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スキルアップカレッジ

価値観の核を知る——Edgar Schein のキャリアアンカー

レッスン3:価値観の核を知る——Edgar Schein のキャリアアンカー

このレッスンで学ぶこと

  • Edgar Schein のキャリアアンカーの考え方を理解する
  • 8 つのアンカーの内容と特徴を区別できる
  • 自分のアンカーを推定するための問いを持つ
  • 「アンカーは変わるか」という研究上の論点を理解する
  • 日本でのキャリアアンカー研究と文化的な解釈の留意点を知る

前回のレッスンで、自己理解の基本枠組みとして Will / Can / Must の三角形を学びました。今回はその中の「Will」、特に「価値観の核」に焦点を絞った古典的な枠組みである、Edgar H. Schein のキャリアアンカーを扱います。1970 年代に提唱されてから半世紀近く、世界中の企業研修・キャリアカウンセリングで使われ続けている、もっとも有名なキャリア理論のひとつです。

キャリアアンカーとは

Edgar H. Schein は、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院の組織心理学者です。1978 年の『Career Dynamics: Matching Individual and Organizational Needs』で「キャリアアンカー」という概念を提唱し、1985 年の『Career Anchors: Discovering Your Real Values』で実践的な診断ツールとして広めました。

「アンカー(anchor)」は船の錨(いかり)です。Schein は、人が職業上の選択を迫られたとき、最後まで譲れない価値観・能力・動機が「錨のように」自分を引き留める、という比喩でこの概念を表しました。

自分が「これだけは譲れない」と感じる価値観・能力・動機の核——それがキャリアアンカー

キャリアアンカーの 3 要素

Schein は、キャリアアンカーを次の 3 つから構成されると考えました。

  1. 自分が得意なこと(才能・能力)
  2. 自分が動機を感じること(欲求・興味)
  3. 自分が大事にしている価値観(価値・態度)

この 3 つが、それぞれの選択の場面で「自分らしい」選択を引き寄せる磁石のように働く——というのが Schein の見立てです。

💡 ポイント キャリアアンカーは「やりたいこと」よりも深い層にある概念です。「やりたいこと」は時期によって変わりやすいですが、アンカーは「迫られたら最後まで譲れないこと」なので、もう一段安定しています。例えば「自律性」がアンカーの人は、職種が変わっても「上司に細かく管理されない働き方」を選び続ける、というように。

8 つのキャリアアンカー

Schein は、研究を通じて 8 つのアンカーの類型を整理しました。1 人がひとつだけのアンカーを持つというより、複数の傾向のなかで「これが一番譲れない」と感じるものを軸として捉えます。

①専門・職能別能力(Technical/Functional Competence)

特定の専門領域で「自分はこれの専門家だ」と感じることに価値を置く。研究者・エンジニア・医師・職人・専門職などに多い。マネジメントよりも、ある分野を深く極めることに意義を感じる。

②全般管理能力(General Managerial Competence)

組織を動かし、複数の機能を統合し、最終的な意思決定を担うことに価値を置く。経営者・経営幹部・大企業の管理職などに多い。専門分野を究めるより、全体を見る役割を求める。

③自律・独立(Autonomy/Independence)

自分のやり方・ペースで仕事を進めることに価値を置く。フリーランス・コンサルタント・個人事業主・研究者・作家などに多い。組織のルール・報告体制に強くしばられることに耐えにくい。

④保障・安定(Security/Stability)

長期的な雇用・収入・地域の安定に価値を置く。公務員・大企業の総合職・地方在住者などに多い。リスクの大きな転身・転居を避け、予測可能な生活を重視する。

⑤起業家的創造性(Entrepreneurial Creativity)

自分で何かを「ゼロから作り上げる」ことに価値を置く。起業家・新規事業家・職人・芸術家などに多い。既存の組織で働くより、自分のビジョンで何かを生み出すことを求める。

⑥奉仕・社会貢献(Service/Dedication to a Cause)

