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スキルアップカレッジ

金融業のバリューチェーンと収益モデル——資金仲介・決済・リスク移転の三角形

レッスン2:金融業のバリューチェーンと収益モデル——資金仲介決済・リスク移転の三角形

このレッスンで学ぶこと

  • Michael Porter のバリューチェーンの金融業版
  • 3 領域の収益モデル比較(銀行・証券・保険)
  • 「安全性・収益性・流動性のトリレンマ」の三角形
  • 金融機関の典型組織(フロント/ミドル/バックの 3 層と機能配置)
  • 主要 KPI 比較(銀行 ROE /OHR、証券 AUM、保険 ソルベンシーマージン/Combined Ratio

前回の振り返り

レッスン 1 では、金融業の現在地として、3 大領域(銀行・証券・保険)、日本経済での位置(預金取扱機関総資産約 2,300 兆円・生保総資産約 400 兆円・投信純資産約 350 兆円)、3 大機能(資金仲介・決済・リスク移転)、4 つの構造変化(金利環境転換・少子高齢化・DX /フィンテック・ESG)、3 つの共通言語(信用・情報・時間)を学びました。今回は、業界全体の「地図」としてバリューチェーンと業態別収益モデルを扱います。


Michael Porter のバリューチェーンと金融業版

バリューチェーン(Value Chain、価値連鎖)は、ハーバード・ビジネス・スクールの Michael Porter 教授が 1985 年の著書『Competitive Advantage』で体系化した概念です。企業が顧客に価値を届けるまでの活動を「主活動」と「支援活動」に分解し、どの段階で価値が生み出されるかを可視化します。

金融業のバリューチェーンは、本コースでは次の 6 段階で整理します。

  • 第 1 段階:商品開発(Product Development):預金商品・貸出商品・投信・保険商品を企画・設計する
  • 第 2 段階:顧客開拓・営業(Marketing & Sales):個人・法人顧客との接点を作り、商品を販売する
  • 第 3 段階:審査・引受(Underwriting):貸出審査・IPO 引受審査・保険引受査定・与信判断を行う
  • 第 4 段階:取引執行・オペレーション(Execution & Operations):預金入出金・貸出実行・株式売買執行・保険料徴収・保険金支払を担う
  • 第 5 段階:資産運用・投資管理(Asset Management):預金の運用・保険積立金の運用・自己勘定投資を行う
  • 第 6 段階:アフターサービス・CRM(Customer Support):顧客対応・満期案内・請求受付・クレーム対応
flowchart LR
  A[1 商品開発<br/>企画 設計] --> B[2 営業<br/>個人 法人]
  B --> C[3 審査 引受<br/>与信 引受]
  C --> D[4 執行<br/>取引 オペ]
  D --> E[5 資産運用<br/>投資管理]
  E --> F[6 アフター<br/>CRM]

  Support[支援活動: リスク管理 コンプライアンス IT 経営企画 人事 内部監査] -.- A
  Support -.- B
  Support -.- C
  Support -.- D
  Support -.- E
  Support -.- F

図1:金融業のバリューチェーン 6 段階と支援活動。金融業の支援活動には「リスク管理」「コンプライアンス」「内部監査」が独立機能として置かれるのが特徴

金融業のバリューチェーンで特徴的なのは、支援活動に「リスク管理」「コンプライアンス」「内部監査」が独立した機能として置かれることです。他業種では総務・法務の一部として扱われる領域ですが、金融業では 3 大リスク(信用・市場・オペ)を専門管理する部門、AML/KYC を専門とする部門、規制対応を専門とする部門が独立し、時に本部の 30 〜 40 % の人員がこれらの管理機能に配置されます。「他人のお金を預かる業界」ゆえの重い構造です。

💡 ポイント 金融業のバリューチェーンは、他業種と比べて「支援活動」の比重が異常に大きいのが特徴です。リスク管理・コンプライアンス・内部監査に本部人員の 30 〜 40 % が割り当てられることも珍しくなく、これが金融業の高コスト構造の一因になっています。


3 領域の収益モデル比較

3 大領域の収益モデルは大きく異なります。それぞれの構造を整理します。

銀行——資金利益役務取引等利益

銀行の収益は 2 階建てです。資金利益利ざや貸出金利 − 預金金利)と非資金利益(役務取引等利益 = 手数料・投信販売・為替・保険窓販)の合計で、業務粗利益が構成されます。

