横断連携と組織政治——他部署・他組織と動かす
レッスン6:横断連携と組織政治——他部署・他組織と動かす
このレッスンで学ぶこと
- 中間管理職にとって横断連携が宿命的な業務である理由を理解する
- 組織政治を構造的に捉える視点を、ジェフリー・フェファーやヘンリー・ミンツバーグの整理から学ぶ
- 不健全な政治と健全な調整の境界を引き、ステークホルダー・マップで関係者を整理する
- ロバート・チャルディーニの影響力の 6 タイプを使って、他部署を動かす技術を扱える
前回のレッスンでは、部下マネジャーの育成を扱いました。今回は、中間管理職が日々向き合う「横断連携と組織政治」を扱います。階層をまたぐ Managing Up に加えて、左右に広がる他部署・他組織との関わりが、中間管理職の業務の半分以上を占めるようになります。
ミドルマネジャーの横断連携は宿命
中間管理職になると、自分の部署内で完結する業務は急速に減ります。新しいプロジェクトを進めるには他部署の協力が必要で、予算配分は他部署との競合の中で決まり、顧客対応は複数部署を横断します。社内外のステークホルダーを動かす技術が、業務の中核に組み込まれます。
横断連携が中間管理職の宿命である理由は、組織構造そのものにあります。事業会社の組織は、機能(営業・開発・製造・人事など)と地域(国内・海外、東京・大阪など)と顧客セグメント(法人・個人など)の組み合わせで分割されています。一つの仕事を完結させるには、これらの分割線を越える調整が必要になります。
💡 ポイント 横断連携を「やりたくない仕事」「政治的で疲れる」と捉えるか、「中間管理職の付加価値の源泉」と捉えるかで、日々の働き方が変わります。本レッスンは後者の立場で設計しています。横断連携の質が中間管理職としての実力を測る重要な指標です。
新任マネジャー時代には、自部署内のメンバーマネジメントが中心で、横断連携は限定的でした。中間管理職になると、横断連携が「業務の半分以上」を占めるようになります。これは時間配分の問題だけでなく、エネルギーと注意の配分の問題でもあります。
組織政治を構造的に理解する
「組織政治」という言葉には負のイメージがつきまといます。陰湿な派閥争い、根回し、社内の足の引っ張り合いを連想する方が多いはずです。これらは確かに組織政治の一面ですが、組織政治全体を表すものではありません。
組織政治を体系的に研究した古典的な経営学者の 1 人が、スタンフォード大学のジェフリー・フェファーです。著書『Power: Why Some People Have It—and Others Don't』(2010 年)や『Managing With Power』(1992 年)で、組織における権力と政治を率直に論じてきました。フェファーの基本主張は、「組織には限られた資源と多様な利害があり、その配分を巡る相互作用が組織政治である」というものです。
カナダの経営学者ヘンリー・ミンツバーグも、組織の中での権力と政治を構造的に扱いました。『Power In and Around Organizations』(1983 年)などの著作で、組織の中の異なる利害集団(経営陣、中間管理職、現場、専門家、支援機能、外部影響者)が、それぞれの利益を追求しながら相互作用する場として組織を描きました。
これらの研究が示すのは、組織政治は「無くせるもの」ではなく「組織に内在する構造」だということです。複数の利害が並存する以上、調整は避けられず、調整のプロセスが組織政治です。
📝 補足 組織政治を否定的にだけ捉えると、「政治に関わらない」「政治を避ける」スタンスを取ることになります。しかし、組織政治を避けることは、組織内での影響力を放棄することと同じです。中間管理職として組織を動かす責任を負う以上、組織政治の構造を理解し、健全に関与する技術が必要になります。
不健全な政治と健全な調整の境界
組織政治には不健全な側面と健全な側面の両方があります。境界を引くことで、避けるべき行為と引き受けるべき行為を区別できます。
不健全な政治の典型例は、3 つあります。
第 1 に、陰口や中傷です。直接当事者と話さず、第三者経由で批判を広げる行為です。短期的には情報伝達の速度は速いかもしれませんが、信頼を長期的に損ねます。
第 2 に、情報の隠匿と独占です。自分の権力を保つために情報を抱え込み、他者の判断を妨げる行為です。中間管理職が情報を独占すると、組織の判断の質が下がります。
第 3 に、不必要な派閥形成です。組織横断の課題があるとき、解決に向かう連携ではなく、派閥への忠誠を試す行為です。組織のエネルギーを内向きに消費します。
健全な調整の典型例も 3 つあります。
第 1 に、事前のすり合わせです。重要な意思決定の前に、関係者の意向を個別に確認し、会議で揉めずに済む状態を作ります。日本企業では「根回し」と呼ばれることが多く、否定的に捉えられがちですが、組織横断の意思決定では機能的な技術です。
