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スキルアップカレッジ

レッスン2:IT 業界のバリューチェーンと SaaS ビジネスモデル——収益 5 分類と Horizontal / Vertical

前回のレッスン 1 では、IT ・ SaaS 業界の全体地図として、4 層(半導体/ハードウェア/IaaS / PaaS / SaaS / BPO / サービス)、市場規模(IT 約 30 兆円・SaaS 約 2 兆円)、4 波論(メインフレーム→クライアントサーバー→ SaaS →エージェント)、本コースの守備範囲(3 視点)、3 つの共通言語(データ・継続・エコシステム)を押さえました。今回はその全体地図の次のステップとして、IT 業界のバリューチェーンと SaaS のビジネスモデルを扱います。

Michael Porter のバリューチェーン——IT 業界に当てはめる

Michael Porter が 1985 年の著書『Competitive Advantage』で提示したバリューチェーンは、企業の活動を「主活動」と「支援活動」に分解して、どこで付加価値を生んでいるかを可視化する枠組みです。IT 業界に当てはめると、主活動は次のように整理できます。

  • R&D:プロダクトの企画・開発・設計。SaaS ではエンジニアリング組織の中核
  • プロダクト運用:本番環境の運用、SLA 管理、モニタリング、インシデント対応、セキュリティ運用
  • マーケティング:市場開拓、リード獲得、ブランド構築、コンテンツ、SEO 、広告
  • セールス:商談、契約、価格交渉、ファンネル管理
  • カスタマーサクセス:契約後のオンボーディング、アダプション、更新、拡大販売
  • カスタマーサポート:問い合わせ対応、障害対応、FAQ 、コミュニティ運営

支援活動としては、コーポレート(Finance / Legal / HR )、BizOpsRevOps 、セキュリティ/情報システム、IT インフラの共通機能があります。

このバリューチェーンで注目すべきは、SaaS の場合、契約後の CS / サポートが「主活動」であることです。伝統的な物販やライセンス販売では、販売した瞬間が売上のピークで、CS / サポートはコストセンターでした。SaaS ではむしろ CS / サポートが売上の継続と拡大を生む「利益センター」に変わります。これがレッスン 3 以降で扱う NRR(Net Revenue Retention)につながっていきます。

IT 業界の 5 層——バリューチェーンの縦の連鎖

IT 業界のバリューチェーンには、もうひとつ「レイヤー間の縦の連鎖」があります。半導体からエンドユーザーまで、5 層構造で捉えるとわかりやすくなります。

  • 第 1 層:半導体:TSMC 、Intel 、NVIDIA 、AMD 、Samsung 、SK Hynix 。CPU 、GPU 、メモリの製造・設計
  • 第 2 層:ハードウェア:HP 、Dell 、Lenovo 、Apple 、Cisco 、Arista 。サーバー、PC 、スマートフォン、ネットワーク機器
  • 第 3 層:クラウド/IaaS / PaaS:AWS 、Microsoft Azure 、Google Cloud 、Oracle Cloud 、Alibaba Cloud 、国内の NTT データ ・ 富士通クラウド ・ さくらインターネット 。CPU 時間、ストレージ、ネットワーク、マネージドサービスを従量課金で提供
  • 第 4 層:SaaS:Salesforce 、Microsoft 365 、Google Workspace 、Slack 、Zoom 、Adobe Creative Cloud 、Notion 、Figma 、freee 、マネーフォワード、SmartHR 、Sansan 、サイボウズ、ラクスなど。ソフトウェアをサービスとしてサブスクリプションで提供
  • 第 5 層:BPO / サービスAccenture 、Deloitte 、IBM Consulting 、NTT データ、NRI 、日立ソリューションズ、TIS 、SCSK 、CTC 。SI 、開発受託、運用保守、コンサルティング

第 3 層 IaaS / PaaS の上に第 4 層 SaaS が乗り、それを第 5 層 SI / BPO が導入・運用支援するという構造です。SaaS 企業は自社でサーバーを持たず、AWS や Azure の上で動きます。SaaS 企業のコスト構造(後述の COGS)に、クラウド利用料が大きな割合を占める理由がここにあります。

flowchart TB
    subgraph L5["第5層 BPO・SI・サービス(Accenture・Deloitte・NTTデータ)"]
        S5["SI・運用保守・コンサル・BPO"]
    end
    subgraph L4["第4層 SaaS(Salesforce・M365・Slack・Notion・freee)"]
        S4["Horizontal SaaS / Vertical SaaS / Multi-tenant"]
    end
    subgraph L3["第3層 クラウド/IaaS・PaaS(AWS・Azure・GCP)"]
        S3["CPU時間・ストレージ・DB・マネージドサービス"]
    end
    subgraph L2["第2層 ハードウェア(HP・Dell・Lenovo・Apple・Cisco)"]
        S2["サーバー・PC・スマホ・ネットワーク機器"]
    end
    subgraph L1["第1層 半導体(TSMC・Intel・NVIDIA・AMD・Samsung)"]
        S1["CPU・GPU・メモリ・SoC"]
    end
    L1 --> L2 --> L3 --> L4 --> L5

