本文へスキップ
スキルアップカレッジ

求める人物像の設計——コンピテンシーとジョブディスクリプション

レッスン2:求める人物像の設計——コンピテンシージョブディスクリプション

このレッスンで学ぶこと

  • コンピテンシーの定義と Spencer & Spencer のモデルを理解する
  • 行動指標としての分解と、観察可能なコンピテンシーの設計を学ぶ
  • ジョブディスクリプション(JD)の作り方と、Must・Want コンピテンシーの整理を扱える
  • Will/Can/Must の三角形を採用視点で使い、現場マネジャーとの JD すり合わせを進められる

前回のレッスンでは、構造化面接の理論的根拠と 4 要素を学びました。今回からは構造化面接を具体的に設計します。最初のステップは「何を見極めるか」、つまり求める人物像の設計です。コンピテンシーモデルとジョブディスクリプションを中核として扱います。

コンピテンシーとは何か

採用面接で「優秀な人を採りたい」「うちのカルチャーに合う人を採りたい」という言葉はよく聞かれます。けれども、「優秀」「カルチャーフィット」のままでは、面接官 5 人が同じ言葉を使っても、それぞれが違うものを評価することになります。求める人物像を具体化する道具が「コンピテンシー」です。

コンピテンシー(Competency)は、米心理学者デイビッド・マクレランドが 1973 年の論文「Testing for Competence Rather Than for Intelligence」で提唱した概念です。学歴や知能テストでは予測できない、職務での成功を支える行動特性を指します。その後、ライル・スペンサー(Lyle Spencer)とシグネ・スペンサー(Signe Spencer)が 1993 年の著書『Competence at Work』で体系化し、人事実務の標準的なフレームワークになりました。

Spencer & Spencer のモデルでは、コンピテンシーを 5 つの構成要素に分解します。

第 1 に、知識(Knowledge)です。職務に関する情報・知見の蓄積。研修や経験で獲得できます。

第 2 に、スキル(Skill)です。特定の作業を遂行する能力。練習で習得できます。

第 3 に、自己概念(Self-Concept)です。自分自身に対する認識、価値観、信念。比較的安定していますが、経験を通じて変化します。

第 4 に、特性(Trait)です。状況に対する反応や行動の傾向。比較的固定的です。

第 5 に、動機(Motive)です。行動を駆動する深層的な欲求や関心。最も変化しにくい要素です。

Spencer & Spencer は、これら 5 要素を「氷山モデル」で説明しました。海面より上に見えるのが知識とスキル、海面下に隠れているのが自己概念・特性・動機です。多くの企業の採用は知識とスキルだけで判断しがちですが、実際に長期的な業績差を生むのは海面下の要素である、という主張です。

💡 ポイント コンピテンシーモデルの真価は「知識とスキルだけでは予測できない、業績差の源泉」を捉えることにあります。採用面接で氷山の海面下を覗くことが、本コースが目指す技術です。観察できる行動を通じて、自己概念・特性・動機の手がかりを掴む発想です。

行動指標としての分解

コンピテンシーを概念のまま使うと、面接官ごとに解釈が異なり、構造化の意味が失われます。Spencer & Spencer のモデルで重要なのは、各コンピテンシーを「観察可能な行動指標」に分解する作業です。

例えば、「協調性」というコンピテンシーがあったとします。これだけでは曖昧で、面接官が違う行動を見ます。これを行動指標に分解すると、次のようになります。

行動指標例
チームの議論で、自分の主張と異なる意見にも耳を傾けた経験を語れる
過去のプロジェクトで、自分以外のメンバーの貢献を具体的に挙げられる
対立が起きた場面で、解決のために自分が動いた具体的なエピソードがある
自分の得意領域以外の業務を引き受けた経験と、その理由を説明できる

表 1:「協調性」を行動指標 4 つに分解した例。面接官は、これらを満たす具体的なエピソードが候補者から引き出せるかどうかを評価します。

このように分解することで、面接官 5 人がいても、同じ行動指標を見て同じ評価ができます。複数候補者の比較も可能になります。本コースが構造化面接で扱う「評価軸」は、この行動指標の集合体です。

⚠️ 注意 行動指標は「言葉として聞き取れる行動」である必要があります。「協調性が高そう」「優しそう」のような印象は行動指標になりません。「過去のプロジェクトで、自分以外のメンバーの貢献を具体的に挙げられる」のように、具体的な観察対象である必要があります。

ジョブディスクリプション(JD)の作り方

コンピテンシーを設計するには、まず「どの職務に対する採用か」を明確にする必要があります。ここで使うのが「ジョブディスクリプション」(Job Description、以下 JD)です。

JD は、職務の内容、責任範囲、必要なスキル・経験、求めるコンピテンシーを言語化した文書です。欧米企業では採用の前提として広く整備されており、日本企業でも 2010 年代以降、ジョブ型雇用の議論が進む中で導入が広がりました。

