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スキルアップカレッジ

困難シーン別の 1on1 ②——不調・昇進昇格・退職対話

レッスン4:困難シーン別の 1on1 ②——不調・昇進昇格・退職対話

このレッスンで学ぶこと

  • 不調のサインを 1on1 で拾う 3 層(生理・認知・関係)を理解する
  • メンタル不調を疑ったときの境界線(産業医・EAP への橋渡し)を扱える
  • 昇進昇格面談の型と、配置転換・降格・退職対話の判断軸を学ぶ
  • ICF 倫理規定「クライアントの限界の認識」と、共依存にならないための再契約を身につける

前回のレッスンでは、パフォーマンス管理・低評価メンバーとの 1on1 を扱いました。今回は、困難シーン別の 1on1 の後半として、不調メンバー・昇進昇格面談・退職対話を扱います。マネジャーが「マネジメントの範囲を超える」と感じる場面で、判断軸と境界線を明確にします。

不調のサインを 1on1 で拾う 3 層

メンバーの不調は、突然顕在化するように見えても、実は数週間〜数か月前から微細なサインとして現れていることがほとんどです。1on1 で不調のサインを拾うには、3 つの層に分けて観察します。

第 1 層「生理」は、身体的なサインです。表情の変化、声のトーン、姿勢、目の動き、肌の状態、咳・くしゃみ・かすれ声、休憩や離席の頻度、遅刻・早退の増加、睡眠不足の話題、頭痛・腹痛の言及などです。

第 2 層「認知」は、思考や判断の変化のサインです。集中力の低下、ミスの増加、忘れ物、決断の先送り、過剰な悲観や楽観、被害的な解釈、業務範囲の極端な狭まり、新しい情報への関心の低下などです。

第 3 層「関係」は、人間関係のサインです。同僚との接触頻度の減少、会議での発言の減少、雑談への参加減少、孤立的な行動の増加、家族の話題の極端な増減、上司との対話を避ける、または逆に過剰に依存する傾向などです。

💡 ポイント 1 つのサインだけで判断するのは過剰反応につながります。3 層すべてで複数のサインが同時に観察されたら、不調の可能性を仮説として持ちます。仮説として持つだけで、1on1 の構えが変わります。「最近、調子はどうですか」という抽象的な問いではなく、観察した具体的なサインを 1〜 2 つ共有し、メンバーが話せる場を作ります。

サインを共有する際の表現は、評価ではなく観察として伝えます。「最近、会議での発言が減っているように見えるのですが、何かありますか」のように、具体的な行動を観察事実として共有し、メンバーが説明する余地を残します。「あなたは不調そうですね」のような評価的表現は、防衛反応を引き起こします。

メンタル不調を疑ったときの境界線

不調のサインが続く場合、マネジャーは「メンタル不調」を疑うかもしれません。ここで明確な境界線が必要です。

マネジャーの責任範囲は、不調のサインを 1on1 で観察し、メンバーが話せる場を作り、産業医・EAP(Employee Assistance Program、従業員支援プログラム)への橋渡しをすることです。

マネジャーの責任範囲外は、メンタル不調の診断、医学的判断、治療方針の提案、心理療法の実施、薬の助言などです。これらは産業医・精神科医・臨床心理士などの有資格者の領域です。

⚠️ 注意 マネジャーが「メンバーを助けたい」という善意で、医学的判断や心理療法的な対応に踏み込むことは、メンバーにも組織にも重大なリスクを生みます。マネジャーは助けたくても、専門領域には踏み込まないことが、結果としてメンバーを守ります。本コースは、マネジャーの役割を「橋渡し役」に明確化することを推奨します。

橋渡しの具体的な手順を整理します。

第 1 ステップ「観察と対話」:3 層のサインを観察し、1on1 でメンバーと共有し、メンバー自身の認識を聞きます。

第 2 ステップ「選択肢の提示」:「産業医面談を勧めたい」「人事の EAP を活用してほしい」と選択肢を提示します。強制ではなく、メンバーの判断を尊重します。

第 3 ステップ「業務調整の検討」:医学的判断は産業医に委ねつつ、マネジャーとして業務量の調整、休暇取得の促進、繁忙期業務からの一時的解除などを並行して検討します。

第 4 ステップ「継続的なフォロー」:産業医・EAP に橋渡しした後も、1on1 を継続し、メンバーの状況を見守ります。ただし、医学的判断には踏み込まず、業務上の伴走者としての関わりに留めます。

産業医・EAP・人事は、組織として連携体制を整えておく必要があります。マネジャー個人の判断で全部を抱え込まず、組織のリソースを使うことが、メンバーを守る最大の手段になります。

Job Demands-Resources モデル

不調の構造を理解するフレームとして、「Job Demands-Resources モデル(JD-R モデル)」があります。Arnold Bakker と Evangelia Demerouti が 2007 年に体系化した職務ストレス研究の標準的モデルです。

JD-R モデルは、職務環境を「要求(Demands)」と「資源(Resources)」の 2 軸で捉えます。要求が高く資源が低い状態が続くと、バーンアウト(燃え尽き)に向かいます。要求と資源のバランスが取れている、または資源が要求を上回る状態は、エンゲージメントを生みます。