IT 業界の収益モデル 5 分類

同じ IT 業界のなかでも、収益の作り方が異なります。5 分類で整理します。

  • オンプレライセンス:ソフトウェアを一括で販売し、保守サポート料を毎年徴収するモデル。第 2 波の主流。SAP R/3 、Oracle Database 、Microsoft Windows Server などが典型例。売上は一括で立ち、保守で継続収益を作る
  • サブスクリプション(SaaS):月額または年額でソフトウェアを利用契約し、利用中は継続的に売上が立つ。売上は毎期均等に計上、契約期間中の解約可能性が続くのが特徴。Salesforce 、Slack 、Zoom などが典型例。本コースの主戦場
  • トランザクション(従量課金):利用量に応じて課金する。API コール数、ストレージ量、CPU 時間、通信量など。AWS 、Twilio 、Stripe 、Snowflake が典型例。近年 SaaS でも Consumption-based Pricing として一部復権
  • 広告:ユーザーには無償で提供し、広告主から収益を得るモデル。Google 検索、YouTube 、Facebook 、Twitter が典型例。B2B SaaS ではほぼ採用されない
  • マーケットプレイス:買い手と売り手を仲介し、取引額の一定割合を手数料として徴収するモデル。Airbnb 、メルカリ、Shopify のマーケットプレイス機能、AWS Marketplace が典型例

現在の主流はサブスクリプション(SaaS)ですが、Snowflake / Databricks / Twilio のような Consumption-based Pricing が伸びており、レッスン 8 でも扱います。同じ SaaS 企業のなかにも、コア機能はサブスク、追加利用は従量課金というハイブリッドが増えています。

SaaS の 3 分類——Horizontal / Vertical / Multi-tenant

SaaS のプロダクトは、大きく次の 3 軸で分類できます。

  • Horizontal SaaS:業種を横断して使える機能特化型 SaaS 。Slack (コミュニケーション)、Zoom (Web 会議)、Notion (ドキュメント)、Figma (デザイン)、HubSpot (マーケ)、Salesforce (営業)など。市場規模が大きく、競合も多い
  • Vertical SaaS:特定業種に特化して業界固有の業務を扱う SaaS 。Toast (レストラン)、Procore (建設)、Veeva Systems (製薬)、Shopify (EC )、freee / マネーフォワード(士業・小規模事業者)、Aventy / カミナシ(製造・現場)など。市場は狭いが競合が少なく、業界知識を持つ強い参入障壁を築ける
  • Multi-tenant:1 つのシステム基盤で複数の顧客(テナント)を運用する構造。SaaS の多くはこの形態。テナントごとにデータは論理的に分離、システム基盤は共有。開発 ・ 運用効率が高く、SaaS の低コスト提供の鍵。Multi-tenant は分類軸というより実装アーキテクチャで、Horizontal / Vertical のどちらでも採用される

Horizontal と Vertical のあいだにも、業界横断だが特定職種特化の SaaS(HR テック= SmartHR / Rippling 、法務テック= Harvey / Ironclad 、経理テック= freee / マネーフォワード / Ramp )があり、ここが 2020 年代の成長領域です。

SaaS の 6 軸組織

SaaS 企業の組織構造は、他業界と大きく違います。典型的には次の 6 軸で整理できます。

  • プロダクト:PdM (Product Manager)、UX / UI デザイナー、リサーチャー。何を作るかを決める
  • エンジニアリング:ソフトウェアエンジニア、SRE 、QA 、セキュリティエンジニア。どう作るかを決める
  • マーケティング:Product Marketing 、Growth Marketing 、Content 、Brand 、Demand Generation 、Field Marketing 。認知と需要を作る
  • 営業(セールス):SDR / BDR (Sales Development)、AE (Account Executive)、Enterprise AE 、Solutions Engineer 、Partnerships 。商談から契約までを作る
  • カスタマーサクセス(CS)CSM (Customer Success Manager)、テクニカルサポート、Renewal Manager 、Community 。契約後の継続と拡大を作る
  • BizOps / 事業運営:BizOps 、RevOps 、Sales Ops 、Finance 、FP&A 、Data 、Legal 、HR 、Corporate Communications 。全体を運営する

この 6 軸のうち、SaaS で特に厚く投資されるのは「エンジニアリング」「営業」「CS」の 3 つです。伝統的な事業会社の営業と比較して、SaaS の営業組織は分業が細かく、SDR が新規リード発掘、AE がクロージング、CSM が更新と拡大、と役割が区分されています。これはレッスン 5 でさらに詳しく扱います。

