上司との関わり(Managing Up)——「上に効く」マネジメント
レッスン2:上司との関わり(Managing Up)——「上に効く」マネジメント
このレッスンで学ぶこと
- Managing Up の定義と、ピーター・ドラッカーとジョン・ガバロが示した整理を理解する
- 「上司も人間」という前提から、上司の 4 タイプとの付き合い方を学ぶ
- 上司の上司の視座を借りる発想を持つ
- 期待のすり合わせと、報告・相談の設計、上司との対立への対処方法を身につける
前回のレッスンでは、新任マネジャーと中間管理職が別の山を登る職種であり、直接マネジメントから間接マネジメントへの転換が中間管理職の最大の壁であることを学びました。今回からは、中間管理職としての日常で大きな比重を占めるテーマを順に扱います。最初のテーマは「上司との関わり」です。
Managing Up とは何か
Managing Up(マネージング・アップ)とは、自分の上司を含む上位の階層との関係を、自分の責任として能動的に設計し運用する考え方と技術を指します。日本語では「上司マネジメント」「上に効くマネジメント」と訳されることもあります。中間管理職にとって、部下マネジメントと並ぶ二本柱の片方として位置づけられます。
経営学者ピーター・ドラッカーは 1960 年代から、上司との関わりを「マネジメントの一部」として明確に扱いました。著書『経営者の条件』の中で、上司を取り扱うことは部下を取り扱うことと同じくらい重要であり、上司に自分の強みを使ってもらうのは部下の責任である、と述べています。
ハーバード・ビジネス・スクールの組織行動学者ジョン・ガバロは、1980 年に同僚のジョン・コッターと共著の論文「Managing Your Boss」(『Harvard Business Review』)でこの概念を体系化しました。ガバロらは、上司との関係構築が失敗するのはたいてい「上司を理解する努力が足りない」「自分の側のニーズや強みを上司に伝える努力が足りない」の 2 つに集約されると示しました。
💡 ポイント Managing Up の核心は「上司を変えようとする」ことではなく、「上司と自分の関係を設計する責任を自分が持つ」ことです。上司の性格や能力を変えるのは難しい一方で、関係の設計は自分の側からでも始められます。
中間管理職にとって Managing Up が特に重要な理由は 3 つあります。第 1 に、自分が上司に伝える情報の質が、組織全体の意思決定の質を左右するためです。第 2 に、上司の信頼を得られないと、自分が部下マネジャーに与える権限や自由度が制約されるためです。第 3 に、中間管理職は経営層と直接対話する機会が限られており、上司との関係が経営層への接続の窓口になるためです。
「上司も人間」という前提
Managing Up の出発点は、「上司も人間である」という当たり前の前提を改めて確認することです。
中間管理職になりたての方は、上司を「指示を出す機械」「評価を下す審判」のように捉えがちです。実際の上司は、過去のキャリアと現在の役割の中で動き、得意分野と苦手分野を持ち、不安や迷いを抱えながら判断しています。経営層からのプレッシャーを受けつつ、自分の部下である中間管理職をどう育てるかを考えています。
この当たり前を意識すると、関わり方が変わります。「上司は何を不安に思っているか」「上司の上司から何を求められているか」「上司は何が得意で、何を任せたら喜ぶか」を観察対象として持てるようになります。上司を観察するのは「媚びを売る」ためではなく、関係の設計に必要な情報を集めるためです。
⚠️ 注意 「上司も人間」という認識は、上司の判断や指示を盲目的に受け入れることを意味しません。むしろ逆で、上司が完璧でないことを認めるからこそ、自分が情報提供や反論を含む能動的な働きかけをする責任が生まれます。
上司の 4 タイプと付き合い方
上司を一律に扱うのは現実的ではありません。本レッスンでは、中間管理職が日常的に出会う上司を 4 つのタイプに整理して、それぞれの付き合い方の指針を示します。タイプ分けは便宜的なものであり、現実の上司は複数タイプの組み合わせです。
第 1 のタイプは、任せきり型です。「お前に任せたから自由にやれ」と権限を委ねる代わりに、細かい状況把握には関心が薄いタイプです。自由度が高いのは利点ですが、報告不足から認識のずれが大きくなる危険があります。付き合い方として、定例の報告タイミングを自分から設計し、上司が知っておくべき情報を「忘れた頃に届ける」習慣を持つことが有効です。
第 2 のタイプは、マイクロ型です。細かい指示を頻繁に出し、進捗を逐一確認したいタイプです。自由度は下がりますが、上司の意図は明確で迷いにくい利点があります。付き合い方として、上司が見たい情報を先回りして提供することで、上司の不安を減らし、徐々に自由度を獲得していく戦略が有効です。先回りの情報提供を続けると、上司は「この人は任せても大丈夫」と判断する材料を持ちます。