要求の例 資源の例
業務量の多さ 業務の自律性
時間的圧迫 スキル開発機会
役割の不明確さ 上司・同僚のサポート
感情労働 フィードバック
対立や対立解消 仕事の意味・目的

表 1:JD-R モデルの要求と資源の例。1on1 で不調メンバーと対話する際、要求と資源のどちらが偏っているかを見立てると、業務調整の方向が見えます。

📝 補足 JD-R モデルの含意は、「要求を減らす」だけでなく「資源を増やす」ことも介入の選択肢である、ということです。業務量を減らせない場合でも、自律性を増やす、フィードバックを丁寧にする、業務の意味を再共有するなど、資源側で介入できることがあります。

昇進昇格面談の型

昇進昇格面談は、メンバーにとって人生の重要な節目で、マネジャーの関わり方が長期的なキャリアに影響します。本コースは 2 段階の面談を推奨します。

第 1 段階「昇進前の期待値合わせ」は、昇進が決まる 1〜 3 か月前に持つ対話です。新しい職位で求められる役割、期待される行動、避けるべき行動を共有します。「あなたが新しい役割で輝くために、組織として何を期待するか」を本人と擦り合わせます。

第 2 段階「昇進後の伴走 1on1」は、昇進から 3〜 6 か月の間、頻度を上げて持つ対話です。新しい役割への適応、戸惑い、判断軸の擦り合わせ、人間関係の構築を扱います。新任職位の方は、表向きは平静を装いつつ内心では不安を抱えていることが多く、伴走の質が早期定着を左右します。

🔰 初学者の方へ 昇進した方への 1on1 は、「もう一人前」として手放してしまうマネジャーが多いですが、これは早すぎる手放しです。昇進直後の 6 か月は、新任職位への適応期間で、伴走が必要です。本人が「困っていない」と表現していても、頻度を保ち、対話を続けることが重要です。

昇進が見送られたメンバーへの 1on1 も、避けて通れません。理由を率直に伝え、次の昇進機会に向けた具体的な行動を一緒に設計します。「来期も同じ役割で頑張ってください」だけで終わらせると、メンバーのモチベーションは下がり、離職リスクも高まります。

配置転換・降格を伝える 1on1

組織の決定として配置転換や降格をメンバーに伝える 1on1 は、最も困難な場面の 1 つです。本コースは 3 つの原則を整理します。

第 1 の原則「決定の理由を率直に伝える」です。配置転換や降格が決まった理由(組織の方針、本人のパフォーマンス、適性のミスマッチ、組織再編など)を、率直に伝えます。曖昧にすると、メンバーの不信感が増します。

第 2 の原則「新しい役割の意味と機会を語る」です。配置転換や降格をネガティブな結末としてではなく、新しい役割で発揮できる強みと機会を言語化します。「次の役割で何を得られるか」を一緒に考える時間を取ります。

第 3 の原則「感情を受け止める時間を取る」です。配置転換や降格は、メンバーにとって大きな感情的影響を与えます。怒り、悲しみ、失望、混乱などの感情を、その場で受け止め、次の対話に進む前に十分な時間を取ります。

Stay InterviewExit Interview の中間にある「踏みとどまる対話

メンバーが退職を考え始めたサインを察知したとき、マネジャーが持つ対話を本コースは「踏みとどまる対話」と呼びます。Stay Interview(在籍中の離職予防対話)と Exit Interview(退職時の振り返り対話)の中間にあり、退職を引き止めるよりも、メンバーの本音と組織の現実を擦り合わせる場として設計します。

踏みとどまる対話の 3 つの問いを整理します。

第 1 の問い「何が今、この組織で続ける理由ですか」:メンバーが組織に留まる理由を、本人の言葉で確認します。

第 2 の問い「何が、別の選択肢を考えさせていますか」:退職を考えさせている要因を、率直に話せる場を作ります。

第 3 の問い「何が変われば、留まる判断に近づきますか」:組織として変えられる要因と、変えられない要因を、本人と擦り合わせます。

⚠️ 注意 「踏みとどまる対話」は、引き止めの説得ではありません。メンバーが本気で退職を考えている場合、引き止めの説得は逆効果になることが多くあります。対話の目的は、メンバーが「自分の選択を、自分の言葉で語れる」状態を作ることです。結果として留まることもあれば、退職に進むこともあります。マネジャーは選択を支援する立場で、選択を強制する立場ではありません。

ICF 倫理規定「クライアントの限界の認識」

困難シーン別の 1on1 を扱う本コースの底流に、ICF(国際コーチング連盟)の倫理規定で扱われる「クライアントの限界の認識」の発想を置きます。

コーチング業界の倫理規定では、コーチが対応できる範囲を超える状況(深刻なメンタル不調、自傷他害のリスク、特定の医療判断が必要な場合など)では、有資格者への橋渡しを行うことが明確に求められています。マネジャーの 1on1 にも、同じ発想が適用できます。

