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スキルアップカレッジ

製造業のバリューチェーン——設計・調達・製造・物流の全体地図

レッスン2:製造業のバリューチェーン——設計・調達・製造・物流の全体地図

このレッスンで学ぶこと

  • Michael Porter のバリューチェーン概念と、製造業への適用
  • 製造業のバリューチェーン 5 段階(R&D・設計/調達/製造/物流・販売/アフター)
  • 部品表BOM)の構造と、製造業の 3 つの情報流
  • QCD(Quality/Cost/Delivery)の三角形と、製造業の意思決定軸
  • 製造業の典型的な組織図(5 機能:製造/品質保証/生産技術/調達/物流)

前回のレッスンでは、製造業の業界構造とサブ業界分類、本コースの 3 視点と「現場主義・数字主義の両輪」を扱いました。今回は、製造業の全体地図として「バリューチェーン」を扱います。

バリューチェーン概念——Michael Porter の発想

バリューチェーン(Value Chain、価値連鎖)は、ハーバード・ビジネス・スクールの Michael Porter が 1985 年の著書『Competitive Advantage』で提示した概念です。企業の活動を「主活動」と「支援活動」に分け、それぞれの活動でどう価値を付加し、コストを発生させているかを可視化する枠組みです。

Porter のオリジナルのバリューチェーンは、主活動として「購買物流・製造・出荷物流・販売・サービス」の 5 つを、支援活動として「全般管理・人事・技術開発・調達」の 4 つを置きます。主活動は製品やサービスの流れに沿った機能、支援活動は主活動を支える横断的な機能です。

製造業に適用する場合、Porter のオリジナルを少し再構成して、「R&D・設計/調達/製造/物流・販売/アフターサービス」の 5 段階で語るのが実務的にわかりやすい整理です。本コースではこの 5 段階を製造業のバリューチェーンとして扱います。

💡 ポイント バリューチェーンは「全体像を地図化する」道具です。製造業の業務がどの段階に属するか、自分が関わる部分が川上・川中・川下のどこにあるかを意識することで、ビジネスの構造が見通せるようになります。


製造業のバリューチェーン 5 段階

製造業のバリューチェーンを、川上から川下に向かって 5 段階で整理します。各段階の役割と主要なアウトプット、関わる部門を順に押さえます。

第 1 段階:R&D・設計

R&D(研究開発、Research and Development)は、新製品・新技術の研究と、製品設計を行う段階です。基礎研究・応用研究・製品開発・設計の 4 層に区分されることが一般的で、製品が「世に出る前」の活動を含みます。

設計(Design)は、市場ニーズと技術シーズを統合して、製品の仕様と図面を作成する活動です。機械設計、電気設計、ソフトウェア設計、機構設計、意匠設計などの分野に区分されます。設計段階で決まることが多く、「製造原価の 7 割以上が設計段階で決まる」というのが業界で広く共有された経験則です。

第 2 段階:調達

調達(Procurement / Purchasing)は、製造に必要な原材料、部品、設備、サービスを外部から取得する活動です。サプライヤーの選定、価格交渉、納期管理、品質保証契約、サプライヤー監査などを担います。

製造業の原価の大半は購入品で構成されるため、調達の巧拙が利益率を大きく左右します。日本の完成車メーカーでは、原価に占める購入品比率が 70 〜 80 % に達するケースが一般的です。

第 3 段階:製造

製造(Manufacturing / Production)は、原材料と部品を加工・組み立てて完成品にする活動です。工程設計、生産計画、現場オペレーション、設備保全、品質管理が含まれます。製造業の「中核」であり、工場という物理的な拠点で実行される段階です。

