レッスン6:建設業会計と工事進行基準——原価・KPI ・IFRS 15
前回のレッスン 5 では、公共工事と民間工事の発注構造、入札方式、ハウスメーカーのビジネスモデル、リフォーム市場、PPP / PFI / DB / VE 提案を扱いました。今回は、業界特有の「数字」の言語——建設業会計と工事進行基準——を扱います。建設業の売上と利益は、一般事業とは異なる会計処理で認識されます。この処理を理解することが、建設業の経営を読み解く必須の入口です。
建設業会計の特有性——工事の完成タイミングと売上認識
建設業の会計は、他業種と決定的に違う点があります。それは 1 つの工事が数か月 〜 数年に及ぶ という時間軸です。オフィスビル建設は 2 〜 3 年、ダム建設は 10 年、超大規模再開発は 20 年に及ぶこともあります。
伝統的な物販ビジネスなら「販売した時点で売上を計上」で済みますが、建設業ではその方式では 3 年間売上ゼロで完成時に一括計上、というかたちになり、経営実態が見えません。そこで、建設業では特有の 2 方式が使われてきました。
- 工事完成基準:工事が完成し、発注者に引き渡した時点で、売上と原価をまとめて計上する方式。中小工事や工期の短い工事に適用
- 工事進行基準:工事の進捗度に応じて、期間中の売上と原価を按分計上する方式。長期の大型工事に適用
工事進行基準では、例えば工期 3 年・請負金額 30 億円の工事で、1 年目に進捗 20 %、2 年目に進捗 50 %、3 年目に進捗 30 % なら、各年 6 億 / 15 億 / 9 億円の売上を計上します。進捗度は「発生原価 ÷ 総見積原価」で測定するのが典型です。
IFRS 15 と収益認識に関する会計基準
2018 年 1 月に IFRS 15(Revenue from Contracts with Customers、顧客との契約から生じる収益)が国際的に発効しました。日本では 「収益認識に関する会計基準」 として 2021 年 4 月以後開始の事業年度から強制適用されています。
IFRS 15 は、収益認識を「履行義務の充足時点」を基準に統一化するルールで、建設業でもこれまでの工事進行基準 vs 工事完成基準の区分が、IFRS 15 のフレームに再整理されました。
具体的には、次の 5 ステップで収益を認識します。
- 契約の識別
- 履行義務の識別
- 取引価格の算定
- 履行義務への取引価格の配分
- 履行義務の充足時に収益を認識
建設業では、「一定期間にわたって充足される履行義務」(工事進行基準に相当)と「一時点で充足される履行義務」(工事完成基準に相当)に区分され、多くの大型工事は前者として進捗度に応じた収益認識が継続されています。
工事原価の 4 分類——建設業会計の中核
工事原価は、次の 4 分類で管理されます。
- 材料費:生コン / 鉄鋼 / 木材 / 仕上げ材など、工事に使用する材料の購入費
- 労務費:自社の作業員の人件費(工事現場に従事する作業員のみ、本社 / 現場管理職の人件費は経費)
- 外注費:下請への発注金額。ゼネコンの場合、工事原価の 60 〜 80 % を占めることが多い
- 経費:現場管理費(現場所長 / 副所長 / 工事担当の人件費)・重機使用料・仮設材リース料・光熱費・現場消耗品・現場交通費・現場慰安会費など
これら 4 分類が 工事直接原価 で、これに 工事間接費(複数現場に共通する費用の按分配賦)を加えたものが 完成工事原価 です。さらに全社共通の 一般管理費(本社経費)を加えて営業損益が算定されます。
ゼネコンの P/L の骨格:
完成工事高(売上)
- 完成工事原価(材料費・労務費・外注費・経費)
= 完成工事総利益(粗利)
- 販売費及び一般管理費(本社経費)
= 営業利益
完成工事総利益率(粗利率)は、ゼネコンの実力を示す最重要 KPI です。スーパー 5 で 5 〜 10 %、準大手で 4 〜 8 %、中堅で 5 〜 12 %(受注構成で変動)が典型です。
未成工事支出金と未成工事受入金——B/S の特殊項目
建設業の B/S には、他業種にはない特殊な項目が並びます。
- 未成工事支出金(B/S 流動資産):まだ完成していない工事に対して、これまでに投じた材料費 / 労務費 / 外注費 / 経費の総額。「進行中の在庫」に相当。工事完成基準ではこの科目に長期間積み上がる
- 未成工事受入金(B/S 流動負債):発注者から受け取った工事代金の前受け分。「まだ売上に計上していない前受金」に相当
工事完成基準では、着工から完成までの間、コスト(未成工事支出金)と入金(未成工事受入金)が B/S に積み上がり続け、完成時点で一気に P/L に振り替えられます。工事進行基準では、進捗に応じて未成工事支出金・受入金と売上・原価が期間対応で処理されます。
外部の投資家 / 銀行 / 監査法人がゼネコンの B/S を見るとき、未成工事支出金と未成工事受入金の残高を必ずチェックします。両者の残高比較、前期比増減、大口案件との紐付けなどから、進行中案件のリスクや進捗管理の適正性を評価します。
建設業の主要 KPI——完成工事高から ROIC まで
建設業界で経営を測る主要 KPI を整理します。
- 完成工事高:当期売上高。業界の実力測定の基準
- 完成工事総利益率(粗利率):完成工事総利益 ÷ 完成工事高。工事の収益性を示す最重要 KPI
- 営業利益率:営業利益 ÷ 完成工事高。全社の稼ぐ力
