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スキルアップカレッジ

ダイバーシティとインクルージョンとは何か——言葉の整理と「なぜ今」

レッスン1:ダイバーシティとインクルージョンとは何か——言葉の整理と「なぜ今」

このレッスンで学ぶこと

  • ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョンの意味の違いを説明できる
  • D&I/DEI/DEIB/JEDI といった用語の関係を整理できる
  • 日本企業がD&Iに取り組む背景と現在地を理解する
  • 米国でのDEI後退と日本企業の立ち位置を把握する

「ダイバーシティ」「インクルージョン」「DEI」「DEIB」——ここ数年、企業の中で耳にする機会が一気に増えた言葉です。一方で、それぞれの意味の違いを正確に説明できる人は意外と少ないのが現実です。最初のレッスンでは、言葉の整理から始めます。「ダイバーシティとインクルージョンは何が違うのか」「エクイティとは」「米国でDEIが後退していると聞いたが、日本はどうなるのか」——こうした疑問に、一つずつ答えていきます。

ダイバーシティ(Diversity)——「違い」そのもの

ダイバーシティは、日本語では「多様性」と訳されます。職場におけるダイバーシティは、そこにいる人々の「違い」を指す言葉です。

違いの種類は、大きく2種類に分けて考えられます。

1つ目は、目に見えやすい違い(表層的ダイバーシティ)。性別、年齢、国籍、人種、障害の有無などです。これらは、本人の意思では変えにくく、外から見てもある程度わかるものが多いのが特徴です。

2つ目は、目に見えにくい違い(深層的ダイバーシティ)。価値観、経験、考え方、働き方の好み、信仰、性的指向、神経の多様性、家庭の事情などが該当します。これらは、本人が話さない限り外から見えにくいものが多く、職場で見落とされがちです。

💡 ポイント ダイバーシティは「特定の属性の人を増やす」ことだけを指す言葉ではありません。組織に「違いがある」状態そのものを指します。女性比率、外国人比率といった数字はわかりやすい指標ですが、本質は「異なる背景を持つ人々がいる」という事実そのものです。

インクルージョン(Inclusion)——「違いを活かす」

インクルージョンは、日本語では「包摂」または「包含」と訳されます。「違いを持つ人々が、組織の中で活かされている」状態のことです。

ダイバーシティが「違いの有無」を指すのに対し、インクルージョンは「違いがどう扱われているか」を指します。例えば、女性社員の比率が高くても、女性が会議で発言しにくい雰囲気があるなら、ダイバーシティはあってもインクルージョンはない状態です。

D&I の文脈でよく使われる比喩に、こんなものがあります。

  • ダイバーシティ:パーティに招待されること
  • インクルージョン:パーティで一緒に踊ろうと声をかけてもらうこと

「いる」だけでは不十分で、「活きる」ことが必要——これがインクルージョンの考え方です。

🔰 初学者の方へ 「採用したから多様性は実現できた」「外国人を雇ったからインクルーシブだ」と考える組織は少なくありません。しかし、配属された部署で本人の言葉が通じない、文化が尊重されない、意見が聞かれない、という状態だと、ダイバーシティはあってもインクルージョンは欠けている、と言えます。

エクイティ(Equity)——「公正」

エクイティは、日本語では「公正」または「公平」と訳されます。よく似た言葉に「イコーリティ(Equality、平等)」がありますが、両者は区別して考えるのが現代の主流です。

  • イコーリティ(平等):全員に同じものを与える
  • エクイティ(公正):それぞれが必要とするものを与えて、結果として機会を等しくする

例えば、社内研修を「全員が同じ時間・同じ場所で受講する」のが平等。一方、「子育て中の社員にはオンライン受講や録画視聴を、聴覚障害のある社員には字幕付き動画を提供する」のが公正です。スタートラインの違いを認めたうえで、結果として同じだけの機会が得られるようにする発想です。

📝 補足 エクイティの考え方は、社会の不平等を是正するための土台にもなっています。「機会を本当に平等にするには、出発点の違いを認める必要がある」という考え方です。ただし、「特定の属性だけを優遇している」と誤解されやすい論点でもあるため、社内で説明するときは、丁寧な言葉選びが必要になります。

D&I/DEI/DEIB/JEDI——用語の整理

ここまでで「ダイバーシティ」「インクルージョン」「エクイティ」の3つを押さえました。これらをどう組み合わせるかで、次のような略語が使い分けられています。

略語 構成要素 意味の重点
D&I Diversity & Inclusion 多様性と、それを活かすこと
DEI Diversity, Equity & Inclusion D&I に「公正」を加え、機会の差を是正する観点を含めた
DEIB Diversity, Equity, Inclusion & Belonging DEI に「Belonging(帰属意識)」を加え、「ここにいてよい」と感じられる状態まで踏み込んだ
JEDI Justice, Equity, Diversity & Inclusion DEI に「Justice(正義)」を冠し、社会的な不正義の是正まで含めた

時系列で見ると、D&I → DEI → DEIB/JEDI へと、対象範囲が広がってきました。

日本では現在、「D&I」と「DEI」が併用されているのが実情です。経済産業省・厚生労働省の公的文書では「D&I」が中心ですが、近年は「DEI」も増えています。本コースでは、基本概念を扱う場面では「D&I」、米国の文脈や公正さ(エクイティ)を含めた議論では「DEI」と、文脈に応じて使い分けます。

💡 ポイント どの略語を使うかは組織ごとに違います。グローバル企業では「DEI」「DEIB」を選ぶことが多く、日本の伝統的な企業では「D&I」が依然として多数派です。略語選びは戦略的な意思表明でもあるので、自社の用語を確認するときは「なぜその略語を選んだのか」を聞いてみるとよいでしょう。