製造の良し悪しは、QCD(後述)の 3 軸で評価されます。狙った品質を、目標コストで、要求された納期に作れるかが、製造の総合力です。

第 4 段階:物流・販売

物流(Logistics)は、完成品を顧客に届けるまでの輸送、保管、在庫管理を行う活動です。社内物流(工場間・倉庫間)と社外物流(顧客への配送)に区分されます。

販売(Sales)は、製品を顧客に売る活動です。B2C 製造業では小売店や EC を経由した最終消費者向け販売、B2B 製造業では企業間取引(営業担当者による直接販売、商社経由、代理店経由など)が中心です。

第 5 段階:アフターサービス

アフターサービス(After Sales Service)は、製品が顧客に届いた後の保守、修理、消耗品供給、顧客サポート、リコール対応を行う活動です。家電・自動車・産業機械などでは、アフターサービスが収益の大きな柱になります。

近年は「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」の発想で、回収・リユース・リサイクルまでをバリューチェーンに含める考え方も広がっています。

flowchart LR
  RD[R&D・設計] --> Proc[調達]
  Proc --> Mfg[製造]
  Mfg --> Logi[物流・販売]
  Logi --> After[アフターサービス]
  After -.->|顧客の声| RD

図1:製造業のバリューチェーン 5 段階。アフターサービスから R&D へのフィードバックが、製品改良の起点になる


コンカレントエンジニアリングと DfM/DfX

設計段階で「製造のしやすさ」「コストの低さ」を考慮する発想が、近代製造業では標準化しています。代表的な概念を 2 つ整理します。

第 1 は、コンカレントエンジニアリング(Concurrent Engineering、同時並行設計)です。設計部門が単独で図面を完成させてから製造部門に渡すのではなく、設計の初期段階から製造・調達・品質保証・物流・営業の各部門が参画して、同時並行で議論を進める手法です。1990 年代以降、加工組立業を中心に広く採用されています。

第 2 は、DfM(Design for Manufacturing、製造性を考慮した設計)と DfX(Design for X、X を考慮した設計)です。X には「組立性(Assembly)」「品質(Quality)」「コスト(Cost)」「環境(Environment)」「リサイクル性(Recyclability)」などが入り、それぞれの観点を設計段階で組み込みます。

📝 補足 「製造原価の 7 割以上が設計段階で決まる」という経験則は、製造業の意思決定構造を表しています。製造工程に入ってからのコスト削減には限界があり、本質的なコスト改善は設計段階で実現するという発想です。コンサルや IT サービスを提案する場合も、「設計段階に踏み込めるかどうか」が提案の価値を大きく左右します。


部品表(BOM)の構造

製造業の中核的なデータ構造として、部品表(BOM、Bill of Materials)があります。BOM は「ある製品を作るのに、どの部品が何個、どの順序で必要か」を構造化したデータです。

加工組立業では、完成品 1 台を作るのに数千〜数万の部品が必要になります。例えば自動車 1 台は約 3 万点の部品で構成されると言われます。これらの部品をすべて、階層構造で整理したものが BOM です。

BOM は、主に 3 つの種類があります。

  • 設計 BOM(E-BOM、Engineering BOM):設計部門が作成し、製品の論理的な構造を表す
  • 製造 BOM(M-BOM、Manufacturing BOM):製造部門が使用し、製造順序・工程・代替部品などの実務情報を含む
  • 販売 BOM(S-BOM、Sales BOM):販売・サービス部門が使用し、顧客への提案・修理用部品リストとして機能

3 つの BOM の整合性を保つことが、製造業の情報システムの中心課題です。MRP(Material Requirements Planning、レッスン 7 で扱います)や ERP は、BOM を基盤にして在庫・調達・生産計画を連動させます。

⚠️ 注意 BOM の整合性が崩れていると、「設計上は存在するのに製造現場では使えない部品」「販売した後に修理用部品が手配できない」といった深刻な問題が発生します。製造業の DX 案件では、BOM 統合・PLM(Product Lifecycle Management)の整備が大きなテーマになることが頻繁にあります。