SaaS のコスト構造——COGS / R&D / S&M / G&A

SaaS の P/L は、コストを大きく 4 つに分けて開示するのが世界標準です。

  • COGS(Cost of Goods Sold):売上原価。SaaS の場合、クラウドインフラ費用(AWS / Azure 利用料)、カスタマーサポート人件費、Third-party API 費用、決済手数料などが含まれる。売上の 20 〜 30 % 程度が目安
  • R&D(Research and Development):研究開発費。エンジニア人件費、Product 人件費、開発ツール、テスト環境など。売上の 20 〜 40 % 程度
  • S&M(Sales and Marketing):営業マーケ費用。セールス人件費、マーケ人件費、広告費、イベント、ツール(CRM / MA / SEP )など。売上の 30 〜 50 % 程度、拡大期は 50 % 超もあり得る
  • G&A(General and Administrative):一般管理費。CFO 、Finance 、HR 、Legal 、オフィス、法務、監査費用など。売上の 10 〜 20 %

この 4 つを足すと 80 〜 140 % 程度になるため、成長期の SaaS 企業は営業赤字(S&M への先行投資で赤字)が普通です。この赤字が「悪い赤字(無駄)」なのか「良い赤字(先行投資で LTV を作る)」なのかを判定するのが、レッスン 3 の Unit Economics です。

SaaS の粗利率が高い理由——限界費用ゼロの経済

SaaS の粗利率は 70 〜 80 % が世界の典型で、伝統的な製造業(20 〜 40 %)や小売業(20 〜 30 %)とは桁違いに高い水準です。これは、ソフトウェアの「限界費用がほぼゼロ」だからです。100 社に売っても 10,000 社に売っても、追加でかかるコストはクラウドインフラの少しの増分だけで、原材料や店舗や倉庫が要りません。この「限界費用ゼロの経済」が、SaaS 企業のバリュエーションが高い根本理由です。

ただし、粗利率が高くても、S&M / R&D の先行投資が大きいため、営業損益は赤字になりがちです。粗利率が高いのに営業赤字、というのが SaaS の典型プロフィールで、これを健全な赤字か不健全な赤字かで判別するのが、次回のレッスン 3 で扱う Unit Economics です。

講師の現場メモ

私が外資 SaaS 日本法人で BizOps を担当していた 2010 年代前半、日本法人の P/L を毎月ダッシュボードで見ていました。売上 100 に対して、COGS 20 、R&D 30 、S&M 60 、G&A 15 、合計 125 、営業損益はマイナス 25 、という数字が毎月出てきます。当時、日本法人の親会社に「なぜマイナスなんだ」と説明するのが CFO の仕事のひとつでした。答えは「S&M 60 のうち、40 は既存顧客の獲得コストで、20 が新規顧客の獲得コスト、新規顧客の Payback Period は 18 か月なので、その 20 は将来の売上を作る先行投資である」というものです。この計算を毎月毎月、親会社に説明し続けたのが、私が Unit Economics を骨の髄まで叩き込まれた原点でした。

2016 年に国内 SaaS スタートアップの CFO に転じたとき、最初に驚いたのは、社内で「SaaS の P/L の 4 分類」を知っている人がほとんどいなかったことです。営業マネジャーは「営業チームの人件費」を、Marketing マネジャーは「広告費」を、それぞれ「経費」としか把握しておらず、S&M として合算する発想がありませんでした。CFO の最初の仕事は、社内の勘定科目体系を SaaS 標準の COGS / R&D / S&M / G&A に組み替えて、Board Meeting でこの 4 分類のダッシュボードを共有することでした。半年後、営業マネジャーが「今月の S&M 効率が悪いですね」と言うようになったとき、社内の共通言語ができたと感じました。共通言語ができると、意思決定が早くなります。BizOps とは、社内の共通言語を作る仕事だと、独立後の 30 社超の支援でも毎回確認してきました。

まとめ

  • Michael Porter のバリューチェーンを IT 業界に当てはめると、主活動は R&D ・ 運用 ・ マーケ ・ 営業 ・ CS ・ サポートの 6 段階。SaaS では CS / サポートが「主活動」であることが伝統ビジネスとの決定的な違い
  • IT 業界は 5 層(半導体/ハードウェア/IaaS / PaaS / SaaS / BPO / サービス)の縦連鎖構造。SaaS は IaaS の上に乗り、SI / BPO が導入・運用を支援する
  • 収益モデルは 5 分類(オンプレライセンス/サブスクリプション/トランザクション/広告/マーケットプレイス)。本コースの主軸はサブスクリプションだが、Consumption-based Pricing が併存する時代へ
  • SaaS の 3 分類は Horizontal / Vertical / Multi-tenant 。Multi-tenant はアーキテクチャで、Horizontal / Vertical のどちらでも採用される
  • SaaS の組織は 6 軸(プロダクト・エンジニア・マーケ・営業・CS ・ BizOps )。営業と CS の分業が細かい
  • SaaS のコスト構造は 4 分類(COGS / R&D / S&M / G&A)。粗利率 70 〜 80 % は限界費用ゼロの経済の帰結だが、先行投資で営業赤字になりがち。健全か不健全かは Unit Economics で判定

確認クイズ

次の 6 問で、本レッスンの理解を確認します。