第 3 のタイプは、ビジョン型です。大きな方針や夢を語るのは得意だが、具体策や実務の細部は苦手というタイプです。スタートアップ創業者や事業立ち上げ経験者に多い傾向があります。付き合い方として、ビジョンを具体策に翻訳する役を自分が引き受け、「あなたのビジョンを現場でこう実現します」という形で対話することで、信頼関係が深まります。
第 4 のタイプは、実務型です。現場の細部まで把握し、具体的な指示を出すのは得意だが、長期ビジョンや組織全体の方向性を語るのが苦手なタイプです。叩き上げの管理職に多い傾向があります。付き合い方として、長期視点や横断的な論点を上司に提供する役を自分が引き受け、上司が経営層と話す際の素材を提供することで、補完関係を作ります。
📝 補足 どのタイプの上司も「悪い上司」ではありません。それぞれに強みと弱みがあり、中間管理職である自分の側がその差を埋める努力をするのが Managing Up の発想です。上司の弱みを批判しても関係は良くなりません。
上司の上司の視座を借りる
中間管理職が Managing Up で意識すべき独自の発想が、「上司の上司の視座を借りる」ことです。
上司は単独で意思決定しているわけではなく、自身の上司(多くの場合は部長・本部長・役員)の期待と評価の中で動いています。上司に何かを提案したり、上司を説得したりするとき、「上司の上司から見たらどう映るか」を意識すると、上司にとって採用しやすい提案になります。
例えば、新しいプロジェクトの予算を上司に要求するとき、「自分の部署で必要だから」と説明するよりも、「上司の上司が今期重視している経営課題に直結する投資だから」と整理した方が、上司は経営層への説明材料を持って判断できます。上司が判断しやすい情報の渡し方そのものが、Managing Up の中核技術です。
上司の上司の視座を知るには、3 つの情報源を組み合わせます。1 つ目は、経営会議の議事録や中期経営計画など公式の文書です。2 つ目は、上司との 1on1 で「上司の上司は今何を気にしているか」を率直に聞くことです。3 つ目は、隣の部署の中間管理職や、過去に上司の上司と関わった先輩から間接的に情報を得ることです。
期待のすり合わせ
上司との関係で最大の事故源は「期待のずれ」です。上司は伝えたつもりで伝わっていない、中間管理職は理解したつもりで理解していない、という二重のずれが、長期的な信頼の喪失につながります。
期待のすり合わせを設計する 3 つの場面を整理します。
第 1 の場面は、着任時のすり合わせです。新しい上司を迎えたとき、または自分が新しい職位に就いたときに、上司が自分に何を期待しているかを 30 〜 60 分の時間を取って言葉にしてもらうセッションを持ちます。「上司が私に最も期待しているのは何か」「私が外してはいけないものは何か」「半年後にどんな状態になっていれば成功と評価するか」の 3 つを問います。
第 2 の場面は、期初・期央・期末のすり合わせです。期初に目標を共有しただけで放置すると、期末に「思っていた成果と違う」となりがちです。期初に目標を、期央に進捗と再調整を、期末に振り返りと次期の準備をすり合わせる年 3 回のリズムを設計します。
第 3 の場面は、重要な意思決定の前のすり合わせです。組織を大きく変える人事、外部との重要な契約、予算配分の方向性などは、決めてから報告するのではなく、決める前に上司の意向を確認します。「私はこう判断しようとしていますが、何か違和感はありませんか」と尋ねる短い対話だけで、後の事故を大幅に減らせます。
🔰 初学者の方へ 「期待のすり合わせ」と聞くと「上司の機嫌を取る」ように響くかもしれませんが、これは事故防止の技術です。上司の好みに迎合することではなく、上司と自分の認識のずれを早期に発見し、互いに調整する技術です。
報告と相談の設計
期待のすり合わせの基盤として、日常の報告と相談の設計があります。中間管理職が上司に何を、いつ、どのように伝えるかを意識的に設計することで、上司の不安を減らし、自分の自由度を増やします。
報告の 3 原則として、「速さ・要点・選択肢」を意識します。第 1 に、悪い情報ほど早く伝えます。問題が顕在化する前に、リスクの段階で共有することで、上司は判断する時間を持てます。第 2 に、要点を先に伝えます。背景や経緯から始めるのではなく、「結論は A です。理由は 3 点」の順で伝えることで、忙しい上司の時間を節約します。第 3 に、選択肢を提示します。「A と B の選択肢があり、私は A を推奨します。理由は」と整理することで、上司は判断しやすくなり、中間管理職の思考の質も評価できます。
相談の 3 原則として、「早期・準備・依頼内容の明示」を意識します。第 1 に、判断に迷ったら早期に相談します。決断直前ではなく、選択肢を検討している段階で相談することで、上司の知見を借りられます。第 2 に、相談前に自分なりの整理を持ちます。「どう思いますか」と丸投げするのではなく、「私の整理ではこうですが、見落としはありますか」と問うことで、対話の質が上がります。第 3 に、相談時に依頼内容を明示します。「決めてほしい」のか「意見を聞きたい」のか「情報を共有したい」のかを冒頭で伝えることで、上司は適切な深さで関わります。
