ライフキャリアの視点——Donald Super のライフ・キャリア・レインボー
レッスン5:ライフキャリアの視点——Donald Super のライフ・キャリア・レインボー
このレッスンで学ぶこと
- Donald E. Super の生涯発達理論の全体像を理解する
- キャリアの 5 段階(成長・探索・確立・維持・衰退)を区別できる
- ライフ・キャリア・レインボーの「人生の役割」の枠組みを押さえる
- 仕事だけでない、人生全体の役割と時期の重なりを意識できる
- 日本のライフイベント(出産・育児・介護・治療)とキャリアの両立を考える視点を持つ
前回までのレッスンで、Will / Can / Must、キャリアアンカー、RIASEC とストレングスという、自己理解の 3 つの枠組みを学びました。これらはどれも「個人の中の特性」に焦点を当てた枠組みです。今回は視点を広げて、「人生全体の時間軸」と「仕事以外の役割」を含めてキャリアを捉える、Donald E. Super のライフキャリア理論を扱います。出産・育児・介護・治療など、日本で現実に直面するライフイベントとキャリアの関係を、本レッスンで整理していきます。
Donald Super と生涯発達理論
Donald E. Super(1910-1994)は、米国コロンビア大学の心理学者で、キャリア発達理論の最も重要な創始者の一人と位置づけられています。1957 年の『The Psychology of Careers』を皮切りに、半世紀近くにわたって生涯発達としてのキャリア研究を続けました。
Super のキャリア観は、それ以前の「職業選択は若いうちに一度決めるもの」という前提を覆しました。彼は次のように主張しました。
キャリアは、生涯にわたって発達し続けるプロセスである。職業選択は一度きりではなく、人生のさまざまな時期で繰り返される
この発想は、現代のキャリア論の前提になっています。本コースのレッスン 1 で扱った「プランではなくデザイン」という考え方の源流のひとつが、Super にあります。
キャリアの 5 段階
Super は、キャリアを生涯にわたる発達段階として整理しました。代表的なのが、次の 5 段階です。
| 段階 | 時期の目安 | 内容 |
|---|---|---|
| ①成長(Growth) | 0〜14 歳 | 自分について知り、職業の世界を漠然と認識する |
| ②探索(Exploration) | 15〜24 歳 | 自分の興味・能力を試し、暫定的な選択をする |
| ③確立(Establishment) | 25〜44 歳 | 選んだ分野で位置を確立し、力を発揮する |
| ④維持(Maintenance) | 45〜64 歳 | 確立したキャリアを維持・発展させる |
| ⑤衰退(Decline/Disengagement) | 65 歳〜 | 引退に向かい、新しい役割へ移行する |
ただし、年齢区分はあくまで目安です。Super 自身、後年の研究で「年齢に固定された段階ではなく、ライフイベントによってこれらの段階を繰り返す(再循環、recycling)」という考え方を強調するようになりました。例えば、
- 40 代で転職して新しい分野に入ると、再び「探索」に戻る
- 50 代で介護のために働き方を変えると、「確立」と「維持」の境界がぼやける
- 60 代で起業すると、「衰退」のはずの時期に「確立」が再来する
つまり、5 段階は年齢で機械的に分類するというより、その時々のキャリアの局面を表すラベルとして使うのが、現代的な解釈です。
💡 ポイント 5 段階のうち、特に「探索」と「確立」のあいだは、現代では明確に区切れません。20 代で確立に入る人もいれば、40 代まで探索を続ける人もいます。本コースは「自分は今どの段階か」を年齢で決めず、「いまの自分のキャリアの局面はどれに近いか」を考える道具として使うことを勧めます。
ライフ・キャリア・レインボー
Super のもうひとつの代表的概念が、「ライフ・キャリア・レインボー(Life-Career Rainbow)」です。1980 年代に発表され、人が生涯にわたって担う複数の「役割」と、それぞれの時期の重なりを視覚化したモデルです。
9 つの主要な役割(ライフロール)
Super が挙げた主要な役割は、次の 9 つです。
| 役割 | 内容 |
|---|---|
| ①子(child) | 親に対する子の役割 |
