SDR と BDR の役割分担——アウトバウンドとインバウンドの境界
レッスン3:SDR と BDR の役割分担——アウトバウンドとインバウンドの境界
このレッスンで学ぶこと
- SDR と BDR という 2 つの役割の起源と定義を理解する
- インバウンド対応とアウトバウンド開拓の違いを整理する
- ABM(Account Based Marketing)と BDR の関係を押さえる
- SDR・BDR からのキャリアパスの広がりを把握する
- Aaron Ross 『Predictable Revenue』が SaaS 営業組織に与えた発想を理解する
前のレッスンでは、リード管理の入口にあたる MQL・SAL・SQL とファネル設計を扱いました。本レッスンでは、インサイドセールスの内部における役割分担——とくに SDR と BDR の違い——を整理します。両者は混同されがちですが、担当するリードの種類とアプローチの起点が大きく異なります。
SDR と BDR とは
SDR と BDR は、いずれもインサイドセールスの中の専門的な役割を指す呼称です。北米 SaaS 業界で広まり、日本にも 2010 年代後半から導入が進みました。
| 呼称 | 略称 | 主な担当 |
|---|---|---|
| Sales Development Representative | SDR | インバウンドリードの精査・育成、商談化への引き上げ |
| Business Development Representative | BDR | アウトバウンドでのターゲット企業開拓、新規アカウントの掘り起こし |
SDR の起点はインバウンド
SDR は、マーケティングが獲得したインバウンドリード(資料 DL、ウェビナー参加、問い合わせなど)を受け取り、コールやメールで状況を確認しながら、商談化の見込みがあれば SQL に引き上げる役割です。インバウンドの「待ち」を起点にしながら、能動的なフォローで質を上げていきます。
BDR の起点はアウトバウンド
BDR は、リードがまだ存在していないターゲット企業に対して、自ら能動的にコール・メール・LinkedIn などでアプローチし、接点を作ります。マーケティングからの引き渡しは受けず、ターゲット企業リスト(後述する ABM の発想と接続します)から自分で開拓するイメージです。
📝 補足 「SDR と BDR の名称や定義は会社によって違う」ことに注意してください。実際、両者の意味を逆に使う組織や、両方を「インサイドセールス」とひとくくりにする組織もあります。本レッスンの説明は「業界で広く使われる代表的な定義」で、自社の慣習に合わせて読み替えていただいてかまいません。
SDR と BDR の比較
| 観点 | SDR | BDR |
|---|---|---|
| アプローチの起点 | インバウンド(マーケ獲得リード) | アウトバウンド(ターゲット企業リスト) |
| ターゲット | 自発的に接点を作ってきた企業・個人 | 自社が狙うべき企業(まだ接点なし) |
| 1 件あたりのリサーチ時間 | 中(事前の興味があるため) | 長(仮説と切り口を準備する必要) |
| 接続率 | 高め | 低め |
| 商談化率 | 高め | 低め |
| 求められるスキル | スピード、ヒアリング、フォロー設計 | リサーチ、仮説構築、粘り強さ |
どちらが「上」というわけではない
SDR と BDR は、求められるスキル・性格・KPI が違うだけで、役割の優劣はありません。SDR は「興味を持っている人に的確に応える設計力」が、BDR は「興味を持っていない人に文脈を作って入り込む設計力」が求められます。両者は補完関係です。
💡 ポイント 「BDR は SDR の上位職」「SDR は新人がやる仕事」のような誤解を見かけますが、実態は違います。組織によっては BDR の方が経験者向け(粘り強さが必要)であったり、SDR の方が瞬発力が必要だったりします。スキルの違いとして整理するのが本レッスンの立場です。
インバウンドとアウトバウンドの境界
SDR と BDR の境界を明確にする運用は、組織全体の効率を上げる上で重要です。
境界を引かない場合の問題
- インバウンドが多い月は、BDR がインバウンド対応に流れて、アウトバウンドが止まる
