日本の法制度——女性活躍・障害者雇用・LGBT
レッスン4:日本の法制度——女性活躍・障害者雇用・LGBT
このレッスンで学ぶこと
- 女性活躍推進法の概要と企業への義務を理解する
- 改正障害者差別解消法(2024年4月施行)の合理的配慮義務化を把握する
- LGBT理解増進法(2023年6月施行)の位置づけを理解する
- ハラスメント防止関連法と、企業が最低限押さえるべき対応を整理する
レッスン3まで、D&Iの基本概念・アンコンシャスバイアス・心理的安全性という「考え方の土台」を扱ってきました。本レッスンからは、いよいよ日本の現場で押さえるべき具体的なテーマに入ります。まずは、企業が遵守すべき主要な法制度の整理です。
法律は変化が多く、近年は特に2023〜2024年にかけて大きな動きがありました。本レッスンでは2026年5月時点の最新情報をもとに、要点を絞って解説します。
⚠️ 注意 本レッスンの内容は、法律の概要を初学者向けに整理したものです。実際の対応にあたっては、必ず最新の条文と厚生労働省・内閣府等の公式資料、必要に応じて顧問弁護士・社会保険労務士の判断を確認してください。
表記についての注釈
本コースでは、「障害」「障害者」という表記を採用しています。「障がい」「障碍」など、さまざまな表記の流派がありますが、厚生労働省・内閣府などの公的機関の文書では「障害」が現在も標準とされており、法律の正式名称もこの表記です。当事者の中にも「障害」を選ぶ方、「障がい」を選ぶ方、両方を許容する方がおり、唯一の正解はありません。本コースでは、法律名・公的指標との整合を優先して「障害」を使います。
女性活躍推進法
法律の概要
正式名称は「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」で、2015年に成立、2016年4月から本格施行されました。労働者数101人以上の企業に、次のような対応を義務づけています。
- 自社の女性活躍状況の把握(採用比率・勤続年数の男女差・労働時間・管理職比率など)
- 課題の分析と、それを踏まえた行動計画の策定
- 行動計画の社内周知・対外公表
- 採用比率・管理職比率などの情報公表
2022年改正のポイント
2022年7月の改正で、常時雇用する労働者301人以上の企業には、「男女の賃金の差異」の公表が義務化されました。これは「女性管理職比率」「男女の継続勤続年数差」と並ぶ重要な指標で、人的資本開示の中核にも組み込まれています。
企業が押さえるべき要点
- 採用・配置・育成・評価・登用の各段階で、性別による不公平が起きていないか把握する
- 数値目標(女性管理職比率、男女賃金差異など)を設定し、公表する
- 行動計画は「絵に描いた餅」ではなく、進捗を測れる形にする
💡 ポイント 「女性管理職比率を上げる」だけが目的ではありません。本質は、入口(採用)と途中(配置・育成)と出口(昇進)の各段階で公正な機会があるか、を組織的に問うことです。
改正障害者差別解消法(2024年4月施行)——D&Iの最大の論点
何が変わったか
「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)は、2016年に施行された法律です。2021年に改正され、2024年4月1日から、これまで国・自治体に限られていた「合理的配慮の提供」が、民間企業にも法的義務として課せられるようになりました。
これは、D&Iの法制度における近年最大の変化の一つです。「努力義務」から「法的義務」への変更は、企業の対応レベルを一段引き上げます。
合理的配慮とは
合理的配慮(reasonable accommodation)とは、障害のある人が、障害のない人と同じように機会を得られるよう、企業が「過重な負担にならない範囲で」必要な調整・変更を行うことです。
具体例:
- 聴覚障害のある社員の会議に、文字通訳・要約筆記・字幕アプリを用意する
- 視覚障害のある社員のために、文書を音声化ソフトで読める形式で提供する
- 車椅子利用者のために、会議室のテーブル配置を調整する
- 発達障害のある社員に、業務手順を文書化して提供する、聴覚刺激を減らす席を用意する
- 通院を必要とする社員に、勤務時間や場所の柔軟性を持たせる
合理的配慮は「特別扱い」ではなく、出発点の違いを認めたうえで機会を等しくする手段です。レッスン1で扱った「エクイティ」の考え方そのものです。