| ②学生(student) | 学校・職業訓練などで学ぶ役割 |
| ③余暇人(leisurite) | 趣味・余暇を楽しむ役割 |
| ④市民(citizen) | 地域・社会への参加 |
| ⑤労働者(worker) | 仕事に従事する役割 |
| ⑥配偶者(spouse) | パートナーとしての役割 |
| ⑦家族成員(homemaker) | 家事・家庭運営の役割 |
| ⑧親(parent) | 子を育てる役割 |
| ⑨その他 | 介護者など、その時々の特殊な役割 |
これらの役割は、人生のどの時期にどれだけ比重を占めるかが変わっていきます。20 代後半は「学生」が抜けて「労働者」が中心、30 代は「親」「配偶者」「労働者」が交差、40 代は「介護者」が新しく重なる、というように。
レインボーの形
Super は、これらの役割を「虹(レインボー)」のように、人生の時間軸の上に重ねて描きました。各役割がどの時期に始まり、どの時期にピークを迎え、どの時期に終わるかを、虹の弧として可視化したのです。
📝 補足 ライフ・キャリア・レインボーの元図は、複数の色の弧が複雑に重なる図で、文章だけでは伝えにくいものです。Web で「Life-Career Rainbow」を画像検索すると、Super 自身が描いた図に近いものが見られます。本コースでは「人が複数の役割を同時に・並行して持つ」「役割の比重が時期で変わる」という発想を、表で代替して説明します。
仕事以外の役割を視野に入れる意味
Super のライフキャリア理論が画期的だったのは、「キャリア=仕事」という狭い見方を、「キャリア=人生全体の役割の総体」に広げた点です。
これには大きな意味があります。
- 仕事だけがキャリアではない:育児・介護・地域活動・趣味も、人生の選択の重要な要素として位置づけられる
- 役割の優先順位は時期で変わる:20 代の「労働者中心」が、30 代で「親」が重なり、40 代で「介護者」が加わる——これは自然な変化
- 役割の重なりがストレスを生む:複数の役割が同時にピークを迎えると、人は消耗する。役割の調整は重要な意思決定
- 役割の卒業・再開がある:「親」の役割は子の成長で変質し、「労働者」の役割は引退で変質する。役割は固定されない
⚠️ 注意 「すべての役割を完璧にこなす」のは不可能で、Super 自身そんなことは主張していません。むしろ「どの時期に、どの役割に重点を置くか」を意識的に選ぶことが大切で、選択の結果としてほかの役割が手薄になるのは自然なことです。「ワークライフバランスを完璧に保つべき」という発想自体が、Super の見立てからすると現実的ではありません。
日本のライフイベントとキャリア
日本のキャリアを考えるとき、特に重要なのが次のライフイベントです。
出産・育児
日本では出産年齢の平均が 30 代前半に上がってきており、キャリアの「確立期」と重なります。育児休業(最長 2 年程度)・短時間勤務・パパ育休(産後パパ育休 8 週間など)の制度は近年大きく整備されてきましたが、利用率や復職後のキャリアパスには大きな個人差・組織差があります。
介護
「ビジネスケアラー」と呼ばれる、働きながら家族の介護を担う人は、日本で約 360 万人と推計されています(厚生労働省)。40〜50 代のキャリアの「維持期」に重なることが多く、介護休業(最大 93 日)・介護休暇・短時間勤務などの制度はありますが、本人と組織の準備不足が指摘されています。
治療と仕事の両立
がん・難病・うつ病など、長期治療を要する病気と仕事の両立も、近年大きなテーマです。傷病手当金・休職復職プログラム・両立支援コーディネーターなどの公的・社内支援が増えつつあります。
配偶者の転勤・パートナーのキャリア
「夫の転勤に妻がついていく」だけでなく、夫婦双方のキャリアを並行して設計するデュアル・キャリア・カップル(dual-career couple)の課題は、現代日本でも顕在化しています。
💡 ポイント これらのライフイベントは、キャリアを「邪魔するもの」ではなく、キャリアの一部として位置づけるのが Super の発想です。「育児で 5 年キャリアが止まった」のではなく、「育児という役割を通じて、別のキャリアの局面に入った」と捉え直すと、復職後の選択も変わります。
「自己責任」と「構造的制約」のあいだ
ライフキャリアを語るときに避けて通れないのが、「自己責任」と「構造的制約」のバランスです。
