バリューチェーンと業態別ビジネスモデル
レッスン2:バリューチェーンと業態別ビジネスモデル
このレッスンで学ぶこと
- Michael Porter のバリューチェーンを飲食・宿泊業に適用して 5 段階で読み解く
- 5 領域別の収益モデル(外食=客単価 × 回転率 × 席数、宿泊=ADR × OCC × 客室数など)を比較する
- 業態別の組織構造(本部・エリア・店舗の 3 層、ホテルの部門別組織)を理解する
- 業界横断の 5 経営課題(人手不足・食材原価高騰・エネルギーコスト・DX 対応・持続可能性)を掴む
前回のレッスンでは、飲食・宿泊業の 5 領域と 3 大機能、日本経済における位置(合計約 47 兆円・就業者約 500 万人)、業界を取り巻く 4 構造変化、本コースの 3 共通言語(制度・現場・時間)を扱いました。今回は、業界の経済構造を「バリューチェーン」と「業態別ビジネスモデル」の視点から読み解いていきます。
バリューチェーンとは——飲食・宿泊業に当てはめる
バリューチェーン(Value Chain)は、Michael Porter が 1985 年の著書『競争優位の戦略』で提唱した経営分析の枠組みです。企業活動を「主活動」と「支援活動」に分け、どの段階で価値が生まれるかを可視化します。
飲食・宿泊業に当てはめると、主活動は 5 段階で整理できます。
第 1 段階の企画・商品開発は、メニュー開発、宿泊プラン設計、ツアー企画などです。外食では季節メニュー・グランドメニュー改定、宿泊では宿泊プラン・宴会プラン、旅行ではパッケージツアー企画が該当します。
第 2 段階の調達は、食材の仕入、寝具・アメニティの調達、装備品の購入などです。外食では食材卸との関係、宿泊ではアメニティサプライヤーとの契約、旅行では航空券・ホテル・オプション商品の仕入が該当します。
第 3 段階の製造・調理は、飲食業では調理、宿泊業では客室清掃・整備、旅行業ではパッケージのアレンジメントが該当します。飲食業のセントラルキッチン、宿泊業のハウスキーピング業務、旅行業の手配業務が中核です。
第 4 段階の店舗・施設運営は、店舗営業、ホテル運営、旅行会社店舗運営、DMO 運営などです。日々の営業オペレーション、シフト管理、在庫管理、清掃、光熱費管理などが該当します。
第 5 段階の販売・接客は、顧客への提供、接客サービス、フロント業務、ツアーコンダクト業務などです。飲食・宿泊業は接客の質が競争力に直結する業種で、この段階での差別化が繰り返し顧客につながります。
そして 6 段階目とも呼べるアフター・CRM は、顧客リレーション、リピート予約獲得、口コミ管理、会員プログラム運営などです。特に宿泊業ではロイヤルティプログラム(マリオット Bonvoy 、ヒルトン Honors 、IHG One Rewards など)が競争力の源泉になっています。
支援活動としては、財務・経理、人事・採用・研修、IT ・DX(PMS 、CRS 、POS 、モバイルオーダーなど)、マーケティング(ブランド戦略、広告、SNS 、OTA 対応)、法務・コンプライアンス(食品衛生法、旅館業法対応)が主活動を支えます。
💡 ポイント Michael Porter のバリューチェーンは、業界を「価値創出の連鎖」として可視化する古典的な枠組みです。飲食・宿泊業では特に「接客」と「アフター・CRM 」の 2 段階が競争力を大きく左右し、他業種と比較しても差別化の余地が大きい構造になっています。
5 領域別収益モデル比較
飲食・宿泊業の 5 領域は、収益モデルが領域ごとに大きく異なります。共通するのは「売上=ボリューム × 単価」の掛け算構造ですが、ボリュームの定義と単価の設計が業態ごとに違います。
外食業の基本式は「売上 = 客単価 × 回転率 × 席数 × 営業日数」です。客単価は 1 人あたり平均支払額、回転率は 1 席が 1 日に何回転するか、席数は店舗の物理的な席の数です。ファストフードは客単価 500 〜 800 円 × 回転率 4 〜 8 回、ファインダイニングは客単価 1 万〜 3 万円 × 回転率 1 〜 2 回といったように、業態ごとに「単価と回転率のバランス」が違います。
中食業の基本式は「売上 = 販売数量 × 単価」です。惣菜、弁当、宅配食は、店頭販売・EC ・宅配で数量を稼ぐビジネスで、単価は 400 〜 1,500 円が中心帯です。原価率と物流効率が収益の鍵になります。
