顧客と課題の発見——JTBD 再入門とデザインシンキング
レッスン2:顧客と課題の発見——JTBD 再入門とデザインシンキング
このレッスンで学ぶこと
- Jobs to be Done(JTBD)を大企業内応用の視点で再訪できる
- デザインシンキング 5 段階(Empathize /Define /Ideate /Prototype /Test)を扱える
- ダブルダイヤモンド(英国デザイン協議会 2005)と IDEO /d.school の系譜を持てる
- 大企業内でのペルソナ設計とインタビュー 5 原則を扱える
- Innovator's Dilemma の応用として「自社にとっての破壊的顧客」を扱える
前レッスンでは新規事業 4 タイプと 3 ホライズンを扱いました。本レッスンでは、新規事業の出発点となる「顧客と課題の発見」を、JTBD とデザインシンキングの 2 大フレームワークで扱います。姉妹コース L2 で扱った基本を土台に、大企業内応用に振り切ります。
Jobs to be Done(JTBD)再訪
Jobs to be Done(JTBD)は、Clayton M. Christensen が 2003 年に『イノベーションのジレンマ』の応用として提唱し、2016 年『Competing Against Luck』で体系化したフレームワークです。「顧客は商品を買うのではなく、片付けたい仕事(ジョブ)を進めるために雇う」という視点で顧客ニーズを捉え直します。
JTBD の基本
- 顧客は商品ではなくジョブを買う:ドリルを買う顧客は「穴を開けたい」というジョブを片付けるためにドリルを雇う
- ジョブは変わらない、雇う手段(商品)が変わる:「穴を開けたい」というジョブは百年変わらない、ドリル・レーザー・接着剤などの手段が変わる
- ジョブは 3 種類:機能的ジョブ(何かを達成する)、社会的ジョブ(他者からどう見られたい)、感情的ジョブ(どう感じたい)
Christensen の Milkshake 事例(2016)
McDonald's のミルクシェイクの売上を伸ばすため、Christensen の研究チームは顧客の「ジョブ」を調査しました。
- 朝の通勤客は「長い運転を退屈しない相棒」というジョブでミルクシェイクを雇っていた
- 午後の親子連れは「子供の機嫌を取る」というジョブで雇っていた
- 朝と午後で「ジョブ」が異なるため、商品設計・販売戦略も異なるべき
このように、JTBD の視点で顧客を分析すると、従来のデモグラフィック(年齢・性別・職業)とは異なる顧客セグメンテーションが見えてきます。
大企業内応用の 5 ポイント
姉妹コース L2 は「社外の創業者が JTBD で顧客を発見する」視点でしたが、本コースでは「大企業内で JTBD を実装する」5 ポイントを扱います。
- 既存事業の顧客の「未片付けジョブ」を探す:既存製品では片付けきれていないジョブを新規事業の起点にする
- 既存事業と競合するジョブは慎重に:既存事業のシェアを奪う可能性を経営陣と事前合意
- 社内のジョブと社外のジョブを区別:社内向け新規事業(業務効率化)と社外向け新規事業(顧客向け)でアプローチが異なる
- JTBD インタビューは事業部と協業:既存顧客との関係を活かして、事業部の営業と協業してインタビュー
- JTBD 分析結果は経営陣にわかりやすく可視化:ジョブ一覧・雇われる手段の変化・市場規模を経営陣が理解できるフォーマットで整理
デザインシンキング 5 段階
デザインシンキング(Design Thinking)は、IDEO と Stanford d.school が体系化した創造的問題解決の方法論です。5 段階のプロセスで、顧客理解から解決策の実装までを進めます。
5 段階のプロセス
- 段階 1:Empathize(共感)——顧客の状況・感情・行動を深く観察・理解する
- 段階 2:Define(定義)——観察から得た洞察を明確な課題文(Problem Statement)として定義
- 段階 3:Ideate(発想)——課題に対する多様な解決アイデアを大量に発想
- 段階 4:Prototype(試作)——アイデアを素早く形にする(スケッチ・モックアップ・動画)
- 段階 5:Test(検証)——プロトタイプを顧客に見せてフィードバックを得る
5 段階のイタレーション
デザインシンキングは 5 段階を 1 回で完結せず、複数回イタレーションを回します。特に Test で得たフィードバックを Empathize /Define に戻すサイクルが重要です。
flowchart LR
A[Empathize] --> B[Define]
B --> C[Ideate]
C --> D[Prototype]
D --> E[Test]
E -.->|Iterate| A
E -.->|Iterate| B
ダブルダイヤモンド(英国デザイン協議会 2005)
英国デザイン協議会(Design Council UK)が 2005 年に提唱した「ダブルダイヤモンド」は、デザインシンキングと並ぶ創造的問題解決の代表的なフレームワークです。
ダブルダイヤモンドの 4 段階