第 2 に、利害の言語化です。各部署の利害や懸念を率直に言葉にすることで、対立の構造を共有財産にします。「うちはこの点が困る」「あなたの部署にとってこのリスクがある」と互いに言語化することで、調整の素材が揃います。
第 3 に、共通利益の構築です。それぞれの部署の利益を犠牲にして全体最適を押し付けるのではなく、複数部署が同時に得をする設計を探します。これは創造的な作業であり、中間管理職の付加価値の発揮どころです。
⚠️ 注意 不健全な政治と健全な調整は、行為の見た目では区別が難しいことがあります。同じ「根回し」でも、当事者と直接対話している前提があれば健全な調整で、当事者を飛ばして第三者を動員すれば不健全な政治です。境界は「当事者性」「透明性」「目的の妥当性」の 3 つで判断します。
ステークホルダー・マップ
横断的な仕事を進めるとき、関係者を整理する道具がステークホルダー・マップです。プロジェクトマネジメント分野で広く使われるツールで、中間管理職の日常業務でも有用です。
ステークホルダー・マップの基本形は、2 軸のマトリクスです。横軸は「関心の高さ」、縦軸は「影響力の大きさ」を取ります。
| 影響力:低 | 影響力:高 | |
|---|---|---|
| 関心:高 | 情報共有を維持 | キーパートナーとして密に協働 |
| 関心:低 | 状況の変化を監視 | 必要時の関心を高める |
表 1:ステークホルダー・マップの基本配置。象限ごとに異なる関わり方の方針を持ちます。
右上の象限(関心高・影響力高)に位置する関係者が、横断的な仕事の成否を左右します。中間管理職は、彼らとの関係を日常的に維持し、重要な意思決定の前に意向を確認する習慣を持ちます。
右下の象限(関心低・影響力高)の関係者には、必要な場面で関心を高めてもらう働きかけが必要です。普段は接点が少なくても、重要な局面で支援者になってもらうための準備を進めます。
左上の象限(関心高・影響力低)の関係者には、情報共有を維持することで、不満を未然に防ぎます。「自分は関係者なのに知らされていない」という感覚は、不信感の温床になります。
左下の象限(関心低・影響力低)の関係者には、状況の変化を監視する程度で十分です。ただし、状況が変わって象限を移動することもあるため、定期的な見直しは必要です。
影響力の 6 タイプ(Cialdini)
他者を動かす技術の古典として、社会心理学者ロバート・チャルディーニの『影響力の武器』(1984 年初版、邦訳あり)で示された影響力の 6 タイプがあります。マーケティングや営業の文脈で語られることが多いですが、組織内の影響力にも応用できます。
第 1 のタイプは「返報性」です。先に何かを与えると、相手は返したくなる心理です。横断連携では、他部署からの依頼に先に応えることで、自分の依頼が通りやすくなります。
第 2 のタイプは「コミットメントと一貫性」です。一度言葉にしたことや小さな約束は、後の行動に影響します。横断連携では、相手から「協力する」という小さな言葉を引き出すことで、後の本格的な協力につながります。
第 3 のタイプは「社会的証明」です。他者がやっていることは正しいと感じる心理です。横断連携では、「ほかの事業部も同じアプローチを進めている」という情報が、保守的な部署を動かす材料になります。
第 4 のタイプは「好意」です。好きな相手の依頼は受け入れやすくなります。横断連携では、日常的な関係構築(雑談、ランチ、共通の話題)が、いざというときの依頼を通りやすくします。
第 5 のタイプは「権威」です。専門家や上位者の意見は影響力が大きくなります。横断連携では、上司や経営層の支持を背景に持つことで、依頼の重みが増します。
第 6 のタイプは「希少性」です。限られた機会や時間制約は行動を促します。横断連携では、「この機会を逃すと次は半期後」という言葉が、判断の先送りを防ぎます。
🔰 初学者の方へ 影響力の 6 タイプは、悪用すれば操作に使えますが、適切に使えば組織を動かす技術です。境界線は「相手の利益を考えているか」「透明な情報提供か」の 2 点です。相手の利益を犠牲にして自分の利益だけを追求する使い方は、長期的な信頼を損ねます。
横断プロジェクトの動かし方
複数部署が関与する横断プロジェクトを動かす中間管理職の役割は、関係者の合意形成と進捗の維持です。3 段階で動かします。
第 1 段階は「合意形成の設計」です。キックオフ前に、ステークホルダー・マップで関係者を整理し、影響力の大きい部署のキーパーソンに個別に事前すり合わせを行います。「このプロジェクトの方向性で合意できるか」「懸念点はあるか」を確認し、キックオフ時には大きな対立が出ない状態を作ります。
第 2 段階は「運営の設計」です。意思決定の仕組み(誰がいつ何を決めるか)、情報共有の仕組み(議事録、定例会、緊急連絡網)、評価の仕組み(成功基準と途中チェックポイント)を文書化します。文書化された仕組みが、政治的な逸脱を防ぎます。
第 3 段階は「継続的な調整」です。プロジェクト進行中に新しい情報や状況変化が起きるたびに、関係者の意向を再確認し、必要に応じて方向修正を提案します。継続的な調整こそが、横断プロジェクトを失敗させない最大の鍵です。