伝統的には資金利益が中心(比率 70 〜 80 %)でしたが、マイナス金利政策時代(2016 〜 2024)に利ざやが極端に薄くなり、非資金利益への依存度が高まりました。2024 年 3 月のマイナス金利解除後は資金利益が回復傾向にありますが、非資金利益の重要性は継続しています。

業務純益 = 業務粗利益 − 経費経費率OHR = Overhead Ratio = 経費 / 業務粗利益)が銀行の効率性の重要指標です。三大メガバンクの OHR は 60 % 前後、地銀は 70 〜 80 %、ネット銀行は 40 〜 50 % が目安です。

さらに、信用コスト(貸倒引当金繰入・貸出金償却)を引いて実質業務純益、法人税等を引いて当期純利益、これを株主資本で割ったROEが経営指標として重視されます。日本の銀行の ROE は 5 〜 8 % 前後で、米欧の 10 〜 15 % と比べて低水準です。

証券——3 手数料モデル

証券会社の収益は 3 手数料モデルで整理できます。

  • 委託手数料(Brokerage Commission):株式・債券・投信の売買仲介手数料
  • 引受手数料(Underwriting Fee):IPO ・公募増資・社債の引受手数料
  • 運用手数料(Investment Management Fee):投信の運用報酬・投資一任契約の手数料

これに、自己勘定売買損益(トレーディング)と金融収益(顧客からの信用取引金利など)が加わります。

証券業の重要 KPI は AUM(Assets Under Management、運用資産残高)と預り資産(Client Assets)です。AUM が積み上がるほど運用手数料が安定収益として入ってきます。総合証券の預り資産は 100 〜 150 兆円、大手ネット証券は 30 〜 50 兆円、資産運用会社の AUM は 200 〜 300 兆円規模です。

保険——保険引受収益と資産運用収益の 2 階建て

保険会社の収益も 2 階建てです。

  • 保険引受収益 = 収入保険料 − 保険金支払 − 事業費(付加保険料の使用分)
  • 資産運用収益 = 保険料と積立金を運用した利息・配当・売却益

生命保険の場合、保険料は「純保険料 + 付加保険料」で、純保険料は「予定死亡率」「予定利率」「予定発生率」の 3 予定に基づき計算されます。予定より死亡率が低ければ「死差益」、予定より運用利率が高ければ「利差益」、予定より事業費が低ければ「費差益」が発生します。これらの合計が基礎利益になります。

損害保険の重要 KPI が Combined Ratio(コンバインドレシオ = 損害率 + 事業費率)で、100 % 未満なら保険引受で黒字、100 % 超なら保険引受で赤字を意味します。近年は自然災害の激甚化で Combined Ratio が悪化傾向で、資産運用収益で保険引受赤字を埋める構造になりつつあります。

📝 補足 銀行・証券・保険の収益モデルは根本的に違いますが、共通するのは「時間を売る」ビジネスであることです。銀行は「今の預金と将来の返済」の時間差、証券は「今の投資と将来のリターン」の時間差、保険は「今の保険料と将来の保険金」の時間差から収益を得ます。「金利がすべての金融の基準線」というのは、この時間の価格が金利だからです。


安全性・収益性・流動性のトリレンマ

金融機関の経営は、3 つの目標のトリレンマ(Trilemma)で整理されることが多いです。

  • 安全性(Safety):預金・保険金の支払確実性を維持する
  • 収益性(Profitability):株主に対する ROE を確保する
  • 流動性(Liquidity):必要なタイミングで現金化できる状態を維持する

3 つすべてを最大化することはできず、必ずトレードオフが発生します。

  • 安全性を高めるには国債など安全資産の比率を上げるが、収益性が下がる
  • 収益性を高めるには貸出比率を上げるが、流動性リスクと信用リスクが上がる
  • 流動性を高めるには短期資産の比率を上げるが、収益性が下がる(長期金利のほうが一般に高い)
flowchart TD
  Tri[金融経営のトリレンマ]
  Safety[安全性<br/>Safety<br/>支払確実性]
  Profit[収益性<br/>Profitability<br/>ROE 確保]
  Liquid[流動性<br/>Liquidity<br/>現金化能力]