- 受注高:当期の新規受注金額。将来の売上の予兆
- 受注残高:期末時点で未完成の工事の総額(未計上分)。将来 1 〜 2 年の予見性
- 手持工事高:受注残高の別表現
- 売上高伸び率 / 受注高伸び率:前期比の成長性
- 1 現場あたり平均粗利率:現場管理の質を測る指標
- 赤字工事件数:全体の収益を毀損するリスク要因
- ROIC(投下資本利益率):営業利益 ÷ 投下資本。近年、上場ゼネコンで重視される
- CCR(Cash Conversion Ratio):営業 CF ÷ 営業利益。キャッシュフロー健全性
このなかで、業界横断で最も重視されるのは 完成工事総利益率と受注残高 です。粗利率で当期の実力を、受注残高で将来の予見性を測ります。両方が減少している会社は、業界内で警戒される対象になります。
赤字工事と引当金
建設業では、着工前の見積時点では黒字でも、施工中に赤字化する工事が一定確率で発生します。原因は次の通りです。
- 見積時点の甘さ:資材価格変動 / 労務費変動 / 工期の見誤り
- 施工中の資材高騰:原油 / 鉄鋼 / 木材の急騰
- 下請の追加工事対応:発注者からの設計変更対応
- 想定外の地盤問題 / 遺構発見:追加工事の発生
- 天候による工程遅延:台風 / 降雪 / 猛暑
赤字工事が発覚した時点で、工事損失引当金 を計上して将来の損失を先取り認識するのが会計処理のルールです。工事損失引当金の増減は、業界の景気バロメーターとも言われます。2021 〜 2023 年の資材高騰局面では、多くのゼネコンで工事損失引当金が急増しました。
建設業経理士——業界特化の会計資格
建設業会計の専門家として、建設業経理士(1 級 / 2 級 / 3 級 / 4 級)という業界特化の資格制度があります。
- 1 級:建設業原価計算 / 財務諸表 / 財務分析 の 3 科目、建設業界最上位の経理資格
- 2 級:建設業会計の基本 / 実務。中堅経理担当者の必須資格
- 3 級 / 4 級:入門レベル
経営事項審査(経審)の W 評点で、建設業経理士 1 級 / 2 級の有資格者数が加点対象になります。中堅ゼネコン以上では、経理職員に 2 級取得を義務化している会社も多いです。試験実施は建設業振興基金が担当します。
講師の現場メモ
私が本社事業企画で全社の予算計画を担当していたとき、赤字工事の管理は最重要業務のひとつでした。四半期ごとに各支店から「赤字見込み現場」の報告が上がってくると、支店長 / 事業本部長 / 経営陣で対策会議を開きます。ある大型病院案件で、着工 1 年半後に想定外の地盤問題が発覚し、追加杭 / 地下水対応で工事原価が見積比 30 % 増になりました。粗利率は当初 8 % 見込みが、マイナス 12 % に転落する見込み。工事損失引当金を計上する必要があり、投資家向け業績修正を出すかどうかの判断が経営会議で議論されました。結果、当該工事の損失を全社の他工事の粗利改善で相殺できる見込みが立ち、業績修正は回避しましたが、以後の類似案件の地盤調査の徹底が全社ルール化されました。赤字工事は再発防止のフィードバックがすべて、というのが会社としての学びでした。
独立してから、中堅ゼネコンや専門工事業の経理コンサルをたくさん手掛けてきました。よくある課題は「工事進行基準の進捗計算が現場任せになっており、四半期ごとの売上が実態を正確に反映していない」というものです。進捗度は「発生原価 ÷ 総見積原価」で機械的に計算するのが原則ですが、実際は「総見積原価」の見直しが四半期ごとに必要で、現場所長が原価変動をタイムリーに本社に報告する仕組みが整っていないと、進捗計算が実態からずれます。四半期決算で急に売上が跳ねたり縮んだりする会社は、たいていここに問題があります。
もうひとつよく相談を受けるのが、「未成工事支出金の残高が異常に大きい」という状態です。原因の 8 割は、特定の 1 〜 2 現場で工事完成基準が採られ、そこにコストが積み上がっていること。そこで、案件のプロファイル(工期 / 契約金額 / 発注者)を再検討して、工事進行基準への移行を検討する助言をします。工事進行基準への切り替えは、監査法人との合意と過年度からの継続性の確保が必要で、簡単ではありませんが、経営実態の可視化のためには重要な移行です。建設業会計の原則は 3 つ、進捗の実態把握・原価の期間対応・引当金の適時計上、これが独立後の 6 年で強く確信していることです。
まとめ
- 建設業会計の特有性:工期が数か月 〜 数年に及ぶため、工事進行基準(進捗度で按分)と工事完成基準(完成引き渡しで一括計上)の 2 方式
- IFRS 15(2018 年発効)/ 収益認識に関する会計基準(2021 年 4 月適用)で、収益認識が 5 ステップに統一。「一定期間で充足」(進行基準相当)と「一時点で充足」(完成基準相当)に再整理
- 工事原価は 4 分類(材料費 / 労務費 / 外注費 / 経費)、これに工事間接費と一般管理費を加算
- B/S の特殊項目:未成工事支出金(進行中の資産)/ 未成工事受入金(前受金の負債)
- 主要 KPI:完成工事高 / 完成工事総利益率 / 受注残高が中核。粗利率 5 〜 10 % がスーパー 5 の典型
- 赤字工事は工事損失引当金で先取り認識。業界の景気バロメーター
- 建設業経理士(1 級 〜 4 級)は業界特化資格、経審 W 評点で加点対象
確認クイズ
次の 6 問で、本レッスンの理解を確認します。