なぜ今、D&Iなのか——3つの背景

D&Iが企業の中心テーマに躍り出た背景は、大きく3つに整理できます。

1つ目は、労働力人口の構造変化です。 日本では生産年齢人口(15〜64歳)が長期的に減少しており、企業は女性・高齢者・外国人・障害者など、これまで活躍機会が限定されていた層の戦力化を進める必要に迫られています。「多様な人材を活かす」は、もはや理想ではなく、事業継続のための必要条件になっています。

2つ目は、人的資本開示の義務化です。 2023年3月期から、上場企業は有価証券報告書で「人的資本」に関する情報の開示が求められるようになりました。女性管理職比率、男性育休取得率、賃金格差などの数字が公開され、投資家・求職者・取引先から比較されるようになっています。D&Iは、ESG・人的資本という経営指標の中に組み込まれました。

3つ目は、グローバルな人材獲得競争です。 優秀な人材ほど、D&Iへの取り組みを企業選びの基準にする傾向が強くなっています。特に若い世代やグローバル人材は、職場の心理的安全性・公正性・多様性への姿勢を厳しく見ています。

📝 補足 「人的資本」という言葉は、人材を「コスト」ではなく「価値を生む資本」と捉える発想です。財務諸表に載らない、しかし企業価値を大きく左右する要素として、世界的に注目されています。ISO 30414(人的資本情報開示のガイドライン)の登場で、各社の取り組みを比較できる枠組みも整いつつあります。詳しくはレッスン8で扱います。

世界の動向——米国DEI後退と日本企業

2024年から2025年にかけて、米国ではDEI政策の後退が話題になっています。背景には、政治的な対立、最高裁による大学入試のアファーマティブアクション違憲判決(2023年)、トランプ政権による連邦機関でのDEI廃止令(2025年1月)などがあります。マクドナルド・メタ・ウォルマート・フォードなどの大手企業も、供給業者向けのDEI目標や多様性採用枠の見直しを発表しました。S&P 500 企業の決算説明会での「DEI」言及回数は、2022年と比べて2024年に大きく減少した、というデータもあります。

一方、日本ではこの動きとは少し異なる流れになっています。

  • 法制度の方向は逆向き(女性活躍推進法の強化、改正障害者差別解消法による合理的配慮の義務化、LGBT理解増進法の施行)
  • 人的資本開示の義務化により、D&I指標が経営の標準項目に組み込まれた
  • 経済産業省・厚生労働省など省庁レベルでD&Iは継続的に推奨されている
  • 国内の労働力人口減少という構造的な要因が変わらない

つまり、日本企業の多くは「米国の動きにそのまま追随するのではなく、独自路線でD&Iを継続する」立場を取っています。米国本社を持つ日系子会社では本社の方針転換の影響を受けるケースもありますが、全体としては「経済合理性に基づくD&I」が主流です。

⚠️ 注意 「米国でDEI後退しているなら、日本でもやらなくていい」という考え方は危険です。日本企業がD&Iを進めてきた背景は、米国とは異なる構造的な事情(人口減少・人的資本開示・法制度の強化)にあります。社内で「他社が後退している」という話題になったときは、自社の事業環境を踏まえて議論する姿勢が必要です。

ダイバーシティの「次」——インクルージョンへの軸足移動

ここ数年、日本企業のD&I施策で起きている大きな変化が、「ダイバーシティ」から「インクルージョン」への軸足移動です。

2010年代までは、女性比率・外国人比率といった「ダイバーシティ指標」を引き上げることが中心課題でした。しかし、数字は上がっても、現場で「活きる」状態にならなければ意味がない——という反省から、近年は「インクルージョン」をどう測り、どう作るかへと、焦点が移ってきています。

具体的には、次のような問いが重視されるようになりました。

  • 採用された多様な人材は、活躍できているか
  • 異なる意見を出しやすい雰囲気があるか
  • 評価や昇進で公正に扱われているか
  • 心理的安全性が確保されているか

これらの問いに正面から答えるためには、アンコンシャスバイアス、心理的安全性、インクルーシブリーダーシップなど、本コースで順番に扱うテーマがすべて関わってきます。

講師の現場メモ:ダイバーシティはあるのに、インクルージョンがない

私(佐藤)が新卒で入ったSI企業は、女性比率も外国人比率も高く、ダイバーシティ指標は同業他社を上回っていました。しかし、入社して半年も経たないうちに、ある違和感を感じるようになりました。会議で女性が発言しても、議事録に残らない。外国人エンジニアが提案しても、日本語のニュアンスを理由に流される。私自身は神経の多様性に関連する特性があり、雑談の場が苦手だったのですが、それを率直に伝えると「協調性がない」と扱われました。

「いる」と「活きる」は別物だ、と痛感した経験です。本コースの目標は、この違いを言葉と実践の両方で扱えるようにすることです。

まとめ

このレッスンでは、以下のことを学びました。

  • ダイバーシティは「違いの有無」、インクルージョンは「違いを活かしている状態」を指す
  • エクイティは「公正」で、出発点の違いを認めたうえで結果として機会を等しくする考え方
  • D&I → DEI → DEIB/JEDI へと、対象範囲は時代とともに広がってきた
  • 日本でD&Iが重視される背景は、労働力人口の構造変化・人的資本開示の義務化・グローバル人材獲得競争の3つ
  • 米国ではDEIが後退しているが、日本企業は独自の事情から継続するのが主流
  • 近年は「ダイバーシティの数字」から「インクルージョンの質」へと、焦点が移ってきている

次のレッスンでは、D&Iを実践するうえで誰もが向き合うことになる「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」を扱います。「悪意がなければ差別ではない」と思いがちですが、無意識の偏見が職場や採用にどう影響するか、自分のバイアスにどう気づくかを学びましょう。


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