予算編成の「作り手」実装
レッスン6:予算編成の「作り手」実装
このレッスンで学ぶこと
- 売上予算の積算式(Volume × Mix × Price)を組み立てられる
- 販売費・人件費・設備投資予算のドライバー式で積算できる
- 予算モデルを勘定科目単位でブレイクダウンできる
- 経営企画との役割分担で「作り手」に軸足を置く型を持ち帰れる
前レッスンではセグメント損益設計を扱いました。本レッスンでは、管理会計担当者の年間業務で最大の負荷を占める予算編成の「作り手」実装を扱います。予算編成の年間スケジュール・部門折衝の作法は経営企画担当者向けの入門コースに譲り、本コースでは管理会計担当者が積算モデルとしての予算を組み立てる技術に振り切ります。
予算編成の 3 視点——経営企画・管理会計・事業部
予算編成では 3 者の役割分担が実務上重要です。
- 経営企画:全社の予算方針決定・部門折衝の場の運営・取締役会付議
- 管理会計:積算モデルの構築・過去実績の分析・部門予算のロジックチェック
- 事業部:自部門の予算策定・数字の根拠説明
管理会計担当者は「積算モデル」を通じて事業部の予算に骨格を与えます。骨格がないと、事業部は「前年比 +5 %」といった単純線形の予算を出しがちで、経営陣の期待とギャップが生じます。
売上予算の積算式——Volume × Mix × Price
売上予算は次の 3 要素の掛け算で組み立てます。
- Volume(数量):販売数量・契約件数・利用回数
- Mix(構成比):製品ミックス・顧客ミックス・チャネルミックス
- Price(単価):製品単価・顧客別単価・チャネル別単価
積算例:中堅 SaaS 企業の売上予算
製品ミックス:エンタープライズ版・スタンダード版・エントリー版の 3 種
| 製品 | 現在契約社数 | 平均単価/月 | 現在 MRR |
|---|---|---|---|
| エンタープライズ版 | 20 社 | 500,000 円 | 10,000,000 |
| スタンダード版 | 100 社 | 100,000 円 | 10,000,000 |
| エントリー版 | 300 社 | 20,000 円 | 6,000,000 |
翌年度の積算:
- エンタープライズ版:+8 社(マーケ経由 5 社 + 営業紹介 3 社)、単価維持
- スタンダード版:+30 社(マーケ経由)、単価 5 % 値上げ
- エントリー版:+80 社(インサイドセールス)、単価維持
各セグメントで Volume と Price を変数化することで、経営陣から「マーケの案件数が想定より 20 %少なかった場合の予算修正は」といった質問にも即座に応えられます。
積算モデルの構築 4 原則
- Volume・Mix・Price を分離し、それぞれ別のセルで入力
- 過去 12 か月実績からの成長率を必ず並置
- 前提が変わったときにワンタッチで再計算できる Excel シート構造
- シートの入力欄・計算欄・出力欄を色分けする
販売費予算のドライバー式
販売費(広告宣伝費・販売手数料・運送費・出張費)は、売上に連動する項目とそうでない項目に分けて予算化します。
変動的販売費のドライバー例
- 広告宣伝費:目標 CPA × 目標リード数
- 販売手数料:売上高 × 手数料率
- 運送費:出荷件数 × 平均運送単価
- 決済手数料:EC 売上高 × 決済手数料率
固定的販売費
- 営業所家賃・営業用車両リース料・営業事務システム費:契約単位で年間額を確定
ドライバー式にすることで、「売上目標が 10 % 増えたら販売費はどう増えるか」を機械的に試算できます。
人件費予算と要員計画の連動
人件費予算は、要員計画(Headcount Plan)と単価(給与テーブル・賞与テーブル)の掛け算で組み立てます。
積算式
- 人件費 = Σ(役職別人員数 × 平均給与)+ 賞与 + 法定福利費 + 退職給付費用 + 教育研修費
要員計画の要素
- 現在人員数
- 退職予定(定年・自己都合)
- 新規採用計画(新卒・中途)
- 内部異動
- 昇格昇進計画
要員計画は人事部と連携して作ります。管理会計担当者は「要員計画の数字を人件費予算に翻訳する」役割です。
注意点:中途採用の入社月がずれると人件費予算も月ずれで影響が出るため、月単位のタイムラインで積算する必要があります。年額で一括して積むと、上期実績が予算未達に見える現象が発生します。
設備投資予算と CapEx 連携
設備投資予算(CapEx:Capital Expenditure)は、事業計画・生産計画・IT 計画に基づいて積算します。
CapEx の 3 分類
- 維持投資:既存設備の更新・修繕(減価償却費見合いが目安)
- 成長投資:新規事業・生産能力拡張・海外進出
- 戦略投資:DX 化・R&D・M&A
積算のポイント
- 案件単位で稟議番号と紐付ける
- 支払時期(発注 → 検収 → 支払)を月次で見積もる
- 減価償却費への影響を翌年以降まで反映する
- 会計基準(税務・IFRS・US GAAP)による資産計上区分に注意
予算モデルの勘定科目ブレイクダウン
積算モデルは最終的に「勘定科目単位」の月次予算表に落とし込みます。経理システムに登録し、月次予実比較を機械化するためです。
ブレイクダウンの流れ
- Step 1:Volume・Mix・Price → 売上高(各セグメント × 各月)
- Step 2:売上高 × 変動費率 → 変動費(勘定科目別)
- Step 3:人件費テーブル → 人件費(給料・賞与・法定福利費)
- Step 4:ドライバー式 → 販管費(勘定科目別)
- Step 5:CapEx → 減価償却費(勘定科目別)
- Step 6:全て統合 → 月次 P/L 予算
この一連の流れが自動化できると、予算前提の変更(例:売上前提を 5 % 修正)に対して、全 P/L 項目が再計算される「動く予算モデル」ができます。中堅企業では Excel + Power Query で構築するのが実務標準ですが、Anaplan・Workday Adaptive Planning・Oracle EPM Cloud などの専用予算ツールを導入する会社も増えています。
講師の現場メモ
私が消費財メーカー日本法人時代に構築した予算モデルの話です。当初は Excel の 15 シート構造で作っていましたが、予算修正が入るたびに 30 分〜 1 時間の手動更新が必要でした。CFO から「四半期予測を月次で更新したい」との要望が出た時、既存モデルではとても運用できませんでした。
Anaplan を導入して積算ロジックを移行したところ、予算前提の変更が数秒で全 P/L に反映されるようになり、四半期予測を月次サイクルで回せるようになりました。ただし、導入初年度は運用定着に相当な工数がかかり、「Excel のほうが早い」という声が現場から出続けました。管理会計担当者としての教訓は、予算モデルの技術選定は「機能ではなく運用継続性」で決まるということです。
Anaplan のような専用ツールが必要な会社もあれば、Excel + Power Query で十分な会社もあります。判断基準は「予算修正の頻度」「シナリオ分析の頻度」「事業部数と勘定科目数の掛け算」で決めるのが実務的です。
次のステップ
本レッスンでは予算編成の「作り手」実装として、売上・販管費・人件費・CapEx の積算モデルを扱いました。次のレッスンでは、経営会議のための分析パッケージを取り上げ、月次で作る意思決定支援資料の型を扱います。
確認クイズ
このレッスンで学んだ内容を確認しましょう。