宿泊業の基本式は「売上 = ADR × OCC × 客室数 × 営業日数」です。ADR(Average Daily Rate)は 1 室あたり平均客室単価、OCC(Occupancy Rate)は客室稼働率、客室数は施設が持つ物理的な客室数です。ADR × OCC の積を RevPAR(Revenue Per Available Room、販売可能な客室 1 室あたり売上)と呼び、宿泊業の中核 KPI として世界中で使われています。ビジネスホテルは ADR 1 万円 × OCC 80 %、リゾートホテルは ADR 3 万円 × OCC 60 %、旅館は ADR 2 万円 × OCC 50 % といった業態別の目安があります。
旅行業の基本式は「売上 = 取扱高 × 取扱率(手数料率)」です。旅行会社は自社が主催するパッケージツアーの販売益と、他社商品を代理販売する手数料の 2 系統で収益を得ます。取扱率は 5 〜 15 % 程度で、業態(第 1 種/第 2 種/第 3 種/地域限定)や商品構成で幅があります。
レジャー業の基本式は「売上 = 集客数 × 客単価」です。テーマパーク、ゴルフ場、映画館、カラオケなど、入場料・利用料と物販・飲食の付帯収入で構成されます。付帯収入比率が高い施設ほど収益性が高い傾向があります。
📝 補足 宿泊業の RevPAR = ADR × OCC は「単価と稼働率の掛け算」で表現される優れた指標ですが、両者の間にはトレードオフがあります。単価を上げれば稼働率が下がり、稼働率を追えば単価が下がる関係です。次のレッスン 6 でレベニューマネジメントとして詳しく扱います。
業態別組織構造——本部・エリア・店舗の 3 層
飲食業の大手チェーンの組織構造は、本部・エリア・店舗の 3 層が基本です。
本部には、経営企画、商品開発、店舗開発、マーケティング、人事、IT 、財務経理、法務、購買、品質管理などの機能部門が集約されます。数十名〜数百名規模で、全社の意思決定を担います。
エリア(またはブロック、地区)には、SV(スーパーバイザー)・エリアマネジャーが配置され、1 人あたり 5 〜 15 店舗を統括します。店舗巡回、店長サポート、売上・利益管理、新人育成、店舗間ノウハウ移転などが主業務です。
店舗は最前線で、店長・副店長・社員・アルバイトで構成されます。1 店舗の人員は業態により 10 〜 100 名以上と幅があり、客数の多い都心店では 3 交代制のシフトが組まれます。
ホテル業の組織構造は、部門別組織が基本です。
宿泊部門はフロント、ハウスキーピング、ドアマン、コンシェルジュなど客室関連。料飲部門はレストラン、宴会場、宴会サービス、調理場(メインキッチン、パントリー、洋菓子など)。宴会部門は宴会予約、宴会企画、宴会サービスなど。管理部門は総務、人事、経理、購買、施設管理など。加えて、営業部門(法人営業、団体営業、ウェディング営業)、収益管理部門(レベニューマネジメント、予約管理)、マーケティング部門(ブランディング、広告、SNS)などが並列します。
シティホテル 300 室規模では、従業員数 200 〜 400 名程度、総支配人(GM)を頂点とする組織構造が一般的です。ホテルの GM は「小さな都市の市長」とも呼ばれ、多国籍のスタッフをまとめる「共通言語」としての制度・KPI 理解が不可欠です。
旅館業は、家族経営の伝統旅館から大手チェーン旅館まで規模の幅が大きく、組織構造も多様です。家族経営旅館は 5 〜 20 名規模で、若旦那・若女将を中心にしたフラットな組織。中規模旅館グループは 100 〜 300 名規模で、館長・支配人を頂点にした階層組織。大手旅館グループ(星野リゾート、共立メンテナンス、リゾートトラストなど)は数千〜数万名規模で、施設ごとの支配人と本社の運営本部・企画本部の 2 層構造が一般的です。
旅行業は、大手(JTB 、H.I.S 、KNT )は本社・支店・営業所の 3 層構造で、団体旅行、個人旅行、法人旅行、Web 販売、店舗販売、店頭カウンター、コールセンターなどの機能ごとに部門で構成されます。中小旅行会社は 10 〜 100 名規模で、社長を頂点に少数の営業員が全業務を兼務する形態が多く見られます。
主要 KPI の業態別比較
飲食・宿泊業の業態別に、主要 KPI の目安を整理しておきましょう。以下は 2024 年時点の業界の一般的な水準です。
外食業の主要 KPI は 5 つあります。客単価(ファストフード 500 〜 800 円、居酒屋 3,000 〜 5,000 円、ファインダイニング 1 万〜 3 万円)、回転率(ファストフード 4 〜 8 回、居酒屋 1.5 〜 2.5 回、ファインダイニング 1 〜 2 回)、FL 比率(Food + Labor cost の売上比率、業界目安 55 〜 60 %)、原価率(食材費の売上比率、業態別 25 〜 40 %)、人時売上高(1 人時間あたりの売上、業界目安 4,000 〜 8,000 円)です。