💡 ポイント マネジャーが「自分が全部対応する」と思うこと自体が、メンバーへの過剰関与(共依存)と組織への過剰負担を生みます。「マネジャーの責任範囲」と「専門家の領域」を明確に分け、橋渡しの仕組みを使うことが、持続可能な 1on1 運用の基盤です。

共依存にならないための再契約

特定のメンバーとの 1on1 が「マネジャーがいないと回らない」状態になることを、本コースは「共依存」と位置づけます。共依存は、短期的にはマネジャーとメンバーの両方に満足感を与えますが、長期的にはメンバーの自立を妨げ、マネジャーの負担を増やします。

共依存のサインは 3 つあります。第 1 に、メンバーが些細な判断もマネジャーに相談するようになる。第 2 に、マネジャーがメンバーの感情を「自分が支えなければ」と感じる。第 3 に、1on1 の頻度と長さが組織標準を超えて増大する。

共依存に気づいたら、レッスン 1 で扱った「契約と再契約」の発想を持ち込みます。「私たちの 1on1 の関係について、改めて話したい」と切り出し、目的・頻度・範囲を再設計します。場合によっては、社外コーチや人事 HRBP への橋渡しを進めて、関わる人数を増やす設計に切り替えます。

講師の現場メモ

独立後、ある大手 IT 企業で、メンタル不調メンバーへの対応について現場マネジャー向け研修を担当しました。クライアントの組織では、メンタル不調による休職が年間 30 件発生しており、現場マネジャーは「どこまで踏み込むべきか」「どう声をかけるべきか」に戸惑っていました。

研修の冒頭、私はマネジャー 60 名に「メンバーが不調そうに見えたとき、あなたはどう対応していますか」と尋ねました。回答は 3 つに区分されました。「何も気づかないふりをする」が 30%、「直接『大丈夫?』と聞く」が 40%、「自分が支援しようと業務を引き取る」が 30%。それぞれに、避けるべき問題がありました。気づかないふりはサインの見落とし、直接の問いはメンバーの防衛反応、業務の引き取りは共依存とパフォーマンス問題の隠蔽。

私が研修で伝えたのは、本レッスンで扱った「3 層のサイン観察」「観察事実の共有」「産業医・EAP への橋渡し」の 3 ステップでした。マネジャーの責任範囲を明確化し、医学的判断には踏み込まないことを徹底しました。

研修から半年後、クライアントの人事責任者から興味深いフィードバックがありました。「マネジャーが産業医面談を勧める件数が、3 倍に増えました。早期の段階で橋渡しが進み、結果としてメンタル不調による休職件数が前年の 30 件から 18 件に減りました」。マネジャーが「全部抱えない」設計が、結果としてメンバーを守り、組織全体のメンタルヘルスを改善しました。

退職対話で印象に残っているのは、ある若手エンジニアの「踏みとどまる対話」です。退職届を持ってきた彼に、上司である課長は「何が変われば、留まる判断に近づきますか」と問いました。彼は長く考えた後、「実は、退職したいわけではなく、隣のチームの仕事に挑戦したかった。それを言い出せず、退職を選んでしまった」と話しました。組織として隣のチームへの異動を可能にし、彼は留まりました。1 年後、彼は隣のチームで活躍するエンジニアになっていました。

引き止めの説得ではなく、メンバーが「自分の選択を、自分の言葉で語れる」場を作ることが、本人にも組織にも最良の結果を生む——この経験から、私は「踏みとどまる対話」の設計を体系化しました。本コースが、皆さんの組織で同じ場面に立つマネジャーの助けになることを願っています。

まとめ

このレッスンでは、以下のことを学びました。

  • 不調のサインは 3 層(生理・認知・関係)で観察し、複数のサインが同時に現れたら仮説として持つ
  • メンタル不調を疑ったときのマネジャーの責任範囲は「観察・対話・産業医 EAP への橋渡し」、責任範囲外は「診断・医学的判断・治療方針」
  • 橋渡しは 4 ステップで進める:観察と対話 → 選択肢の提示 → 業務調整の検討 → 継続的なフォロー
  • Job Demands-Resources モデル(Bakker & Demerouti 2007)は、要求と資源のバランスで不調の構造を捉える
  • 昇進昇格面談は 2 段階:昇進前の期待値合わせと昇進後の伴走 1on1(3〜6 か月)
  • 配置転換・降格を伝える 1on1 の 3 原則:決定の理由を率直に伝える・新しい役割の意味と機会を語る・感情を受け止める時間を取る
  • 「踏みとどまる対話」は引き止めの説得ではなく、メンバーが自分の選択を語れる場として 3 つの問いで設計する
  • ICF 倫理規定「クライアントの限界の認識」を 1on1 にも適用し、有資格者への橋渡しを仕組み化する
  • 共依存(マネジャーがいないと回らない状態)に気づいたら、「契約と再契約」で目的・頻度・範囲を再設計する

次のレッスンでは、ライフステージとキャリアステージ別の 1on1 最適化を扱います。Beane 5 ライフステージSchein キャリアサイクル 9 段階、Z 世代/ミドル/シニア/再雇用世代別の対話設計、育休復職・介護・通院加療中・キャリアブレイク復帰メンバーへの 1on1 を学びます。


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