JD の基本構成は 6 つのブロックです。

第 1 ブロックは「職務名と所属」です。役職名、部署、勤務地、雇用形態(正社員、契約社員など)を明示します。

第 2 ブロックは「職務概要」です。この職務が組織の中で何を担うかを 3 〜 5 行で要約します。

第 3 ブロックは「主要業務」です。日常的に行う業務を 5 〜 10 項目で列挙します。優先度の高い順に並べます。

第 4 ブロックは「責任範囲と権限」です。意思決定の範囲、予算権限、人事権限などを明示します。

第 5 ブロックは「必須要件」です。学歴、職務経験年数、必須スキル、必須資格を列挙します。

第 6 ブロックは「期待するコンピテンシー」です。職務の遂行に必要な行動特性を列挙します。本レッスンのテーマである Must・Want の整理がここに入ります。

📝 補足 日本企業の伝統的な採用では、職務を限定しない総合職採用が中心でした。この場合、職務を特定した JD よりも「育成過程で複数の職務を経験する」前提の人物像設計が必要になります。本コースは JD ベースの設計を主に扱いますが、総合職採用の場合は「3 〜 5 年後の想定職務群」に対する JD を仮置きする発想で応用できます。

Must コンピテンシーと Want コンピテンシー

JD の中の「期待するコンピテンシー」を設計するとき、本コースは Must(必須)と Want(望ましい)の 2 段階で整理することを推奨します。

Must コンピテンシーは、職務の遂行に欠かせない、これがないと業務が回らない能力です。一般的に 5 〜 7 個に絞ります。すべての候補者で Must を満たすことが採用条件になります。

Want コンピテンシーは、あれば望ましいが、なくても代替手段がある能力です。一般的に 3 〜 5 個程度に整理します。候補者間の差別化や、複数候補者から優先順位をつける際の材料になります。

例えば、中堅マネジャー職の JD の場合、Must コンピテンシーの例として「目標設定と進捗管理」「1on1 と日常的なフィードバック」「チームメンバー間の対立解消」「上位者への提案と報告」「予算配分の意思決定」などを 5 〜 7 個に絞ります。Want コンピテンシーの例として「外部講演経験」「英語での業務経験」「業界横断のネットワーク」などを 3 〜 5 個に整理します。

💡 ポイント Must を多くしすぎると、応募者全員が不合格になります。Want を多くしすぎると、判断軸が散らかります。両者の数のバランスが、JD 設計の質を決めます。Must 5 〜 7、Want 3 〜 5 という目安は、私自身が 50 社で支援した経験からの実用的な範囲です。

Will/Can/Must の三角形を採用視点で使う

採用面接でよく参照される枠組みに、「Will(やりたいこと)」「Can(できること)」「Must(求められること)」の三角形があります。キャリアデザインや個人の動機の整理にも使われますが、採用面接の文脈では特に有用です。

採用面接における Will/Can/Must の意味を整理します。

Will(やりたいこと)は、候補者が自分の意思で取り組みたいと感じる業務、関心領域、長期的なキャリア展望です。候補者の自己概念・動機の手がかりを得る場面で使います。「なぜこの職務に応募したか」「3 年後にどうなっていたいか」「これまでの仕事で最も熱中した瞬間は何か」などの質問で、Will を引き出します。

Can(できること)は、候補者が現時点で持つスキル・経験・知識です。Spencer & Spencer の氷山モデルの海面より上の要素にあたります。職務経歴書・履歴書・面接でのエピソード説明で確認します。

Must(求められること)は、職務が候補者に求める能力と行動です。JD で言語化された Must コンピテンシーがこれにあたります。

採用判断の質は、Will・Can・Must の 3 つが重なる領域の大きさで決まります。Will と Must が重ならない候補者は、入社後に動機が続かず早期退職するリスクがあります。Can と Must が重ならない候補者は、入社後に業務遂行で苦しみます。Will と Can が重ならない候補者は、能力はあるが本人の納得が薄い状態で働くことになります。

flowchart TD
  W[Will<br/>やりたいこと]
  C[Can<br/>できること]
  M[Must<br/>求められること]
  Center[3 つの重なり領域<br/>採用すべき候補者像]

  W --> Center
  C --> Center
  M --> Center

図 2:Will・Can・Must の三角形を採用視点で使うと、3 つが重なる領域の候補者が長期的に活躍する可能性が高いことが見えてきます。

⚠️ 注意 「採用してから育てればよい」(Hire for Will, Train for Skill)という発想は、Will があり Can が不足する候補者を採る判断を正当化します。一定の合理性はあるものの、Must コンピテンシーの中に「育成では追いつかない」要素があるかどうかを冷静に評価する必要があります。本コースは「Will と Skill の両方を見極める」立場です。

現場マネジャーとの JD すり合わせ

JD は人事部だけで作るものではありません。職務を最もよく知る現場マネジャーとの共創で作るのが原則です。すり合わせのプロセスを 3 つの段階で整理します。

第 1 段階は「現場マネジャーへのヒアリング」です。職務の実態、必須業務、責任範囲、求めるスキル、好ましいタイプの候補者などを 60 〜 90 分のセッションでヒアリングします。「過去に活躍したメンバーの共通点は何か」「過去に早期退職した方の共通する弱点は何か」を尋ねると、コンピテンシーの手がかりが集まります。