例えば「育児で 3 年離職した女性が、復職時に元のポジションに戻れない」という現実は、本人の能力不足ではなく、組織制度・社会制度の制約から生まれることが大半です。同じことが、介護離職・配偶者の転勤離職・治療離職などにも当てはまります。
本コースのスタンスは、
- 構造的な制約は事実として認める:「個人の努力だけでは越えられない壁」が存在する
- その上で、制約の中で自分が能動的に問い直せる余地に焦点を絞る:「壁を諦めて流される」のでも「自己責任で何とかすべき」でもなく、「制約を踏まえて自分なりの設計をする」
の中間です。
⚠️ 注意 「キャリア」という言葉が「キラキラした上昇」のイメージで語られると、ライフイベントに直面した人が「自分のキャリアは終わった」と感じやすくなります。Super のライフキャリア理論は、こうした狭いキャリア観へのアンチテーゼでもあります。育児・介護・治療・配偶者の転勤も、人生のキャリアの一部として正面から組み込む発想が、本コースの立場です。
講師の現場メモ:「親」の役割を再定義したワーキングマザー
私(神田)が独立後にキャリアコンサルティングをした、ある 30 代後半のワーキングマザー(仮に L さんとします)の話です。L さんは大手 IT 企業で課長まで上がっていましたが、第二子の出産後、復職してから「キャリアが止まった気がして焦る」と相談に来ました。
私はまず、L さんの「ライフ・キャリア・レインボー」を一緒に書いてみることを提案しました。横軸に時間(過去 10 年〜未来 10 年)、縦軸に複数の役割(労働者・配偶者・親・学生・余暇人・市民・子)を取り、それぞれの比重を時期ごとに塗り分けてもらいました。
L さんが完成させた図は、ここ 3 年で「親」と「労働者」の比重が同時にピークに達し、「配偶者」「余暇人」「市民」がほぼゼロになっている状態を示していました。「私、自分のことを完全に犠牲にしてました」と気づきの声が出ました。
ここから対話の方向が変わりました。私たちは、「キャリアが止まった」という焦りが、「労働者の役割だけを見ていた」ことから来ていることを確認しました。実際には、L さんは「親」の役割の中で大きな経験を積んでいる——時間管理・優先順位付け・突発対応・チームメンバー(家族)との交渉など、ビジネスでも使えるスキルが、家庭で深まっていたのです。
L さんは復職後、「労働者としてのキャリアを 2 年間は『維持』モードにする」「『親』の役割を主軸にする」と意識的に決めました。同時に、「配偶者」「余暇人」を週末 2 時間ずつ確保する小さな約束も決めました。
1 年後、L さんは「焦りが消えました」と話してくれました。「『労働者』のキャリアが止まったように見えるけど、人生のキャリア全体は止まっていない、と思えるようになった」と。
このときに改めて感じたのが、ライフ・キャリア・レインボーは、「いまの自分の人生全体」を俯瞰する道具として、極めて強力だということです。仕事だけ見ていると見落とすものを、人生全体で見ると拾えることがあります。本コースを学ぶ皆さんも、ぜひ一度、自分なりのレインボーを描いてみてください。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- Donald E. Super はキャリアを「生涯にわたって発達し続けるプロセス」と捉えた、キャリア発達理論の創始者の一人
- キャリアの 5 段階:成長(〜14)/探索(15〜24)/確立(25〜44)/維持(45〜64)/衰退(65〜)。年齢は目安で、ライフイベントで再循環する
- ライフ・キャリア・レインボーは、人生の役割(子・学生・余暇人・市民・労働者・配偶者・家族・親など)の時期ごとの重なりを可視化するモデル
- キャリア=仕事だけではなく、人生全体の役割の総体として捉える
- 日本のライフイベント(出産・育児・介護・治療・配偶者の転勤)は、キャリアの一部として組み込む発想
- 「構造的制約」を事実として認めつつ、その中で能動的に問い直す余地に焦点を絞るのが本コースのスタンス
次のレッスンでは、ここまでの「自己理解」を踏まえて、未来をどう設計するかの 2 つの古典——Krumboltz の Planned Happenstance と Wrzesniewski のジョブ・クラフティング——を学びます。「計画できないこと」を活かす発想と、「いまの仕事」を作り変える発想です。
確認クイズ
このレッスンの理解度をチェックしましょう。