「過重な負担」とは
合理的配慮は、企業に何でも要求できるわけではありません。「過重な負担」と判断される場合、対応を見送ることができます。判断要素は、内閣府のガイドラインで次のように整理されています。
- 事業活動への影響の程度
- 実現の困難度
- 費用・負担の程度
- 企業の規模・財務状況
- 公的支援の有無
ただし、「面倒だから」「先例がないから」は「過重な負担」の理由にはなりません。建設的な対話の上で、できる範囲・代替案を一緒に探ることが求められます。
⚠️ 注意 「合理的配慮の不提供」が違法行為と認定された場合、企業は法的責任を問われる可能性があります。「過重な負担」の判断は事業所だけで完結させず、当事者と十分な対話を重ね、判断の根拠を記録に残しておくことが重要です。
障害者雇用率と2026年7月の引き上げ
合理的配慮と並ぶもう一つの柱が、障害者雇用率制度です。常時雇用する労働者数に応じて、一定割合以上の障害者を雇用することが企業に義務づけられています。
法定雇用率の推移:
- 2023年3月まで:2.3%
- 2024年4月〜:2.5%
- 2026年7月〜:2.7%
雇用率は段階的に引き上げられており、未達成の場合は「障害者雇用納付金」を納める必要があります(一定規模以上の事業主)。一方で、雇用率を超過達成すると「調整金」「報奨金」が支給される仕組みもあります。
📝 補足 障害者雇用率には、身体障害・知的障害・精神障害が対象となります。発達障害は、診断書や医師の意見書があれば「精神障害」のカテゴリで雇用率に算入できます。詳しくはレッスン5(ニューロダイバーシティ)で扱います。
LGBT理解増進法(2023年6月施行)
法律の概要
正式名称は「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」で、2023年6月23日に施行されました。
主な内容:
- 性的指向・ジェンダーアイデンティティ(性自認)に関する国民の理解増進
- 国・地方自治体・事業主の役割の明確化(事業主には努力義務)
- 学校での教育上の配慮
- 行政機関等での施策の推進
性的指向(誰を好きになるか)と性自認(自分の性別をどう認識するか)の多様性を法律で初めて正面から扱った点で、画期的な法律です。
「理念法」としての性質と限界
LGBT理解増進法は、いわゆる「理念法」で、罰則はありません。事業主への義務も「努力義務」にとどまります。差別禁止規定もなく、「同性婚を認める」「パートナーシップを法律で位置づける」といった内容は含まれません。
このため、施行時にはLGBTQ+当事者団体や支援者からも、「理解増進」という表現の弱さ、罰則のなさ、差別禁止規定の欠如などへの批判がありました。
一方で、企業の取り組みを後押しする「最低限の足場」としての意義は否定できません。法律の存在を契機に、社内研修・福利厚生の同性パートナー対応・性別欄の見直しなど、企業の動きは加速しています。
企業の実務で押さえるべきこと
- 採用・人事制度で性的指向・性自認を理由とした不利益取扱いを行わない
- 同性パートナーを配偶者として扱う福利厚生(慶弔休暇・家族手当・社宅利用など)の検討
- 服装・呼称・トイレ等の運用方針の見直し
- カミングアウト・アウティングのリテラシー向上(本人の同意なく第三者に伝えない)
- ハラスメントとしてのSOGIハラ(性的指向・性自認に関する嫌がらせ)の防止
🔰 初学者の方へ 「うちの会社にはLGBTQ当事者はいない」と感じる方もいるかもしれません。しかし、各種調査によれば、日本のLGBTQ+人口比率は約3〜10%とされ、職場にいる確率は十分にあります。「いない」のではなく「言えていない」状態が大半である、と考えるほうが現実的です。
ハラスメント防止関連法
D&Iの法制度には、ハラスメント防止関連の法律も重要な位置を占めます。
パワーハラスメント防止法(労働施策総合推進法)
2020年6月施行(中小企業は2022年4月から義務化)。職場のパワーハラスメントを定義し、事業主に防止措置を義務づけています。
要点:
- パワハラの3要素:①優越的な関係を背景に、②業務上必要な範囲を超えた、③労働環境を害する言動
- 事業主は、相談窓口の設置、規程の整備、研修、再発防止措置を講じる義務がある