第 2 段階は「人事による JD ドラフトの作成」です。ヒアリング内容を基に、人事担当者が JD のドラフトを作成します。Must・Want のコンピテンシー数のバランス、行動指標への分解、法令との整合(不適切な要件が含まれていないか)を人事の視点でチェックします。

第 3 段階は「現場マネジャーとの合意」です。ドラフトを現場マネジャーと共有し、修正と合意を経て確定します。合意したコンピテンシーが、その後の母集団形成・書類選考・面接設計・合否判断のすべての基準になります。

🔰 初学者の方へ 現場マネジャーが「うちは即戦力が欲しい」と漠然と求めることはよくあります。即戦力という言葉は、具体性が低くコンピテンシーになりません。人事担当者は「即戦力とは具体的にどの業務を、入社何か月以内に、どのレベルでできることですか」と問い直す役割を引き受けます。これが現場マネジャーとの JD すり合わせの中核技術です。

講師の現場メモ

外資コンサルへ転じた最初の年、中堅製造業の採用設計プロジェクトで、私は現場マネジャーとの JD すり合わせの難しさを身をもって経験しました。

クライアントは新規事業部門の責任者で、新たに 5 名のエンジニアを採用する計画でした。最初のキックオフで、責任者は「うちで活躍する優秀なエンジニアを採りたい」と要望を口にしました。私が「優秀とは具体的に何ですか」と問うと、「コミュニケーションが取れて、技術的にも高くて、リーダーシップがある人」と返ってきました。

このまま JD を書けば、Must コンピテンシーが「コミュニケーション・技術・リーダーシップ」の 3 つで、行動指標は何もない状態になります。私は責任者と 90 分のヒアリングを 2 回重ね、過去のチームメンバーを 1 人ずつ振り返ってもらいました。

「過去に活躍した A さんは何が違いましたか」と問うと、「A さんは、技術判断に迷ったときに自分から先輩エンジニアに相談しに行った。受け身ではなかった」と返ってきました。これを行動指標化すると、「技術的な判断に迷ったとき、上司や同僚に能動的に相談する行動を取る」となります。

「早期退職した B さんは何が違いましたか」と問うと、「B さんは、技術力は高かったが、メンバーが困っていてもサポートに動かなかった。自分の業務だけ完結させていた」と返ってきました。これを行動指標化すると、「自分の担当業務外でも、チームの成果に貢献する行動を取る」となります。

このように、過去のメンバーの具体的なエピソードを行動指標に翻訳していくと、責任者が漠然と感じていた「優秀」が、5 〜 7 個の Must コンピテンシーに分解できました。責任者は「自分が何を求めていたかが初めて言葉になった」と話しました。その後の採用面接では、人事と責任者が同じ言葉で候補者を評価できるようになり、入社後 1 年の定着率は前年の 60% から 90% に上がりました。

この経験から私が学んだのは、JD すり合わせは「人事の仕事」ではなく「人事と現場の共創の仕事」だということです。人事は構造化のフレームを提供し、現場は実態の知見を提供します。両者が同じテーブルにつかない限り、JD は紙の上の文書で終わります。

また、過去のメンバーの具体的なエピソードから行動指標を引き出す技術は、現場マネジャーへのヒアリングで最も効果的でした。「優秀さとは何か」を抽象的に問うのではなく、「あの A さんと B さんの違いは何ですか」と具体的に問う発想は、本コースの後のレッスンでも何度も応用します。

まとめ

このレッスンでは、以下のことを学びました。

  • コンピテンシーは、デイビッド・マクレランドが 1973 年に提唱し、Spencer & Spencer が 1993 年に体系化した職務での成功を支える行動特性
  • Spencer & Spencer のモデルでは、コンピテンシーを知識・スキル・自己概念・特性・動機の 5 要素に分解し、「氷山モデル」で表現する
  • コンピテンシーは「観察可能な行動指標」に分解しないと、面接官間で同じ評価ができない
  • ジョブディスクリプション(JD)は職務の内容を文書化する基本ツールで、職務名と所属・職務概要・主要業務・責任範囲と権限・必須要件・期待するコンピテンシーの 6 ブロックで構成する
  • 期待するコンピテンシーは Must(5 〜 7 個)と Want(3 〜 5 個)の 2 段階で整理する
  • Will(やりたいこと)・Can(できること)・Must(求められること)の 3 つが重なる領域の候補者が、長期的に活躍する可能性が高い
  • JD すり合わせは現場マネジャーとの共創で、過去のメンバーの具体的なエピソードを行動指標に翻訳する技術が中核

次のレッスンでは、求める人物像が定まった後の「母集団形成」を扱います。採用ファネル、採用手法の使い分け、求人票の書き方、候補者体験の基本、リファラル制度の設計を学びます。


確認クイズ

このレッスンの理解度をチェックしましょう。