製造業の 3 つの情報流

製造業には、3 種類の情報の流れが同時に走っています。それぞれの情報流が、バリューチェーンの段階を横断して関係者をつなぎます。

第 1 は、製品情報流です。R&D から設計、製造、販売、アフターサービスまで、製品の仕様・図面・BOM・性能データ・トラブル履歴が流れます。PLM システムが情報流の基盤です。

第 2 は、生産情報流です。需要予測から生産計画、調達計画、製造実績、在庫管理までの情報が流れます。ERP・MES・MRP が情報流の基盤です。

第 3 は、販売情報流です。受注、出荷、請求、回収、顧客クレーム、市場ニーズの情報が流れます。CRM・SFA・BI が情報流の基盤です。

3 つの情報流が「分断されているか、統合されているか」が、製造業の業務効率を大きく左右します。多くの中堅・大手製造業の DX 案件は、この 3 つの情報流の統合を中心テーマにしています。


QCD の三角形——製造業の意思決定軸

製造業の現場では、Q(Quality、品質)、C(Cost、コスト)、D(Delivery、納期)の頭文字を取った「QCD」が、意思決定の基本軸として日常的に使われます。3 つの要素は相互にトレードオフの関係にあり、すべてを同時に最大化することはできません。

  • 品質を上げようとすると、コストが上がり、納期も伸びる
  • コストを下げようとすると、品質や納期が犠牲になる
  • 納期を縮めようとすると、品質低下やコスト増を招く

QCD の三角形は、「優先順位を意識的に選ぶ」発想の道具です。試作品の段階では Q を優先し、量産品では C と D のバランスを取り、緊急対応では D を優先するといった具合に、状況に応じて軸の重み付けを変えます。

💡 ポイント 製造業の会議で「QCD のどこを優先するか」が議論されたら、それは「3 つすべてを同時に最大化はできない」という前提に基づく議論です。新規参入者は「すべて最高を求める」発想を持ち込みがちですが、製造業では「優先軸を明示的に選ぶ」のが大人の議論です。

QCD に S(Safety、安全)と E(Environment、環境)を加えて、QCDSE と呼ぶこともあります。労働安全衛生や環境配慮が経営課題化した近年では、QCDSE のフレームで議論する企業が増えています。


製造業の典型的な組織図——5 機能の整理

製造業の事業会社の組織図は、複雑に見えますが、骨格は 5 つの機能で整理できます。事業会社に転職した方や、製造業クライアントを担当する方が、組織図を読むための基本構造です。

第 1 機能は、製造(Production)です。工場の現場で製品を作る部門で、組立、加工、検査、設備保全などが含まれます。製造業の中で最も人員規模が大きい部門です。

第 2 機能は、品質保証(QA、Quality Assurance)です。製品の品質を組織的に保証する部門で、品質基準の策定、不良対応、サプライヤー品質監査、品質クレーム対応などを担います。QA と QC(品質管理、Quality Control)の違いはレッスン 5 で詳しく扱います。

第 3 機能は、生産技術(Production Engineering)です。製造工程の設計、設備の選定・導入、生産ラインの改善、新製品の量産立ち上げを担う部門です。設計部門と製造部門の橋渡しをする「技術系の参謀役」とも言われます。

第 4 機能は、調達(Procurement)です。部品・原材料・設備・サービスの購入を担う部門で、サプライヤー選定、価格交渉、納期管理、サプライヤー監査を行います。「購買部」「資材部」と呼ばれることもあります。

第 5 機能は、物流(Logistics)です。社内物流(工場間・倉庫間)と社外物流(顧客への配送)を担う部門で、輸送、倉庫管理、在庫管理を行います。「物流部」「ロジスティクス本部」と呼ばれます。

これら 5 機能の上に、設計(Design)、R&D、営業・販売(Sales)、マーケティング、経営企画、人事、経理、IT などの全社機能が乗ります。5 機能はあくまで「製造業の中核」であり、事業会社の組織図全体ではありません。