社会や他者への貢献を中心的な価値とする。医療・福祉・教育・NPO・国際協力などに多い。「自分のため」だけでなく「誰かのため」が動機の核になる。

⑦純粋な挑戦(Pure Challenge)

困難な問題を解くこと自体に価値を置く。コンサルタント・トップ営業・プロアスリート・冒険家などに多い。何を扱うかより、難しさそのものに惹かれる。

⑧生活様式(Lifestyle)

仕事・家庭・自己研鑽・趣味のバランスを統合的に保つことに価値を置く。働き方を選ぶときに「ライフ全体への影響」を最優先で考える。

No アンカー名 端的に言うと
専門・職能別能力 この分野を究めたい
全般管理能力 全体を動かしたい
自律・独立 自分のやり方で進めたい
保障・安定 長く安心して続けたい
起業家的創造性 ゼロから作りたい
奉仕・社会貢献 誰かの役に立ちたい
純粋な挑戦 難しい問題を解きたい
生活様式 人生全体のバランスを保ちたい

📝 補足 8 つのアンカーは「優劣」のないものとして扱われています。どれが偉い・劣っているということはなく、自分のものを知ることが目的です。Schein 自身、研究で「⑧生活様式」が現代では増えている、と指摘していますが、それも善悪の話ではなく傾向の話です。

自分のアンカーを推定する問い

8 つを並べられても、「自分はどれだろう」と即答できる人は多くありません。Schein が原典で示している自己分析の問いから、特に職場で使いやすいものを 5 つ紹介します。

  1. これまでのキャリアの中で、最も誇りに思う成果は何か?それはなぜ誇らしいのか?
  2. 「これだけは絶対に譲れない」と感じた場面は?何を守ろうとしたか?
  3. 仕事の選択で、お金や肩書きより優先したものは何か?
  4. 5 年後、もし強制的に異動を命じられたら、最も嫌な異動先はどこか?それはなぜか?
  5. 退職後・引退後にも続けていたい関わり方は?

これらの問いに具体的なエピソードで答えていくと、自分の「譲れない核」が見えてきます。

⚠️ 注意 アンカーの自己診断は、断定的なラベル貼りで終わらせないことが大切です。「私は⑥奉仕タイプだ」と決めつけると、ほかの可能性を狭めてしまいます。「いまの自分はおそらく⑥が強そうで、③も気になる」のように、複数の可能性を持っておくのが、運用上のコツです。

「アンカーは変わるか」という論点

キャリアアンカーをめぐる重要な論点として、「アンカーは生涯固定なのか、それとも変わるのか」があります。

Schein 自身は、原典で「アンカーは生涯にわたって比較的安定する」と述べました。20 代後半〜30 代前半でおおむね定まり、その後はおおむね固定される、というのが彼の見立てです。

ただし、その後の研究では、

  • ライフイベント(結婚・出産・介護・大病・配偶者の転勤など)でアンカーが変わる例が少なくない
  • 退職・転職など大きな環境変化で再構成される場合がある
  • 同じ人が複数のアンカーを並行して持ち、時期によって優先順位が入れ替わる

といった指摘も出ています。日本ではキャリアコンサルタント実務の現場で「アンカーは変わりうる」と捉えるのが一般的になっています。

💡 ポイント 「私の今のアンカーは○○」と固定するより、「○○が今の私のアンカーらしい。これが将来変わる可能性も含めて、定期的に問い直す」という姿勢が、本コースの推奨です。アンカーは「答え」ではなく「問い直しの起点」として使うのがよいと思います。

日本でのキャリアアンカー研究と文化的解釈

Schein のキャリアアンカーは、もともと米国の組織研究を背景に作られた枠組みです。日本に紹介されたのは 1990 年代以降で、企業研修・大学のキャリア教育で広く使われるようになりました。