- 被害申告を理由とした不利益取扱いの禁止
セクハラ・マタハラ・ケアハラの防止
男女雇用機会均等法・育児介護休業法でも、セクハラ・マタハラ(妊娠・出産に関するハラスメント)・ケアハラ(介護に関するハラスメント)の防止が事業主の義務として規定されています。
SOGIハラ・アウティングへの対応
2020年のパワハラ防止法の指針改正で、性的指向・性自認に関する侮辱・揶揄(SOGIハラ)と、本人の同意なく第三者に伝える「アウティング」も、パワハラの一類型として位置づけられました。
💡 ポイント ハラスメントの相談窓口は、外部窓口を併設するのが効果的です。社内窓口だけでは「誰が見ているか不安」「人事と上司がつながっているのでは」と感じる人が多く、相談が上がりにくくなります。外部窓口(弁護士事務所・専門コンサル・第三者機関)を併用すると、相談数が大きく伸びる傾向があります。
法制度の全体マップ
ここまでの法制度を、ざっくり整理すると次のようになります。
| 領域 | 主な法律 | 義務のタイプ |
|---|---|---|
| ジェンダー | 女性活躍推進法、男女雇用機会均等法 | 法的義務(情報公表・防止措置) |
| 障害 | 障害者雇用促進法、障害者差別解消法 | 法的義務(雇用率・合理的配慮) |
| LGBT | LGBT理解増進法 | 努力義務(理念法) |
| ハラスメント | 労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法、育児介護休業法 | 法的義務(防止措置) |
法的義務と努力義務では、企業の対応の重みが変わります。法的義務は最低限の対応、努力義務はそれを超えた取り組み、と整理して考えると、優先順位を付けやすくなります。
法律を「守る」から「活かす」へ
法律を遵守することは、D&Iの最低条件です。しかし、法律を守るだけでは「最低限」にとどまり、組織の競争力にはつながりません。
「法律を活かす」段階に進むには、次のような視点が必要です。
- 法的義務 → 数値で示せる成果 → 採用・離職・生産性への効果
- 「やらなければならない」から「やりたいから取り組む」へ
- 当事者・現場・経営の声を統合する仕組み
レッスン8で扱う「人的資本開示」は、まさにこの段階に踏み込むための共通言語です。法律を守るだけの企業と、D&Iを経営戦略として位置づける企業の差は、これから一段と開いていきます。
講師の現場メモ:「合理的配慮」を最初に提案する側
私(佐藤)が新卒で入社した当時、「合理的配慮」という言葉は、まだ社内のほとんどの人が知らないものでした。私自身、配慮を求める側になる場面が何度もありましたが、「申し訳ない」「自分が我慢すればいい」と感じてしまい、言い出せませんでした。
転機は、人事に異動して、合理的配慮の制度設計を担当したときです。当事者の方から相談を受けるうちに気づきました——多くの方は「配慮を求めること」自体に強い心理的負担を感じています。だからこそ、申し出があった時点で「言い出してくれてありがとう」と受け止める姿勢が、制度の運用以上に大切です。
法律は最低ラインを定めるものですが、その上の「対話の質」をどう作るかが、本当の意味でのインクルージョンを決めます。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- 女性活躍推進法は、採用〜登用の各段階での女性活躍状況の把握・行動計画策定・情報公表を義務づける。2022年改正で男女の賃金差異の公表も義務化
- 改正障害者差別解消法(2024年4月)で、民間企業にも合理的配慮が法的義務になった
- 合理的配慮は「特別扱い」ではなく、出発点の違いを認めたうえで機会を等しくする手段
- 障害者雇用率は2026年7月に2.7%へ引き上げ
- LGBT理解増進法(2023年6月)は理念法・努力義務だが、企業の取り組みを後押しする
- ハラスメント防止関連法では、パワハラ・セクハラ・マタハラ・ケアハラ・SOGIハラの防止が事業主の義務
- 法律を「守る」から「活かす」へ進むことで、組織の競争力につながる
次のレッスンでは、近年特に注目されている「ニューロダイバーシティ」を扱います。発達特性を「障害」ではなく「神経の多様性」として捉える視点と、職場での合理的配慮の実装例を学びましょう。
確認クイズ
このレッスンの理解度をチェックしましょう。