📝 補足 中小製造業では、5 機能が独立した部門になっておらず、複数機能を 1 つの部門が兼ねていることがあります。一方、大手製造業では、5 機能のそれぞれが本部レベルの大組織になっており、本部長クラスが取締役に就いていることが一般的です。組織図の粒度は企業規模と業種により大きく異なります。


講師の現場メモ

私が自動車メーカーに新卒入社して生産技術部に配属されたとき、最初に渡された資料が「自社の主要 5 機能の組織図」でした。新人研修で各機能を 1 〜 2 週間ずつ巡回し、現場に立って先輩から仕事の流れを学ぶ「機能横断研修」が組まれていました。当時は「同じ自動車を作る会社の中なのに、なぜこんなに違う仕事があるのか」と驚いた記憶があります。製造現場、品質保証、生産技術、調達、物流——それぞれが独自の論理と KPI で動いていて、それを橋渡しする役割が生産技術部だったわけです。

コンサル時代、中堅製造業のクライアントを支援していてよく感じたのは、「BOM の整合性が崩れている会社が多い」ということです。設計図上の BOM と、製造現場の BOM と、販売向けの修理用部品リストが、それぞれ別のシステム・別のフォーマットで管理されていて、整合性が取れていないケースが少なくありませんでした。新製品の量産立ち上げのたびに混乱が起き、修理用部品の手配ミスでクレームが発生する。こうした状況は、PLM の導入と運用ルールの再設計で解決できますが、「業務プロセスの根本的な見直し」が必要なため、半年〜 2 年のプロジェクトになることが多いです。

QCD の三角形については、コンサル時代に印象深い案件がありました。中堅電子部品メーカーで、新製品の量産立ち上げが半年遅れていた。原因を調べると、設計部門が「最高品質」と「最低コスト」を同時に追求していて、製造部門との合意が取れていなかった。当時の経営層に「QCD のどこを優先するかを明示的に決めてください」と提案し、「初回量産は品質と納期を優先、コスト改善は量産後 6 ヶ月で達成」と階段状の目標を設定し直しました。半年後、無事に量産が立ち上がり、その後の 6 ヶ月でコスト目標も達成しました。「優先軸を明示する」だけで、組織の動きが変わる典型的な事例でした。

製造業の組織図を業界外の方に説明するときによく使うのは、「5 機能を頭に入れる」アプローチです。組織図は会社ごとに微妙に違いますが、5 機能の骨格は共通しています。クライアントの組織図を見たときに、「これは製造、これは QA、これは生産技術、これは調達、これは物流」とラベルを貼れるようになると、組織の動きが見通せるようになります。本コースの読者の方々にも、この「5 機能ラベル付け」を、ぜひ実践してほしいスキルです。


まとめ

このレッスンでは、以下のことを学びました。

  • バリューチェーンは Michael Porter が 1985 年に提示した枠組みで、企業活動を主活動と支援活動に分けて可視化する
  • 製造業のバリューチェーンは「R&D・設計/調達/製造/物流・販売/アフターサービス」の 5 段階
  • 製造原価の 7 割以上が設計段階で決まるため、コンカレントエンジニアリングと DfM/DfX が重要
  • BOM(部品表)には設計 BOM・製造 BOM・販売 BOM の 3 種類があり、整合性が業務効率を左右する
  • 製造業には製品情報流・生産情報流・販売情報流の 3 つの情報流が並走する
  • QCD(品質・コスト・納期)の三角形が製造業の意思決定軸で、すべて同時最大化はできない
  • 製造業の典型的な組織は 5 機能(製造・品質保証・生産技術・調達・物流)で骨格を捉えられる

次のレッスンでは、製造業の現場でどう「ものを作るか」の根本的な選択である、生産形態と生産計画を扱います。MTSMTOETOATO の 4 分類、PSI、リードタイム、工場 KPI 入門(OEE)を順に学びます。


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