上司との対立への対処
Managing Up を磨いても、上司との意見対立は避けられません。中間管理職としての成熟度は、対立を健全に扱える技術にも表れます。
対立への対処として、3 つの段階を意識します。
第 1 段階は、正面から伝えることです。上司の判断に違和感があるとき、まずは 1on1 の場で率直に伝えます。「私は別の見方をしています。理由は」と整理した上で、上司の判断材料に新しい情報を加えます。この段階で多くの対立は解消します。
第 2 段階は、選択肢として残すことです。正面から伝えても上司の判断が変わらないとき、自分の見解を「記録に残す」形で文書化し、上司にも共有します。「私は別の見方を持っていることを記録します。判断は上司に従いますが、結果を振り返るときの材料として残します」と伝えます。これは反抗ではなく、後日の振り返りを建設的にする準備です。
第 3 段階は、自分の境界線を確認することです。上司の判断が法令・倫理・自分の核となる価値観に反すると感じる場合、自分の境界線を確認します。コンプライアンス窓口への相談、人事部への相談、最終的には自分のキャリア選択を考えるなど、選択肢は段階的に存在します。中間管理職は組織の一員でありつつ、自分の判断と倫理を持つ個人でもあります。
⚠️ 注意 上司との対立は感情的になりやすい場面です。怒りや失望のエネルギーを「正面から伝える」段階で使うのではなく、まず一晩寝てから、整理した言葉で対話する習慣を持つことが、長期的な関係維持に役立ちます。
講師の現場メモ
私が大手電機メーカーで次長を務めていたとき、本部長との関係に長く悩んだ時期がありました。
本部長は典型的なマイクロ型で、月に 1 度の事業部会議では資料の細部までチェックし、私が提案した戦略にも逐一細かい修正を入れる方でした。最初の半年、私は「自分の戦略思考を信頼してくれていない」と感じ、本部長との関係が表面的なものになっていました。会議で議論しても、結局は本部長の判断に従うことになるため、私の提案も次第に「本部長が好みそうな線」に寄っていきました。
転機は、入社 3 年目の若手社員から言われた一言でした。「石川さんは本部長との会議の前、いつも疲れた顔をしています」。自分でも気づいていなかったのですが、本部長との関わりが私の表情に出ていたのです。
その夜、私は Managing Up を学び直しました。本部長を「マイクロ型」として捉え直し、本部長が見たい情報を先回りで提供することにしました。月例会議の 2 週間前に、本部長が気にしそうな数字 5 種類を整理して送る。会議の 1 週間前に、私の戦略提案の 3 つの選択肢と推奨を文書で先送りする。会議当日は、本部長の質問の 7 割を先回りで回答済みの状態にする。
これを 3 か月続けたところ、本部長の反応が変わりました。「石川は私の知りたい情報を先回りでくれる。私は安心して任せられる」。私への自由度が増え、戦略提案の幅も広がりました。月例会議が、私を試す場から、私と本部長が共に組織を動かす場に変わりました。
この経験から私が学んだのは、Managing Up は上司の好みに媚びることではなく、上司の不安を理解して情報の設計で応えることだということです。上司が安心するほど、中間管理職は自由になります。「上司を変える」のではなく「上司との関係を設計する」発想が中間管理職を救います。
独立後にお会いした中間管理職の方々から、上司との関係の悩みを聞かない月は 1 度もありません。誰もが上司に悩み、誰もがその悩みを誰にも言えずに抱えています。Managing Up は、その悩みを言語化する道具です。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- Managing Up は上司を含む上位の階層との関係を、自分の責任として能動的に設計する考え方と技術である
- 出発点は「上司も人間」という前提で、上司を観察対象として持つ
- 上司は便宜的に 4 タイプ(任せきり型・マイクロ型・ビジョン型・実務型)に分けられ、それぞれに応じた付き合い方がある
- 上司の上司の視座を借りると、上司にとって採用しやすい提案ができる
- 期待のすり合わせは着任時・期初期央期末・重要な意思決定の前の 3 場面で設計する
- 報告は速さ・要点・選択肢の 3 原則、相談は早期・準備・依頼内容の明示の 3 原則で運用する
- 上司との対立は、正面から伝える・選択肢として残す・自分の境界線を確認する、の 3 段階で扱う
次のレッスンでは、中間管理職の中核業務である「戦略を現場に翻訳する」技術を扱います。経営層から下りてくる戦略や方針を、現場が動ける形に再構成して伝える 4 ステップを学びます。
確認クイズ
このレッスンの理解度をチェックしましょう。