- アウトバウンドが進まない月は、「インバウンドが少なかったから」と原因を曖昧にしてしまう
- メンバーが「楽な方(インバウンド)」に流れ、結果的にターゲット企業に届かない
境界を引いた場合のメリット
- SDR は「マーケから来るリードへの対応速度」「商談化率」で評価される
- BDR は「ターゲットアカウントへの接触数」「ミーティング化率」で評価される
- 両者が「比べられない」KPI を持つため、お互いの数字を奪い合うすれ違いが減る
⚠️ 注意 境界を引きすぎると、今度は「自分の担当外」と互いに無関心になります。SDR が拾ったリードがじつはアウトバウンドの仕込みから来ていた、BDR が開拓した企業がインバウンドで戻ってきた、といったケースは日常的に起きます。境界はあるが連携する、というバランス設計が運用の現実解です。
ABM(Account Based Marketing)と BDR
BDR の活動と密接に関係するのが、ABM(Account Based Marketing、アカウント・ベースド・マーケティング)の発想です。
ABM とは
ABM は、「個人リードを大量に集めてからファネルで絞り込む」のではなく、「狙うべき企業(アカウント)を最初に決め、そこに集中してアプローチする」マーケティングと営業の連携手法です。北米では 2010 年代から普及し、日本でも 2020 年前後から本格的に取り入れられるようになりました。
ABM と BDR の接続
ABM では、まずターゲットアカウントリスト(数十〜数百社)を選定します。マーケはこれらの企業に向けて広告・コンテンツ・イベントを集中投下し、BDR は同じリストに対して個別アプローチを設計します。マーケと営業が「同じ企業のリスト」を共有して動く点が、従来のファネル型と最も違うところです。
注意点
ABM はリストの選定と、企業ごとのカスタマイズに大きなコストがかかります。SMB 向けのプロダクトには合いません。エンタープライズ向けや、限られた数の大型アカウントを攻める商材で効果を発揮しやすい手法です。
📝 補足 「全社で ABM をやろう」と決めて、ターゲットアカウントが 1,000 社・3,000 社になってしまう組織を見かけます。それでは ABM の集中の発想が薄まります。最初は 30〜50 社、慣れてきても 100〜200 社程度に絞るのが現実的、というのが多くの実務家の感覚です。
SDR・BDR からのキャリアパス
SDR・BDR は、入社後の経験を積みやすい役割として、SaaS 業界では新卒・第二新卒の入口になることが多いポジションです。一方で、ベテランがあえて選ぶケースもあります。キャリアの広がりは多様です。
| 進む先 | 理由 |
|---|---|
| AE(Account Executive、商談のクロージング担当)/FS | 商談前半で見えた顧客課題をクロージングまで担いたい |
| インサイドセールスマネージャー | チームの設計・KPI 運用・コーチングに進む |
| マーケティング(特に Demand Generation) | リード獲得側の設計に回り、ファネル全体を見る |
| カスタマーサクセス | 契約後の顧客側に回り、長期の関係構築を担う |
| RevOps(Revenue Operations) | データ・ツール・KPI 設計を専門に支える役割 |
| 起業・独立 | 営業組織の立ち上げを丸ごと請け負う形での独立も増えている |
💡 ポイント 「SDR・BDR は若手の通過点」と決めつけてしまう組織は、人材を消耗させがちです。一方で、「ずっと SDR を続けるべきか」と悩む担当者には、上記のような複数のキャリアの選択肢を知っておいてもらうことで、職場での会話が前向きになります。組織側も、キャリアパスの設計を採用・育成と一体で考えることが、定着率に直結します。
Aaron Ross 『Predictable Revenue』の発想
SDR と BDR の分業は、Aaron Ross 氏が 2011 年に出版した『Predictable Revenue』という書籍で広く知られるようになりました。Ross 氏は、Salesforce 社の初期社員として、アウトバウンド型のセールス開発組織を設計した経験を本にまとめました。