  Tri --> Safety
  Tri --> Profit
  Tri --> Liquid

  Safety -.- Profit
  Profit -.- Liquid
  Liquid -.- Safety

図2:金融経営のトリレンマ。安全性・収益性・流動性は 3 つすべてを最大化できないトレードオフ構造

Basel III や IFRS17 などの金融規制は、この 3 つのバランスを「安全性優先」の方向に強く傾ける仕組みです。金融機関の破綻は預金者・保険契約者への被害と、金融システム全体の不安定化(システミックリスク)を招くため、社会的コストが大きいのです。

⚠️ 注意 トリレンマの発想は、「経営者や監督者が意識的に優先軸を選ぶ」ことを前提とします。全方位で最大化しようとすると、実際には全ての軸で中途半端になり、収益もリスク耐性も流動性も確保できないポジションに陥ります。「どの軸で勝つか、どの軸で守るか」の経営判断が、金融機関経営の核心です。


金融機関の典型組織——フロント/ミドル/バックの 3 層

金融機関の組織は、機能別に「フロント/ミドル/バック」の 3 層で整理されるのが典型です。

フロント(Front Office)は、顧客と直接接して収益を生む部門です。銀行では個人営業部・法人営業部・IB 部門・トレーディング部・アセットマネジメント部、証券では営業部・IB 部門・トレーディング部・調査部、保険では営業員部・法人営業部・代理店営業部・保険ショップが該当します。「稼ぐ人たち」です。

ミドル(Middle Office)は、フロントの取引・リスクを管理する部門です。リスク管理部(信用リスク・市場リスク・オペリスク・流動性リスクの管理)、コンプライアンス部(金融商品取引法・AML/KYC 対応)、コーポレート・プランニング部(ALM /経営企画)が該当します。「監視する人たち」です。

バック(Back Office)は、取引の事務処理・決済・システム運用を担う部門です。オペレーション部、システム部、経理部、人事部、総務部、内部監査部が該当します。「回す人たち」です。

フロント:ミドル:バックの人員配分は、金融機関の性格を反映します。ネット銀行やフィンテック企業は「フロント:ミドル:バック = 30:30:40」で IT ・自動化が進むのに対し、伝統的な大手銀行は「40:30:30」でフロントの人員が多い傾向があります。

💡 ポイント 金融機関の組織理解で重要なのは、フロント・ミドル・バックが「相互に牽制する 3 権分立」であることです。フロントの営業だけで判断すればリスクを見落とし、ミドルの管理だけで判断すれば収益機会を逃す。3 層が協働・牽制することで、健全な経営が保たれる設計です。


主要 KPI の比較

3 領域の主要 KPI を比較すると、業態の性格が見えてきます。

銀行の主要 KPI

  • 業務粗利益 = 資金利益 + 非資金利益
  • OHR(経費率)= 経費 / 業務粗利益:メガ 60 %、地銀 70 〜 80 %、ネット銀行 40 〜 50 %
  • 預貸率 = 貸出金 / 預金:メガ 60 〜 70 %、地銀 70 〜 80 %
  • 不良債権比率:メガ 1 % 前後、地銀 1 〜 3 %
  • 自己資本比率Tier1 比率):Basel III 規制 8 %(バッファ含め実質 10.5 %)以上、メガ 12 〜 14 %
  • ROE:日本の銀行 5 〜 8 %、米欧 10 〜 15 %

証券の主要 KPI

  • AUM(Assets Under Management)= 運用資産残高
  • 預り資産(Client Assets):総合証券 100 〜 150 兆円、大手ネット証券 30 〜 50 兆円
  • 稼働口座数 × ARPU(Average Revenue Per User)= ネット証券の売上構造
  • 委託手数料比率/引受手数料比率/運用手数料比率
  • 自己資本規制比率:金融商品取引業者は 120 % 以上維持義務、120 % 未満で監督強化

保険の主要 KPI

  • ANP(Annualized New Premium、新契約年換算保険料)
  • 保有契約 ANP
  • ソルベンシーマージン比率:200 % 以上が規制上必須、大手生保は 700 〜 1,000 %
  • EEV/EV/MCEV(Embedded Value 系):将来の利益を現在価値で評価した保険会社の経済価値
  • 基礎利益 = 死差益 + 利差益 + 費差益(生保)
  • Combined Ratio = 損害率 + 事業費率(損保):100 % 未満で保険引受黒字