社内対立への対処
組織内では、利害の異なる部署同士の対立が日常的に発生します。中間管理職が対立に巻き込まれたり、対立の解消役を求められたりする場面は珍しくありません。
対立への対処として、3 つの原則を持ちます。
第 1 の原則は「当事者同士の直接対話を促す」です。対立の当事者同士が直接話さず、第三者経由で批判が広がる状況は、組織のエネルギーを最も損ねます。中間管理職は、当事者同士の対話の場を設定する役割を引き受けます。
第 2 の原則は「対立の構造を可視化する」です。対立の表面(誰が何を言っているか)ではなく、構造(どの利害がぶつかっているか)に焦点を当てます。「あなたの部署はこの利害、私の部署はこの利害、その衝突点はここ」と整理することで、対立の感情から構造への議論に移れます。
第 3 の原則は「上位者の判断を仰ぐタイミングを見極める」です。中間管理職の対話で解消しない対立は、上位者の判断が必要になることがあります。早すぎる上位者への持ち込みは中間管理職の機能放棄であり、遅すぎる持ち込みは組織の判断遅延を招きます。「自分たちで解消できない、かつ事業に影響が出始める」段階で持ち込むのが目安です。
講師の現場メモ
事業部長代理として、私はある全社横断プロジェクトのリーダー役を経験しました。営業・開発・製造の 3 部門が関わる新規顧客対応プロセスの再設計で、3 部門それぞれに異なる利害がありました。
営業部は、顧客対応の柔軟性を最大化したいと考えていました。開発部は、対応の標準化により開発工数を削減したいと考えていました。製造部は、顧客個別対応による生産計画の混乱を避けたいと考えていました。3 つの利害は明らかに衝突しており、初期の会議では議論が紛糾しました。
私は、最初の会議で何も決めずにすぐ解散しました。その後の 1 か月、私は 3 部門の中間管理職と個別に 1 時間ずつ対話を重ねました。それぞれの部署の利害、懸念、優先順位を率直に聞き、互いに何を理解していないかを把握しました。
ステークホルダー・マップを描いてみると、3 部門の中間管理職に加えて、各部門の役員、顧客窓口の現場リーダー、IT 部門の責任者が関係者として浮かびました。右上の象限(関心高・影響力高)に位置するのは 3 部門の役員と中間管理職で、彼らとは密な対話を続けました。
調整の中で見つかった糸口は、顧客対応を「定型・準定型・個別」の 3 区分に分けることでした。定型対応は標準化して開発部の負荷を下げる、準定型対応は営業部に柔軟性を保ちつつ製造部の生産計画への影響を最小化する、個別対応は事前合意で受注し製造部の混乱を防ぐ。3 区分のそれぞれが、3 部門の利害の一部を満たす設計でした。
この設計を、3 部門の中間管理職と一緒に 2 か月かけて作り上げ、その後の全体会議で提案しました。事前すり合わせを丁寧に重ねていたため、会議では大きな対立は出ず、3 部門の役員も「これなら受け入れられる」と判断しました。
このプロジェクトを通じて、私が学んだのは、横断連携の核心は「会議の場での議論」ではなく「会議の前の対話」にあるということです。中間管理職の本当の仕事は、目に見えないところでの調整にあります。会議で派手に議論する技術よりも、地味で時間のかかる事前対話を続ける忍耐の方が、結果として組織を動かします。
組織政治を「やりたくない仕事」と感じる時期もありました。けれども、政治を避けると組織は動かず、政治に呑まれると自分が消耗します。「健全に関与する」という第三の道を見つけることで、中間管理職としての仕事が成立します。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- 横断連携は中間管理職の宿命であり、業務の半分以上を占める中核業務である
- 組織政治は無くせるものではなく、組織に内在する構造である。フェファーやミンツバーグの研究が、限られた資源と多様な利害の調整プロセスとして政治を位置づけた
- 不健全な政治(陰口、情報隠匿、不必要な派閥)と健全な調整(事前すり合わせ、利害の言語化、共通利益の構築)の境界は、当事者性・透明性・目的の妥当性で判断する
- ステークホルダー・マップは関心と影響力の 2 軸で関係者を整理する道具で、右上の象限(関心高・影響力高)が成否を左右する
- チャルディーニの影響力の 6 タイプ(返報性、コミットメントと一貫性、社会的証明、好意、権威、希少性)は、組織内の関係構築にも応用できる
- 横断プロジェクトは、合意形成の設計、運営の設計、継続的な調整の 3 段階で動かす
- 社内対立は、当事者同士の直接対話を促す、構造を可視化する、上位者の判断を仰ぐタイミングを見極める、の 3 原則で対処する
次のレッスンでは、中間管理職に求められる「数字とリソース配分」を扱います。部門予算、人員計画、KPI と OKR の使い分け、削減判断の作法、財務指標との接続を学びます。
確認クイズ
このレッスンの理解度をチェックしましょう。