宿泊業の主要 KPI は 5 つあります。ADR(Average Daily Rate、ビジネスホテル 8,000 〜 15,000 円、シティホテル 20,000 〜 60,000 円、リゾート 25,000 〜 80,000 円)、OCC(Occupancy Rate、ビジネス 70 〜 85 %、シティ 60 〜 80 %、リゾート 50 〜 70 %)、RevPAR(=ADR × OCC)、GOP(Gross Operating Profit、営業利益ベース、業界目安 25 〜 40 %)、直販比率(自社直販の全売上に占める割合、業界目安 30 〜 60 %)です。
中食業の主要 KPI は、日商(1 日あたり売上)、来店客数、平均買上点数、原価率(惣菜業界目安 40 〜 55 %)、ロス率(廃棄率、業界目安 3 〜 8 %)などです。
旅行業の主要 KPI は、取扱高、粗利率(取扱率、業界目安 5 〜 15 %)、送客人数、成約率(問い合わせ→成約の比率)、リピート率などです。
レジャー業の主要 KPI は、入場者数、客単価(入場料 + 付帯収入)、リピート率、稼働率(客室・座席・コース)などです。
🔰 初学者の方へ KPI の数字は「絶対値」よりも「業界平均との比較」「昨年比」「トレンド」で見ることが基本です。「うちの客単価は 3,000 円」だけでは何もわかりませんが、「業界平均 2,500 円に対して 3,000 円で 20 % 高い」「昨年比 5 % 上昇」と表現すると意味を持ちます。
業界横断の 5 経営課題
飲食・宿泊業のプレイヤーが 2020 年代後半に直面する経営課題は、業種を跨いで共通する 5 つがあります。
第 1 の人手不足です。有効求人倍率が 4 倍を超え、募集しても人が集まらない状態が慢性化しています。時給引き上げ、外国人労働力(技能実習、特定技能)、DX による省力化(モバイルオーダー、セルフレジ、配膳ロボット、無人チェックイン)、業務削減(宴会場の廃止、朝食提供の省力化、営業時間短縮)が対応策として広がっています。
第 2 の食材原価高騰です。ロシア・ウクライナ情勢、円安、気候変動、飼料高、エネルギー高が重なり、食材原価が構造的に上昇しています。原価率の見直し、メニュー価格の値上げ、代替食材の採用、ロス削減、産地直取引による中間コスト削減、フードテックの活用が対応策として進んでいます。
第 3 のエネルギーコストです。電気・ガス代の高騰は、飲食業・宿泊業に大きな負荷となります。空調、照明、厨房機器、給湯、洗濯設備の消費電力削減、再生可能エネルギー導入、LED 照明化、高効率厨房機器への更新が対応策です。
第 4 の DX 対応です。OTA 経由の予約が主流化する中で、PMS ・CRS の刷新、レベニューマネジメントの高度化、モバイルオーダーの導入、フードデリバリー対応、SNS マーケティング、CRM 高度化などの投資が必要になっています。
第 5 の持続可能性(サステナビリティ)対応です。食品ロス削減、プラスチック使用量削減、アメニティ削減(歯ブラシ・カミソリの有料化・持参促進)、地産地消、フェアトレード、Scope 1-3 の温室効果ガス排出量開示など、業界横断で対応が求められています。
⚠️ 注意 5 経営課題のうち、人手不足と食材原価高騰は業界の構造的問題として長期化が見込まれます。これは短期的な景気変動ではなく、日本の人口動態・国際情勢に起因する変化であり、単発の値上げやコストカットで解決する性質ではありません。中長期の事業構造転換が必要です。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- 飲食・宿泊業のバリューチェーンは 5 段階(企画・商品開発/調達/製造・調理/店舗・施設運営/販売・接客)+アフター・CRM
- 5 領域別の収益モデル基本式:外食=客単価 × 回転率 × 席数、宿泊=ADR × OCC × 客室数、旅行=取扱高 × 取扱率
- 業態別組織構造:外食チェーンは本部・エリア・店舗の 3 層、ホテルは部門別組織、旅館は規模で多様
- 主要 KPI:外食は客単価・回転率・FL 比率・原価率・人時売上高、宿泊は ADR ・OCC ・RevPAR ・GOP ・直販比率
- 業界横断 5 経営課題:人手不足・食材原価高騰・エネルギーコスト・DX 対応・持続可能性
次のレッスンでは、飲食業を規律する食品衛生法・HACCP ・食品表示法・特商法の 3 法体系を扱います。2021 年 6 月に完全義務化された HACCP の 7 原則 12 手順、営業許可 32 業種、アレルギー表示、食品ロス削減推進法などの実務論点を体系化していきます。
確認クイズ
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