- 段階 1:Discover(発散:問題を発見)——顧客・市場・環境の観察で幅広く問題を発見
- 段階 2:Define(収束:問題を定義)——観察から核心的な問題を絞り込む
- 段階 3:Develop(発散:解決策を発想)——絞り込んだ問題に対して多様な解決策を発想
- 段階 4:Deliver(収束:解決策を実装)——最適な解決策を選び、実装
「発散→収束→発散→収束」の 2 つのダイヤモンド形状から「ダブルダイヤモンド」と呼ばれます。デザインシンキングとの違いは、「発散と収束の 2 モード」を明示的に区別する点です。
IDEO /d.school の系譜
デザインシンキングの普及に貢献した 2 大機関を扱います。
IDEO(1991 年設立)
- 米国カリフォルニア州パロアルトに本拠を置くデザイン・イノベーション・コンサルティング会社
- 1991 年に David Kelley、Bill Moggridge、Mike Nuttall によって設立
- Apple のマウス(Apple Mouse)、Palm V などの著名なプロダクトデザインを担当
- 「Design Thinking」の名称と方法論を体系化
Stanford d.school(Hasso Plattner Institute of Design at Stanford、2005 年開設)
- Stanford 大学が 2005 年に開設した学際的デザインスクール
- 創設者は David Kelley(IDEO 創設者)
- 学生・教員・企業パートナーが協業してデザインシンキングを学び・実践
- 世界中の企業がデザインシンキング研修に活用
大企業内でのペルソナ設計
新規事業の顧客理解では、ペルソナ(Persona)と呼ばれる仮想の顧客像を設計します。ペルソナは、実在の顧客インタビューから抽出した典型的な人物像です。
ペルソナに含める 8 項目
- 氏名・年齢・職業・年収
- 家族構成・居住地
- 職務内容・組織での立場
- 抱えている課題・不安・目標
- 情報収集手段(メディア・SNS)
- 購買行動の意思決定プロセス
- 現在使っている代替手段
- 支払い意思額
ペルソナ設計の実務手順
- 顧客インタビュー 15-30 名:既存顧客・潜在顧客・過去に検討したが購入しなかった顧客の 3 分類でインタビュー
- 共通点の抽出:15-30 名から共通する 3-5 タイプのペルソナを抽出
- ペルソナドキュメント化:8 項目をフォーマット化してドキュメント化
- 経営陣・事業部と共有:ペルソナを社内共有し、新規事業の意思決定に活用
インタビュー 5 原則
新規事業の顧客インタビューでは、次の 5 原則を守ります。姉妹コース L2 で扱った「The Mom Test」(Rob Fitzpatrick)を土台に、大企業内応用のポイントを加えます。
原則 1:仮説を検証するのではなく発見する
「私たちの製品を買いますか?」ではなく「あなたの 1 日をどう過ごしていますか?」と聞き、顧客の実生活からジョブを発見します。
原則 2:意見ではなく行動を聞く
「〜だと便利ですか?」ではなく「実際に〜した経験を教えてください」と聞き、意見(未来の予測)ではなく行動(過去の事実)を集めます。
原則 3:具体例を掘り下げる
「なぜ?」を 5 回繰り返して、抽象的な回答から具体的な行動・感情・意思決定に降りていきます(トヨタ生産方式のなぜなぜ 5 回分析の応用)。
原則 4:営業目線を排除する
新規事業 PM は自社製品を売り込むのではなく、顧客の課題を理解する立場に徹します。営業目線でインタビューすると、顧客は「買います」というリップサービスを返します。
原則 5:大企業内の既存顧客との関係を活かす
既存顧客との関係を活かせるのは大企業内の新規事業の強みです。事業部の営業と協業して、既存顧客に「新規事業の仮説検証にご協力ください」と依頼できます。ただし、既存製品を売り込む場ではないことを明確に伝えます。
Innovator's Dilemma の応用:自社にとっての破壊的顧客
Christensen の破壊的イノベーション理論の応用として、「自社にとっての破壊的顧客」を発見する視点があります。
破壊的顧客の 3 特徴
- 既存事業の顧客ではない:既存製品を購入していない層
- 既存製品を「オーバースペック」と感じている:性能過多で価格が高すぎると感じている
- シンプルさ・低価格・使いやすさを求めている:既存事業の競争軸とは異なる価値観
破壊的顧客の発見手順
- 既存事業の顧客セグメントを整理
- 各セグメントの周辺で「使っていない層」「離脱した層」を特定
- 離脱理由・使わない理由をインタビュー
- 「シンプルさ・低価格・使いやすさ」を求めている層を破壊的顧客候補として特定
破壊的顧客に対するアプローチは、既存事業のカニバリリスクを伴います。本コース L6 で扱う「カニバリゼーション対応 4 パターン」を参照してください。
次のステップ
本レッスンでは JTBD 再入門とデザインシンキングを扱いました。次のレッスンでは、顧客と課題を発見した後の「事業構想を可視化する」ツールとして、リーンキャンバスとビジネスモデルキャンバスを深掘りします。
確認クイズ
このレッスンで学んだ内容を確認しましょう。