日本での運用で、いくつかの解釈の留意点があります。

  • 「保障・安定」が選ばれやすい背景:終身雇用の文化的記憶と、安定への期待の高さから、自己診断で「④保障・安定」が選ばれやすい傾向がある。本人のアンカーではなく、社会的に「望ましい答え」を選んでいないか、注意して見る必要がある
  • 「奉仕・社会貢献」と日本的な遠慮:「誰かの役に立ちたい」は日本的価値観と親和性が高く、本人のアンカーでなくても選ばれやすい。一方で「⑤起業家的創造性」「⑦純粋な挑戦」は、自己主張的に響くため選びにくい傾向がある
  • 女性のキャリアと「⑧生活様式」:日本の女性は出産・育児・介護の負担が偏りやすく、「⑧生活様式」をアンカーとして選びやすい一方、それが「家族構造の制約」によるものか「本人の核としての選択」かは、丁寧に分けて見る必要がある

📝 補足 文化差は否定すべきものではなく、「自分のアンカーを推定するときに踏まえておく前提」として扱うのがよいです。「自分は日本人だから○○タイプ」のような単純化も避け、自分の具体的な経験から推定する姿勢が大切です。

講師の現場メモ:「⑤起業家」と「④安定」のあいだで揺れた相談者

私(神田)が独立後にキャリアコンサルティングを担当した、ある 30 代後半の女性(仮に J さんとします)の話です。J さんは大手商社で 15 年働いてきて、独立して飲食店を開業するか、社内で新規事業の責任者を引き受けるかで揺れていました。

セッションで Schein のキャリアアンカーの 8 類型を一緒に整理しました。J さんは最初、「私は⑤起業家タイプだと思います。だから独立したい」とおっしゃいました。

私はそこで止めずに、「⑤起業家のアンカーを推定する Schein の問いに、具体的に答えてもらえますか」と聞きました。すると、

  • 「絶対に譲れないと感じた場面は?」→「給料が下がってもいいから、自分のアイデアで何かを試したい場面」
  • 「5 年後の最も嫌な異動先は?」→「決まった業務を毎日続ける部署」
  • 「退職後にも続けたい関わり方は?」→「人と人を結びつけて、新しい何かを動かす役割」

ここまでは⑤起業家らしいエピソードでした。けれど、もう少し掘り下げて「お金の不安はどれくらいですか」と聞くと、J さんは「実は、ものすごく強い」と。「失敗して借金を抱えるくらいなら、今のままがいい」とも。

ここで気づいたのが、J さんは「⑤起業家」のアンカーを強く持ちながら、同時に「④保障・安定」の重みも大きい人だった、ということです。アンカーがひとつではなく、複数あって順位が拮抗している状態でした。

私たちは、「独立か社内か」の二択を、もう少し細かい選択肢に分解しました。最終的に J さんが選んだのは、社内で新規事業の責任者を 2 年やってみて、収入と経験を確保した上で、3 年目に独立を再検討する——というハイブリッドな道でした。

このときに改めて感じたのが、キャリアアンカーは「ひとつの正解」を選ぶための道具ではないということです。複数のアンカーが並んでいる現実を見える化し、その中で「どう順位をつけて、どう統合するか」を考えるための道具として、使うべきものだと思っています。

まとめ

このレッスンでは、以下のことを学びました。

  • Edgar Schein のキャリアアンカーは、「これだけは譲れない」と感じる価値観・能力・動機の核
  • アンカーの 3 要素:得意なこと/動機/価値観
  • 8 つのアンカー:①専門能力/②全般管理/③自律・独立/④保障・安定/⑤起業家的創造性/⑥奉仕・社会貢献/⑦純粋な挑戦/⑧生活様式
  • アンカーは Schein 自身は「比較的安定」と述べたが、後の研究ではライフイベントで変わる例も多く、「問い直しの起点」として使うのが推奨
  • 日本での運用では、「④保障」「⑥奉仕」が選ばれやすい文化的背景や、女性の「⑧生活様式」の解釈に注意
  • 自分のアンカーは具体的なエピソードと Schein の 5 つの問いから推定する

次のレッスンでは、Will の中でも特に「強み・関心・適性」に焦点を当てた古典として、John Holland の RIASEC モデルと、Gallup CliftonStrengths・Peterson & Seligman VIA のストレングス思考の系譜を学びます。


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