📝 補足 業態を跨いで金融機関の経営を比較するとき、単純に「利益」だけを見ても意味がありません。銀行の当期純利益、証券の営業収益、保険の基礎利益はそれぞれ異なる収益概念で、業態に応じた指標を組み合わせて読むのが金融アナリストの基本です。


講師の現場メモ

私が都銀の経営企画部に配属された 2010 年前後、業務粗利益ツリーの分解を毎月やっていました。「先月の資金利益が計画比マイナス 5 億円、要因は貸出金利の上昇が預金金利の上昇より遅れたため」「非資金利益は投信販売の増加でプラス 3 億円」「OHR は改善が続く」——このような数字を四半期ごとに追い続ける仕事です。当時は「利ざやを 1bp(0.01 %)動かすと年間利益がいくら変わる」というような感度分析を毎日していました。金融業は 1bp の世界で経営される業界です。

生保に転職した最初の年、驚いたのは KPI の「時間軸」の違いでした。銀行は月次・四半期で決算を見ていましたが、生保は「20 年後・30 年後の保険金支払」を意識した長期経営です。予定利率を 0.5 % 動かすだけで、30 年後の保険金支払コストが数百億円変わる世界。アクチュアリーが電卓を弾き続ける文化の重みを、この時に理解しました。「金融業は時間を売る」というスタンスの原点は、生保経験にあります。

コンサル時代に地銀の再生プロジェクトを担当したとき、OHR 改善が最大のテーマでした。あるクライアントは OHR が 85 % で、業務粗利益の 15 % しか純益が残らない構造でした。原因は、(1) 支店網の過剰、(2) システム投資の遅れ、(3) 中間管理職の分厚さ、の 3 点でした。3 年がかりで支店統廃合と業務センター化、システム刷新、組織フラット化を進め、OHR を 75 % まで改善しました。「OHR は経営の総合成績表」というのが、この時に得た実感です。

トリレンマの話は、独立後の中堅金融のクライアントとよく議論します。あるクライアントは「利ざやが薄いから収益性を上げたい」と言って国債投資比率を減らして貸出を増やそうとしていましたが、その結果、流動性ストレステストで LCR が規制ライン割れ寸前になりました。「収益性を追うと流動性が犠牲になる」典型的なトレードオフです。安全性・収益性・流動性のバランスは、経営会議で四半期ごとに議論すべき論点です。

フロント/ミドル/バックの 3 層構造の話は、コンサル時代に何度も遭遇しました。あるクライアントは、フロント(営業)の売上目標達成を優先しすぎて、ミドル(リスク管理)とバック(内部監査)の警告を無視し続けた結果、金融庁の業務改善命令を受けました。「フロントが強くて、ミドル・バックが弱い金融機関」は、必ずどこかで事故を起こします。3 権分立が機能する組織設計は、金融業の生命線です。


まとめ

このレッスンでは、以下のことを学びました。

  • 金融業のバリューチェーンは 6 段階(商品開発/営業/審査・引受/執行/資産運用/CRM)で、支援活動にリスク管理・コンプライアンス・内部監査が独立配置される
  • 3 領域の収益モデル:銀行は資金利益 + 非資金利益、証券は 3 手数料(委託・引受・運用)、保険は保険引受収益 + 資産運用収益の 2 階建て
  • 銀行の主要 KPI は業務粗利益・OHR・預貸率・自己資本比率・ROE
  • 証券の主要 KPI は AUM・預り資産・稼働口座数 × ARPU
  • 保険の主要 KPI は ANP・ソルベンシーマージン比率・EEV・基礎利益(生保)・Combined Ratio(損保)
  • 金融経営は「安全性・収益性・流動性のトリレンマ」で、3 つすべての最大化はできない
  • 金融機関の組織はフロント/ミドル/バックの 3 層で相互牽制する 3 権分立構造

次のレッスンでは、金融業の第 1 の柱「銀行業」を扱います。銀行の 3 機能、業態別ビジネスモデル、収益構造の詳細、個人業務/法人業務/IB 部門、金利環境の転換と地銀再編を順に学びます。


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