主な主張
- 営業を「ハンター(新規開拓)」「ファーマー(既存維持・拡張)」と単純に分けるのではなく、「アウトバウンドの専門役割」を独立した分業として設計せよ
- アウトバウンドリードと、インバウンドの問い合わせ対応は、求められるスキルも KPI も違うため、人を分けるべき
- 営業組織は「予測可能な収益(predictable revenue)」を生む機械として、ファネル・KPI で設計できる
『Predictable Revenue』の発想は、SaaS 業界の営業組織設計の古典となり、SDR・BDR・AE のような専門役割の分業はここから広く普及しました。
⚠️ 注意 『Predictable Revenue』は 2011 年の書籍であり、当時の文脈(北米 SaaS の急成長期、メールアプローチが効きやすかった時代)に最適化された主張も含まれます。例えば「コールドメールでアポを取る」具体的な手法はいまでは効きにくい部分もあります。本書の意義は「アウトバウンドを独立した分業として設計する」発想の提示にあり、個別手法はそのまま流用するのではなく、現在の環境に合わせて読み替える必要があります。
講師の現場メモ:「SDR と BDR を兼任した結果」
私(江口)が SaaS スタートアップで IS チームを立ち上げた頃の話です。最初の半年、メンバーは私を含めて 3 人だけ。「SDR と BDR を完全に分ける余裕はない」と判断し、3 人全員がインバウンド対応もアウトバウンド開拓も両方やる「兼任制」で始めました。
最初の 3 か月は、それなりに動いていました。問い合わせが入ればインバウンド対応に切り替え、空いた時間でアウトバウンドを進めるという運用です。
ところが 4 か月目に、マーケの広告強化でインバウンドが急増しました。メンバー全員がインバウンド対応に追われ、アウトバウンド活動が事実上ゼロになる週が続きました。さらに、アウトバウンドで仕込んでいた数十社へのフォローが止まり、それまでの 3 か月の積み上げが水の泡になりかけたのです。
私はマネージャーとして、思い切って分業に踏み切りました。3 人のうち 1 人を「BDR 専任」とし、その人にはインバウンド対応を一切させない設計です。最初は反対意見もありました。「インバウンドが多い日は人手が足りないので、全員で対応すべきだ」という声です。
しかし結果的には、分業の方が機能しました。BDR 専任の 1 人はアウトバウンドに集中することで、月の新規ミーティング数が分業前の 2 倍以上に伸びました。SDR 2 人もインバウンド対応の速度を上げ、商談化率が改善しました。インバウンドの量に一喜一憂しなくなり、組織全体の数字が安定しました。
その後チームが 10 人を超えるまでは、「SDR チーム」と「BDR チーム」をハードに分け、KPI も別建てで運用しました。両者が定期的に情報交換する場(週次の合同会議)は設けつつ、日々の活動は混ぜませんでした。
このときに学んだのが、「兼任の効率」より「専門の集中」の方が、組織が小さくても成果を出しやすい場面が多いということです。もちろん組織の規模やフェーズによって正解は変わりますが、迷ったときは「混ぜない方が動く」と覚えておいてよいでしょう。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- SDR はインバウンドリードの精査と商談化引き上げ、BDR はアウトバウンドでのターゲット企業開拓を担う
- 両者は求められるスキル・KPI が違うが、優劣はなく補完関係
- インバウンドとアウトバウンドの境界を引くことで、組織全体の効率が上がる
- ABM はターゲット企業を最初に選定する手法で、BDR の活動と接続しやすい
- SDR・BDR からのキャリアパスは多様(FS、IS マネージャー、マーケ、CS、RevOps、独立)
- Aaron Ross 『Predictable Revenue』(2011)は、アウトバウンド専門役割の分業発想を SaaS 業界に広めた古典
次のレッスンでは、SDR・BDR が実際にリードへ働きかける接点設計——コール・メール・マルチチャネルを組み合わせた Cadence の組み立て方を学びます。
確認クイズ
このレッスンの理解度をチェックしましょう。