Compass の中核概念「Backcasting」の実装がテーマです。
確認クイズ
このレッスンの内容の理解度をチェックしましょう。